ゴミを喰らう悪魔

暗黒星雲

第1話

 私は神に背く者。

 悪魔です。


 しかし、私のような者でも現世に存在を許されています。


 私の趣味。

 私の食事。


 それらが、神の思惑に合致していたようです。

 不思議ですね。


 今夜はとあるスーパーの裏手にあるごみ置き場に来ています。

 ここにいると面白いモノが見れるのです。

 そして、美味しい食材を見つけることもできます。


 一石二鳥。

 やめられません。


 深夜十一時を回った頃、一人の老人が自転車に乗ってやってきました。

 手には何やらコンビニ袋に入れたゴミを持っています。

 恐らく、缶やプラ、生ごみなど分別してないそれを不法投棄する目的のようです。


 彼は周りをキョロキョロと見まわし、人がいないか確認しているようです。

 私の姿は人間には見えません。私は彼をじっと見つめているのですが、彼は気づきません。


 彼は他に人がいない事に安心した様子で、手に持ったゴミを缶ビン用のリサイクルボックスに投げ入れました。


 私は満を持し姿を現します。

 見た目は恐らく中学生男子でしょう。

 大人から見れば小柄で貧弱な印象だと思います。


「おじいさん、勝手にゴミ捨てちゃダメだよ」


 私の問いかけにその老人は一瞬怯みます。

 しかし、学生服を着た、私の気弱そうな外見を確認すると、彼は急に強気になりました。


「こんな時間に出歩いちゃダメだろ。家に帰りなさい」


 自分のしたことは棚に上げ、子供は家に帰れと真っ当な事を言います。


「せめて分別はした方がいいと思うよ」


 私の言葉が癇に障ったのか、語気を強めて言い返してきます。


「子供には関係ない。他所に捨てるわけじゃないんだから」


「ここ、他所ん家だよね。勝手なことしちゃ迷惑じゃないの」


「このガキ、痛い目に遭いたいのか」


 老人は自転車の荷台に括り付けていた傘を抜いて構えます。

 私を威嚇しているつもりのようです。


「そんなことしても怖くないよ」


「良い子気取りか。このクソガキめ」


 本当に殴りかかってきました。

 でも、彼の傘は私の体に触れる寸前で止まっています。


 異様な雰囲気を感じたのか彼は傘を手放しました。

 そして逃げようとするのですが体が上手く動かず尻餅をついてしまいます。


「ねえ、おじいさん。僕に手を出した人は食べることにしてるんだけど、良いかな」


「なに訳のわからん事言ってんだ。あっち行け。しっしっ」


 まるで犬でも追い払うかのような言い方をします。

 顎が震えています。怖くなってきたのでしょう。

 そろそろ頃合いでしょうか。

 私は真の姿を見せることにしました。


 額から二本の角が生えます。

 体は内側から膨らみ学生服を破って大きくなっていきます。

 腕も足も胴回りも、常人の数倍にもなりました。

 身長は二メートルちょっと。全身、黒く長い体毛に覆われた異形の怪物。

 それが私です。


 老人は悲鳴を上げることもできず、全身を震わせています。

 ズボンの股間が黒く湿っています。

 お漏らしをしたようです。


 良いですね。

 この恐怖を刻み付けた表情。


 私が近づいていくと後ずさりながら逃げようとします。

 か細い声で何か言っています。


「助けて、助けて」


 蚊の鳴くような声、しかし必死の嘆願なのでしょう。

 しかし、私は彼を両手で掴み頭からかじりつくのです。


「うぎゃぁ~~」


 絶望の悲鳴を上げます。

 う~ん。心地いい。

 至極悦楽の瞬間です。


 こうして私の食欲は満たされるのです。


 人を喰らって神の思惑に合致する。

 あり得ないでしょ。


 そう思う方々がほとんどでしょう。

 ご安心ください。

 私だって萎びた老人の肉体など食べたくありません。


 私が食べたのは彼の心。

 自分さえ良ければいいという利己心。

 神に背く背徳の精神。


 そんなものです。

 ええ、善行をした後の満足感は何事にも代えがたいですね。


 翌朝、あの老人は認知症患者の徘徊として処理されるでしょう。

 心を食べられて、健常な精神を維持できるわけがない。

 至極当然。


 次はあなたの町へお邪魔するかもしれません。


 私は神に背く者。

 背徳の精神が大好物の悪魔です。

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