タイヨウへの道

lager

タイヨウへの道

 煤けた赤銅の空へにじり寄る鈍色の鉄塔を、一人の男が登っていた。

 灼けた男の肌は固くひび割れ、指先は炭のように黒い。

 滴る汗は灰色の湯気となり、虚空へと溶けて消えていく。

 男は登っていく。


「ご覧。あれが天道虫だよ」


 男の臓腑はジリジリと焦げ付き、脳髄がグツグツと滾る。

 唇はとうに枯れ、頬は痩け、髪は襤褸ぼろのよう。

 ただその目だけは、澄んだ夜空の色だった。


 男には耐え難かったのだ。

 ゆらゆらと揺れる蜃気楼のような人の群れが。

 煮えた窓ガラスが乱反射する光の堆積が。

 蝿の集る蕩けたようなアスファルトの渋滞が。

 男はただ、登っていく。


「天道虫はね、高い所が好きなのさ」


 指は感覚を無くし竹炭のよう。

 肺は呼吸の度はらわたを燃やすふいごのよう。

 体は昏い淵へと溶け沈む錆びた鉄のよう。


 男は登る。

 星の光を湛えた瞳を頼りに。


 男は登る。

 高く。高く。


 そして。


「さあ、天辺だ」


 そして、男は登り切った。


 見渡す鉄の海。

 身の竦む重力。

 赤く赤く、西からの光。

 金色に照る電波塔。

 薄墨の雲が二筋、三筋。

 藍色の侵す東へと流れた。


「ご覧」


 息を吸った。

 煌々と眼を焼く落日。

 飄々と朽ちた風に混じる微かな薫香。

 澄んだ瞳。

 口元には微笑。


 そして


「じきに」



 そして



「飛び立つから」



 男は


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