最終話 日進月歩
三日後。倒壊しかかっていた教会の周りではテロゼアン指揮の下、町の若い者と一緒にヤンとライオスが、体をきびきびと動かして木材を運んでいた。イリアとエリエルは清掃に励んでいるようだ。
ワシも皆と共に作業していたのだが、連日の疲れが祟ったのか目眩を起こしてしまった。足下をふらつかせているとライオスが笑う。
「情けねえなあ、ドルク!」
「無理はするな。日陰で休んでおけ」
ヤンにも笑われながら好意に甘え、ワシは少し離れたところにある大きな木の陰に向かう。
――昔はこのくらいの労働、屁でもなかったのじゃが。年老いたもんじゃのう。
茂みに座って、手拭いで汗を拭っていると、腰の辺りから聞き慣れた声が聞こえた。
「よー。ドルク」
下を見れば、シェリルが佇んでいる。小さな体に体半分もあるカバンを背負い、手には荷物を抱えていた。
「皆と一緒に教会を直してんだな。精が出るじゃねえか」
ワシは辺りに人のいないことを確かめてからシェリルに話し掛ける。
「それよりシェリル。どうしたんじゃ、その荷物は?」
「いやー。実は今日はお前にお別れを言いに来たんだ」
「お、お別れじゃと? 前はそんなこと言ってなかったじゃろ?」
驚いて尋ねると、シェリルは愛想笑いを浮かべた。
「いやあ、全然たいしたことじゃないんだけどさ。この間、裏山に戻ったら、ノームの地下広場が墓地になっててさ」
「何じゃと……」
「アタシの仲間、みんな死んじゃってんだよ。アタシ以外、もう誰もいないんだ。ハハッ、笑っちまうだろ? まるであの時のクラインみてえだよな」
強気で告げるが、シェリルの声は震えていた。よく見ると目元が泣きはらしたように赤くなっている。
「アタシもドルクみたいに法則を発見したぜ。『誰かが得れば誰かが失う』――運命ってきっとそういうものなんだよ……」
そしてシェリルは大きな荷物を肩に担ぎ直した。
「それじゃあアタシは行くよ。もうこの町にいる意味はねえ」
ワシは一人寂しく去ろうとしたシェリルの背中をむんずと摑む。
「うわわっ! 何すんだよ!」
「シェリル。仲間の墓に享年など書いとらんかったか?」
「あ、ああ。帝国暦で言えば千九年だ。その年に何かがあったみてえだけど……」
「魔王が復活した年じゃの。魔王軍の手にかかってしもうたのかも知れんのう」
ワシはシェリルの体を茂みに下ろす。そよ風が吹く大きな木の下は居心地が良い。此処で寝ていたとしても、誰も気にはしないだろう。
「それじゃあ行くかの」
「行くって?」
「無論、お前さんの仲間が死なないように過去を変えに行くんじゃ」
「ええっ! け、けどドルク! お前、時空魔法はもう二度と使わねえって……!」
「そんなもの時と場合によるわい」
「止めとけって! どうせまた何かが変わっちまうよ! あんなに苦労してせっかく最高の現実に辿り着いたんじゃねえか!」
「バカなことを。ワシが幸福になってお前さんが不幸になる――そんなことが許されるものか。誰かが得れば誰かが失う、じゃと? そんな法則、ワシは絶対に認めん」
「ドルク……!」
その途端、小さなシェリルの目から大粒の涙がこぼれた。泣きながらワシの腕に抱きついてくる。
「ううっ! ありがとう! ドルクありがとう!」
「ホッホッホ。お前さん、今日は口、悪くないのう」
「う、うるせえ!」
涙を拭うと、気分を変えるようにシェリルは声を張り上げた。
「よーし! それじゃあ不思議なキノコを採りに行かなきゃな!」
「いや。もうその必要はない。このまま此処で時空魔法を発動する」
「へ? キノコがなきゃあ時空魔法もクソもねえだろ?」
ワシはシェリルに得意げに笑う。
「魔法理論は日進月歩。常に進化しておる」
小さなシェリルの前で、ワシは指をぱちりと鳴らして魔法を詠唱する。
「『
途端、ワシとシェリルの意識は失われた。気付けば、辺り一面何もない例の白い空間に移動している。シェリルが驚愕して叫ぶ。
「な、な、何だよコレ!? 不思議なキノコの幻覚世界じゃねえか!! キノコを食べてねえのに、どうして!?」
「敵を眠らせる催眠魔法を応用し、不思議なキノコが見せる幻覚を再現したのじゃよ」
「す、すげえ!! お前マジで天才だな、ドルク!!」
賞賛されてワシは胸を張る。しかし、しばらくしてからシェリルはワシにジト目を向けた。
「てか、ドルク……時空魔法は二度と使わない、学会にも発表しないとか言いつつ、ちゃっかり研究は続けてたんだな……」
「い、いやこれは何というか、その……そ、それより早く戻るんじゃ! 帝国暦千九年にノーム達に何があったのか確かめねばならん!」
ワシは慌てて魔法陣に古代文字で日付を書き込む。
やがて時空魔法が発動する。眩く、そして優しい光がワシとシェリルの体を包むのだった。
<了>
最強老魔導士の時間跳躍 土日 月 @tuchihilight
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