第18話 勇者の心得
『目覚めた後は再びキノコを採りに行き、時空魔法を発動。土砂災害前に戻って、老年のミーシャに忠告に行く』――そうしてからワシは時空魔法を永久に封印するつもりだった。しかし、薄らと目を開けたワシは驚愕する。
ワシの視界に入ったのはゴージャスな家具! 横たわっているのは、ふかふかのベッド! 隣のシェリルがワシより先に叫ぶ!
「お、おい、ドルク!! 全然変わってねえぞ!! 金持ちのままだ!!」
「こ、こんなバカな!! どうしてワシは金持ちなんじゃ……!!」
普通、金持ちならば嬉しい筈なのに全く持って嬉しくない。信じられずに震える自分の手を見れば、何と薬指に銀の指輪がはめられている!
「結婚指輪!? そんな……では!!」
「ドルク!? わわっ!!」
ワシはシェリルを胸元に放り込むや、部屋を飛び出す。息急ききって向かった台所では、穏やかに朝食の支度をする年老いたミーシャの姿があった。
「み、ミーシャ……!!」
「あら、アナタ。どうされたのですか? 幽霊にでも遭ったような顔をして」
ワシはすがるようにミーシャに尋ねる。
「教えてくれ!! 何故じゃ!! どうしてお前さんとワシは結婚しておる!?」
「……寝ぼけていらっしゃいます?」
「寝ぼけてるでも何でも良いから教えてくれっ!!」
自分ながら支離滅裂なことを言っている気がしたが、しばらくするとミーシャは納得したように微笑む。
「ひょっとすると、そういうスピーチでも為さるつもりなのですか? 少し照れくさいですが、そういうことなら……」
ミーシャが何を言っているのかいまいち分からなかったが、ともかく過去の話を聞けるならありがたい。
「ミーシャ。ドラゴンに襲われた時、ワシはお前さんを救えなかった。そればかりか失禁までして……なのにどうしてなんじゃ?」
「あの時、アナタも私と同じでドラゴンが怖かったのだと思います。それでも最後まで逃げずに私の傍にいてくれた……その姿に心を打たれたのです」
「じゃ、じゃがあの後、ワシはお前さんに酷いことを言ったじゃろ!?」
「翌日、どうしてもアナタにもう一度、会いたくて意を決して家に行ったのです。そうしたらアナタは『えっ。俺そんなこと言ったっけ』と、忘れた振りをして許してくれました。更に町の人達が『お漏らしドルク』とからかっても『俺そんな記憶ないけど?』と突っぱねられました。その姿もまた男らしかったです」
そ、そうか! あの時のワシは今のワシと入れ替わっていたから、ドラゴンを恐れて失禁した記憶がないんじゃ! だからミーシャとの仲も疎遠にならずに済んだのか!
実際、ワシとミーシャが上手くいかなかったのは、失禁が原因ではなく、若いワシが一方的に嫌われたと思い込み、ミーシャを避けていたからだった。
「すまんが出来ればそれからのことも、かいつまんで教えてくれんか?」
「はい。お付き合いさせて頂いているうち、アナタに将来性を感じた私は父に言って、国立魔法学校への推薦をして頂きました」
「何と……!」
ミーシャは勇者の血を引く家系である。内情は世間に隠していたかも知れないが、それでも父親は権力者であったのだろう。
「しかし『特級クラスにコネで入った』と周りからの反感を買い、ゴリンガ先生が適性試験をすることになったのです。しかしアナタは見事ゴリンガ先生を倒し、更にはテロゼアン様の監査をも乗り越えられました。それからはS級ギルドに参加されて……」
……ミーシャはワシがグリフォンクローで活躍した話を誇らしげに語っていた。魔法学校に入学した過程のみ変わっていたが、ミーシャの語った内容はワシがシェリルと共に変えた過去とほぼ相違なかった。
以前、過去を変える前に採っておいた不思議なキノコの予備が、過去を変えた後でも部屋に残っていたことがある。時空魔法による過去の改変は、ワシとミーシャが交際することから始まった。ミーシャと結婚するという大きな流れさえ変わらなければ、ゴリンガやテロゼアンとの試験、またグリフォンクローの討伐戦闘などもそのままあったこととして引き継がれてしまうのだろう。
――じゃが、引き継がれたということは、つまり……!
ワシは歯を食い縛る。
「ダメじゃ。これではダメなんじゃ。魔王によってサフィアノが滅ぼされてしまっている、この現実では……」
「魔王がサフィアノを滅ぼす……ですか?」
ミーシャが聞き返したその時だった。
「魔王が復活することはないよ」
凛々しい声が響いた。どきりとして振り返ると、台所の入口に男性が佇んでいる。
「だ、誰じゃ!?」
見たことのない男に驚いて叫ぶと、男の方は怪訝そうな顔をした。
「なぁ、母さん。父さんは寝ぼけているのか?」
「!! と、と、『父さん』!? ってことは、お前さん……シューベルなのか!?」
「当たり前だろ」
そう言われてもワシの知っているシューベルとは全然違う。目の前にいるのは短髪で筋骨隆々の逞しい男性である。
「とにかく魔王が復活して世界を滅ぼすなんて絶対にない。魔王は僕がテロゼアン達と一緒に倒したからね」
「お、お前が魔王を倒したじゃと!? バカな!! 勇者の紋章は輝かなかったんじゃろ!? なのにどうして!?」
「……父さん、今日はどうしたんだい?」
するとミーシャが優しく微笑む。
「シューベル。お父さんはこれからきっと、皆さんの前で昔話をされるのよ」
「ああ、なるほど。だから詳しく知りたいって訳か」
頷いて、シューベルは語り出す。
「勇者の紋章の話だっけ。確かに最初は全く輝かなかった。本当に勇者の血が僕に流れているのか疑問に思ったよ。けど、魔王軍に町の人が襲われてるのを見た時、あの言葉を思い出したんだ」
「あの言葉?」
シューベルは爽やかに微笑む。
「父さん、いつも言ってただろ。『自分の人生より、大切な人の人生を』って」
――そ、それはさっきワシが書き換えた
「心の底から人々を守りたいと思った。そうしたら勇者の紋章は輝いたんだ」
シューベルは右手を掲げる。そして手の甲にある勇者の紋章を眺め、にこりと笑った。
「父さんの部屋に貼ってあるよね。祖父が残した言葉なんだっけ?」
「う、うむ」
「あの言葉を考えた祖父は偉大だね。お陰で僕は勇者の力を発動出来たんだから。祖父は本当の意味で『勇者』だったんだろうね……」
ワシは呆然として部屋に戻った。シェリルが胸元から、ひょいと顔を出す。
「うーん。書を書き換えたことで、あの時のドルクの気持ちが息子にも受け継がれて未来が変わった……ってことか」
「真の勇者の力を出す為に、王の血は必要ではなかった。その気持ちこそが大事だったのじゃ」
「つーか、そんなことで世界が救われちまうのかよ。案外、単純なんだな。運命って」
呟いた後、シェリルは楽しそうに笑う。
「とにもかくにも、これで万々歳じゃねえか!! ドルクは幸せで、世界だって救われてる!!」
そう言われても、これまでのこともあって、ワシはすこぶる不安であった。
「ほ、本当に大丈夫じゃろうか。また何か別の問題が起きてたりせんかのう……」
その時、玄関の方からガヤガヤと沢山の人の声が聞こえた。シェリルがサッとワシの胸元に隠れる。同時にノックの音がして、ミーシャが扉を開く。
「アナタ。皆さん、お見えになりましたよ」
「皆さん? 何の事じゃ?」
ミーシャに連れられるままに玄関に行って、ワシは腰を抜かすほど驚いてしまう。
「お、お、お前さん達……!!」
何とそこにはワシの見知った顔があった。テロゼアンにグリフォンクローのメンバーのイリア、ライオスにヤンにエリエル――各々、髪の毛が白くなったり、顔に深いシワが刻まれているが、それも当然。最初のギルド戦闘からもう四十年近く過ぎている。
「皆、どうしてワシの家にいるんじゃ!?」
叫ぶと、新たな訪問者が間を縫って現れた。クラインは呆れた顔をワシに向ける。
「何を言ってるんだ、ドルク。教会の復興の為にこうしてわざわざ、やってきてくれたんだろうが」
ああ……土砂災害で崩れた町の教会を立て直しにきてくれたのか! いやそれより、
「クライン!! よかった、お前さん、生きておるのう!!」
「!? いきなり失礼なことを言うな!!」
「ふふふ。まぁ皆、似たような年だ。いつ死んでもおかしくはない」
白髪のテロゼアンが笑っていた。ワシより年上だが、まだまだ元気そうである。
「テロゼアンもわざわざ来てくれたんじゃな?」
「私は現在、世界災害対策委員会の会長をしているのだよ。魔物が少なくなった世の中でも、自然災害は起こるからな」
「そうか! わざわざ、すまんのう!」
するとグリフォンクローの戦士ライオスが近寄ってきて、ワシの肩に腕を回す。年を経ても相変わらずガタイの大きな男である。
「何せ此処は勇者が生まれ育った町だからな!」
「天才魔導士の子供が勇者なんだからねー。やっぱり血は争えないねー」
イリアもそう言ってエリエルと楽しそうに笑う。ワシは何だか気恥ずかしくて、ポリポリと頰を搔いた。
「えぇと。それじゃあ今から早速、教会に向かうかね?」
するとイリアは、にこりと笑う。
「まぁ教会の整備はもう少し後でも良いと思うよー」
そして、ドンとテーブルに巨大な酒瓶を置く。
「まずは久々の再会を祝して、酒盛りといこうかねー!!」
――はは……年を取っても変わっとらんのう……。
その後、ワシを囲って団欒が始まった。つがれた酒をチビチビ飲んでいると、胸元がざわざわした。どうやらシェリルが合図をしているようだ。
小用と言ってワシは一人、部屋に戻る。シェリルがローブの胸元から飛び出してきた。
「ああ、もう! 息苦しいし、狭っ苦しいんだよ!」
「すまんすまん」
突然の来訪に驚いてすっかりシェリルのことを忘れていた。そのことを詫びるとシェリルは怒るでもなく、満面の笑みを見せた。
「良かったな、ドルク! もう何も心配はねえ! 完全に平和で幸福な暮らしだ! 苦労した甲斐があったな!」
「うむ! お前さんにも礼を言わねばならんのう!」
「よせやい。アタシは傍で見てただけだ。何にもしてねえ。……そんなことよりドルク。それ本当に学会に発表しないのか?」
シェリルはワシの机の上の書類を眺めて言う。
「発表すれば、時空魔法を発見した大魔導士として後世に名が残るんだぜ?」
「言ったじゃろ。ワシはもう二度と時空魔法は使わん。この論文も世には出さんよ」
様々な苦労と偶然が重なって、ワシはどうにか幸せを手に入れた。だが、時空魔法が世界に及ぼす影響は計り知れない。そのことをワシは身をもって実感している。
意を決して論文の束をくずかごに放り捨てると、シェリルが口をあんぐりと開けた。
「うお……マジか……!」
「時空魔法は
「そりゃあまぁ、考えた本人が決めたことなら仕方ねえ。もったいないと思うけど……」
そしてシェリルはひらりと小さな体を翻し、窓際に向かった。
「それじゃあアタシは行くよ!」
「そうか。またいつでも遊びに来るのじゃぞ」
「ああ、ドルクが死んでねえか、たまに顔を見に来るぜ!」
「……縁起でもないこと言うのう」
「ホラ、さっさと皆の所に行ってやれよ。きっとお前を待ってるぜ」
シェリルに手を振って別れる。部屋から戻ると皆、シューベルを取り囲み、ワシのことなど忘れたように、やんややんやと騒いでいた。ミーシャだけが食事の準備でバタバタと動いている。
ワシは台所で忙しなく働くミーシャに近寄った。
「全く。町の救援に来たのか、酒盛りに来たのか分からんわい」
「ふふふ。でも皆さん、すごく楽しそうです」
「人の家じゃというのに。帰った後の掃除がまた大変そうじゃ」
苦笑いしていると、突然ミーシャが手で顔を覆い、泣き声を漏らし始めた。
「ど、どうしたんじゃ?」
急に泣き出したミーシャを心配する。グリフォンクローのメンバーに、からかわれたりでもしたのだろうか。
「すいません。何故だか急に涙が。自分でもよく分からないのです。でも今の幸せな毎日が、信じられない奇跡の結果であるような……ふとそんな気がしたのです」
「ミーシャ……」
辺りに誰もいないことを確認する。こういうことを面と向かって言うのは照れくさい。だが、若いミーシャに不本意ながら悪態を吐いてしまったことへの贖罪の意味もあった。
ワシは意を決して、ミーシャに言う。
「愛しておるよ」
するとミーシャは涙を拭って笑顔を見せた。
「私もです」
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