後編
秋の野の み草刈り
宝さまが、夫君と一緒に眠った宇治行宮を歌った歌だ。川を渡るための天候を待つ宮で、まあたらしい秋草を刈って
ほんの少年と言ってもよかった彼は、夏草を刈って葺いたちいさな家に、……わたしだけが住み、わたしだけが出入りする者を決められる家に、おずおずと入ってきては、野山で摘んできたという花を差し出してくれた。
宝さまの気に障ることをして、大海人さまがわたしへの訪れを禁じられていた、と知ったのは十市が三つの歳になってからだ。
鞍作臣の言うままにまつりごとを執っていた、政変の前とは別人のように、宝さまは大王のみわざをお使いになった。宮は石敷きに整備され、水路を通して、岡本の宮は水音と馬の蹄の音が絶えずする、にぎやかな場所になった。たった五年のうちに、
みな、宝さまに夢中だった。五十の坂をとうに越した、
わたしも、身辺に侍っては歌を歌った。わたしが歌った歌を、宝さまが
石湯の宮を離れる、というその前夜、宝さまは宴を催された。お
わたしは立ち上がる。宝さまに視線を向け、目で許しを得ると、歌い始める。
場を貫く歌は、みなの口をつぐませ、ややあって宮を揺らすような歓声を上げさせた。
戦の成功を
宝さまが立ち上がる。わたしは座り伏す。宝さまが、さきほどわたしの歌った歌を、もういちど繰り返される。二度、三度。そのうちに、その場のひとびとみながくちずさみ始める。楽人が奏でる音に合わせ、声を合わせて、みなが歌う。
そっと伺うと、宝さまのからだがふるえている。駆け寄って、抱きしめたいと思う。けれどそうはしない。この場に
月は変わらず、しらじらと差し込む。宝さまの顔も、青白く照らされる。酒が進んでいたはずなのに、彼女の顔は白い。
あなたも、知っている。
そうにちがいない。
わたしは目を細めた。
この旅の結びを、あなたはとうに知っているのだ。
歌声 鹿紙 路 @michishikagami
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