歌声
鹿紙 路
前編
鳴きとよむ潮が、くりかえしくりかえし、津に寄せては砕け、暗いみなぞこに引いてゆく。
遠くへ呼びかけるような海鳥の声、絶えず吹き付けるつめたい風――風は、夜と昼では、ちがう方角からやってくる。
急な出兵で、徴集が追いつかず、
石湯に着いたころは、寒さが残っていた。もうすぐ出発だという、いまはもう春も深まった。昼には感じないつめたさを、けれど夕べには風に感じる。
わたつみの
宝さまの息子、
「
宝さまの寝所に侍ると、わたしは呼ばれた。
「足を……あたためて」
灯明台に照らされる宝さまは、皺ぶかく、
「はい」
わたしは宝さまのしとねをめくって頭を入れると、宝さまのひんやりした足を、自分の両手でくるんだ。
「そなたはいつも手があたたかいのね」
「……」
なんども掛けられたことばに、今度もどう答えていいかわからず、わたしは沈黙する。自分の指の腹で、冷え切った宝さまの足指をこすり、てのひらで足の甲をそっとにぎる。それでは足りない気がして、わたしは宝さまの足指を口に含んだ。舌ならば冷えないはずだ、と思い、親指から順番に吸う。汗の塩みを、舌が感じる。この世でもっとも神にちかしいひとでも、汗をかく。
言うまでもないことだ。わたしはとうに知っている。宝さまに触れれば、宝さまがどう応えてくれるかを。
くすぐったいと思われるかもしれない、と思いながら、足の裏に舌を這わせる。土踏まずをなぞり、かかとを
「ん……ん……」
かよわい声が漏れ、宝さまはみじろぎする。ふるわせられたふくらはぎを、わたしはとらえ、てのひらでこする。青い血脈の浮き上がった
「……額田……」
潤みのにじんだ声。
「はい」
「泣いているの」
「……はい」
「こちらに来て。抱きしめて」
「畏れ多うございます」
「なにを言っているの。わかい頃はあんなにわたしを求めてくれたのに」
わたしは敷布に顔を押しつけた。頬を伝っていた涙はそこに吸い込まれたが、あとからあとから滴があふれ出て、止まらなかった。
「あの歌を歌ってちょうだい」
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