狐の嫁入り

第3話 森に灯る光



「だから、継がねーって言ってんだろ」


座敷で向かい合う親父に、もう何度繰り返したか分からない台詞を吐く。


「今時、継ぐとか継がないとかいう時代じゃねーし」


俺の言葉に、親父の眉間に皺が寄った。


「この家は特別だ!もう二百年も続く由緒正しい家だ!それをお前は、私の代で途絶えさせるつもりか!?」


埃を被ったような古臭い考えに、うんざりする。


「途絶えりゃいいじゃん?それが自然の流れってもんなら」


悠真ゆうま!!」


「用事あるから、じゃあな」


親父の「馬鹿者が!」という怒声を背中に浴びながら、俺は腰を上げると、座敷を後にした。


「はぁ」


ため息一つ、耳の後ろを掻く。


二百周年か何か知らんけど、この不毛なやり取り、二百回以上してるよな?


廊下を抜けて、だだっ広い玄関にたどり着くと、棚の上の小さなキーを掴み、履き潰したスニーカーに足を通すと、家を後にした。


車庫の片隅に停めてあったチャリに乗ると、ろくに舗装もされていない、手付かずの道を細かい土埃をあげながら走っていく。

夏の熱気を孕んだ空気を割きながら、何の代わり映えもない道を行く。


すれ違う人も車もなく、我が町ながら、しみじみ田舎にもほどがあるだろ、と心の中で突っ込む。


脈々と受け継がれる伝統や歴史こそが価値あるものだと、親父を含む、この村の年寄達は口を揃えて言うけども、俺の中の感覚とずれすぎていて、永遠に混じりそうにない。


ほとんど電車が通ることもない、開けっぱなしの踏み切りを渡ると、揺らめく空気の帯の向こうに森が見えてきた。


「あっつ」


溢しても何もならない独り言を溢しながら、何を目指すでもなく、ただ車輪を回転させる。


観光すらもない、何も代わり映えのない、この土地を大半の若者は出ていく。

今は高校に通うこの俺も、もれなくそのルートをたどる予定。


というより、他のルートなど存在しないのだ。


歴史という誇り臭い勲章以外、何もないこの町に、未来などない。

俺達の未来は、この町のはるか外にあるのだ。

まばゆい未来は、こんな選択肢の欠片もない田舎に存在しない。


今走る、全く枝分かれすらない、この一本道のように。


鬱蒼と茂る森が近づいた時。

俺は、妙なことに気づいた。


「灯り……?」


森の木々の合間に、うっすらとだが灯りが見える。


それは、日中の夏の日差しの中では掻き消されてしまいそうな、ほのかな光。

例えるなら、蛍火のような淡い灯火。


なぜか記憶の奥底に湧いてくる懐かしさ。


俺は、その灯りに吸い込まれるように、森へと車輪を向けていった。

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幻想図書館 月花 @tsukihana1209

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