幻想図書館

月花

陽炎

第1話 陽炎



君は音もなく、僕の前に現れては、

儚げな微笑み浮かべて、消えていく。


僕に何を伝えたいの?

君は、どうして、そんなにも壊れそうな笑顔で、僕を見つめるの?


捕まえようとすればするほど、

君は夏の陽炎のように、ゆらゆらと揺れては、音もなく、消えてゆく。


僕に、淡い恋の香りだけ残して……。




君とは、本当に良く出会うね。


学校に向かっている電車の中で。

昼休みの窓際で。


夏の木漏れ日の射す校庭で。

家の近くの書店で。


月明かり浴びた夜の公園で……


君は、もしかすると………。


でも、それでも、僕のこの気持ちは変わりそうにない。


この陽炎の恋は、

淡くとも、無くなることはないんだよ。



君の髪に、

その白い手に、

触れたいと思うのに、


いつでも、するりとすり抜けて、

幻のような余韻だけが残るんだ……



君を強く想えば想うほど、

君を見ることが多くなる。


僕の心の見えない力が

君を引き寄せるのか?


今日も同じ電車だね……。


約束したわけじゃないのに、

いつも同じ車両になる。


たくさんの人間の顔の中で、

君の白い横顔だけが、

淡い光に包まれている。


人の壁で、これ以上近づけないけれど、

その美しい君の横顔を見つめるだけで、

時間は優しく止まるんだ。



こんなにも

誰かを好きになることが初めてで、

甘い痛みにくらくらする。


世界が まるで

君を軸にして動いているよう。



昼休みのチャイムの音。

昔はあんまり好きじゃなかったけど、


いつからか、遠い海辺で鳴るサイレンみたいに聞こえるようになった。


君は、校庭の銀杏の木の下で、静かに読書をするのが好きなんだよね。

初夏の熱を孕んだ風も、木陰では緩やかな空気のヴェールになる。


君の長い黒髪に、生い茂る葉をすり抜けて漏れる光が、ところどころに射している。


まるで一枚の静かな絵のようで、

こんな光景も、僕は好きなんだ。


大切な夏の想い出の一つだよ。



空に茜射す頃、

君は学校の門をくぐる。


そして、君の足は、そのまま書店へと向かう。


少しだけ古びた小さな書店。

明かりは、どこかほの暗くて、開いた本のページが、優しいベージュに見える。


本を読む君の長い睫毛が、

瞳に柔らかい陰を落として……


僕も、本を手に取るけど、

視線も、心も、君に奪われたまま。


レトロな一枚の写真のような

心地よい君との時間……。



そして、夜の公園で、

また、君と会う。


君が夜の公園に出る時は、

犬の散歩の時もあれば、

一人きりの時もある。


今日は、一人きりだね。


僕と同じで、

君も静かな時間が好きなんだろう。


昼間の喧騒は溶けてなくなって、

夜の空気は、静かに澄み渡っている。


君の長い髪が、

風に洗われて波打つのを

僕は、飽きもせず、ずっと見てる。


夜空を見上げた君の顔が、


月明かりを浴びて、

美しい幻想のようだ……


君のその悲しそうな微笑みの意味を

僕が知ることはあるのだろうか……















「また、見られてる……」


雑踏の中で、紫穂は呟いた。


「えっ、なんか言った?」


隣に歩く梨果が聞く。


「……見られてるの、ここのところ、ずっと……」


紫穂は、こめかみを手で押さえながら、答えた。

色白の手に、長い黒髪が降りかかる。


「それって……例の『アレ』?」


「うん……」


沈んだ紫穂の表情に、梨果は、はぁ、と溜め息をつく。


「いい加減、しつこいね。一種のストーカーじゃん!まあ、私は見たことないけどさ……」


「私に固執してるみたい……。学校に行く時も、休み時間も、帰る時も、帰ってからも………。ずっと、私を見てる……」


「そこまでいくと、怖いよね……。いや、そこまでいかなくても怖いか……」


梨果は、何かを探すように、辺りを見回した。


「でもさ、そういうの、紫穂ならさ、何とかなんないの?」


梨果の問い掛けに、紫穂はゆっくりと、首を横に振る。


「例え見えても、私にはそこまでの力はないのよ……。それに……」


紫穂はどこか悲しげな瞳で、数メートル離れた場所に立つ、制服姿の青年を見つめた。


「彼自身が、気づかなきゃ駄目なのよ」














もう、

亡くなっているということに……








 






 












この世の全ては、

儚いものばかり。


季節は止まらず、

移ろってゆくように。


君のその瞳と

この淡い恋のように……。


君の悲しそうな微笑みが

僕を引き寄せて離さず、


こんなにも、君でいっぱいで、

まるで終わらない夢を見ているようだ。


いつか君に触れたい。


触れたいんだよ……









 





 




 



 


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