断章「異界法則の先触れ」





「……サ……」


 夢にしても荒唐無稽だった。――夢のくせに鉄の臭いがした。


 人間離れした身体能力は、現行兵器を屑鉄以下に貶めて。刀剣や鎧兜などの原始的な武装は、あらゆる重火器よりも頼もしい。

 人種どころか同じ人類である事が信じられない巨人や、現実には有り得ない魔術の存在。ロールプレイングゲームで使い古された鉄板ネタ、ファンタジーゲームにありがちなダンジョン。それを攻略していく冒険者という名の軍隊。

 俯瞰するアーサーの目の前で、鎧兜で身を固めている人達が、迷宮を突き進んでボスを倒そうとしている。噛み過ぎて味のなくなったゲームじみた光景だが、まるで現実に落とし込んだもののように生々しかった。


「ア……」


 夢心地のまま茫洋としているアーサーの目を引いたのは、その一団の中でも一際強い存在感を持つ騎士だ。スリムなフォルムの白い騎士甲冑を纏い、鴉を模した兜を獅子のような鬣で飾り付けている、特大の巨剣を背負った白騎士。

 どういうわけかアーサーには、この騎士の事がよく分かった。格好いいバルディッシュの女黒騎士や、典型的な魔法使いのような格好をした小人の少年、バカだけど怪力無双の巨人、洒脱な青年将校のような人―――組んでいるチームの中では白騎士が一番弱いくせに、全員の関心を集めている。

 彼らはダンジョンを進み、出会うモンスター達を次々と倒していく。やがて彼らは他のルートを進んでいた人達と合流し、最深部にまで到達していた。そしてそこにいた途方もなく巨大なモンスターに戦いを挑み、そして。


「アーサー、朝だぞ! 起きろ!」


 ――アーサーは、そこで目を覚ました。


「ん……? ……ッ!?」


 体を揺すられて、幼い子供がするようにむずがり・・・・そうになりつつも、アーサーはぼんやりと目を開く。すると呆れたような表情で、見慣れぬ少年がアーサーを見ていた。

 機械仕掛けの戦士の反射。記憶を照合し、該当する人物はいない事を瞬時に割り出す。知らない少年だ――アーサーは反射的に跳ね起きるなり、咄嗟に背中へ手を回して何かを掴もうとする。しかし手は空を切った。無い・・

 何も、無い。何か・・があるはずなのに、何も無い。

 何故だ。此処は何処で、何故自分は丸腰なのだろう。それにこんな無防備に熟睡できていた自分が不思議だった。アーサーはあの日・・・以来、こんなにも安らかな心地で眠れた試しがなかったからだ。

 少年に敵意や悪意の類いは見て取れない。それがいっそうアーサーを混乱させる。すっかり縁遠くなってしまった、自分へ親しみを懐いている人間が持つ温かい目を向けられていたからである。


「ぷっ……い、いきなりどうしたよ? 飯の用意できてるし、起きたんならさっさと来いよ」

「………?」


 少年はアーサーの過敏な反応に噴き出しながらも、特に気にした素振りもなく部屋から出ていく。その背中に何も言えず、何もできなかった。意味不明な状況に、アーサーは信頼は置けずとも信用はしている知恵袋に――


「――――」

 

 瞬間、それ・・の名前を思い出せない事に気づいた。

 自分は今、何を呼ぼうとしたのか。何故、自分が混乱していたのか。足場が崩れ去るような、得も言われぬ恐怖を感じていたのに、それすらも溶けて消えていく。アーサーはそこではた・・と思い至った。

 さっきの少年は、ホームステイ先の調月家の長男だ。自分より一つ年上で、同い年の調月扶桑の兄である。異国の人間である自分に気安く接してくれて、日本文化を親身に教えてくれる兄貴肌の人。

 ここはホームステイしてきたアーサーのために、わざわざ用意してくれた、元は空き部屋だった所。そして今日は土日の休日を挟んで学校が再開される月曜日、だったはずだ。


「私は……?」


 違和感も何もかも、綺麗さっぱり消え失せていた。

 悪い夢を見ていた気がする。我に返ったアーサーは、途端に恥ずかしくなってきた。起床と同時に跳ね起きて、ベッドの上に仁王立ちするなんて、どうかしていたとしか思えない。しかもそれを彼に見られたのは痛恨の恥だ。


 なんとも言えない気分でベッドから降りて臨戦態勢を解くと共に、頭の中の魔力炉心・・・・・・・・の励起状態を解除する。

 アーサーはパジャマを脱ぎ、制服を着て、教科書や筆記用具の入った鞄を手に取り部屋を出た。そして洗面所に向かい、そこで顔を洗う。タオルで顔を拭いて、うがいをして水を吐く。歯磨きは朝食を頂いた後だ。

 ふと、鏡に映った自分の顔を見て、アーサーは首を傾げた。


「……これが、私なのか……?」


 締まりのない表情、というよりは面構え。まるで苦痛や苦悩とは無縁の人生を送ってきたかのような、能天気で無邪気そうな顔だ。顔に手を触れて、次いで腹に手を当てる。着替えている時は特に気にしていなかったが、どうにも出処の定かでない不安感に突き動かされていた。

 手で触れた腹筋は、割れている。固い筋肉の感触がした。胸板や、肩周り、それから腕全体にもきちんと筋肉が付いていて、指や掌も分厚いままだ。全身隈なく、機能的に鍛え上げた成果は消えていない。それに無性に安堵した。腑抜けた面構えを見た瞬間に、自分が別人になってしまったかのような気がしたが、単なる錯覚だったようである。


 アーサーは安堵の息を吐きながら居間へと向かった。

 時代劇で見たような屋敷の通路を歩く中、勝手知ったる人の家――実家のようにこの家の事を知っている自分にささやかなむず痒さを覚える。

 知らない家を、知っている。なのにそこには確かな慣れがある。形容できない感覚が、アーサーの背筋をぺろりと舐めた。

 居間に着く。するとそこには四人の人がいた。イギリスから来たアーサーを暖かく迎えてくれた、調月家の人達だ。


 家長の調月太郎。彼は自身が平凡な名前だった事に不満があり、子供達には格好いい名前を付けてやったと話してくれた男性だ。

 硬質な黒髪をオールバックにして、切れ長の双眸を眼鏡で覆った、厳格そうな容姿をしている。しかしその印象に反して意外と親身な人で、アーサーに対して冷たく接してくることはなかった。父ウーサーとは親しい関係にあるらしく、ホームステイを受け入れてくれた太郎は、まるで親戚の子供に対するかのように応対してくれるのだ。優しい人である。

 隣には専業主婦の調月冴子。入り婿だという太郎の妻だ。大和撫子という言葉を絵に描いたような人で、十代半ばの子供を二人も持っているとは思えないぐらい綺麗な人だと思う。

 彼女はもともと箱入り娘のように大事に育てられ、太郎とは見合い結婚をしたようだが、非常に仲がよく暖かな家庭を築いていた。世間やその流行に関する関心は薄く、もっぱら家の事をして過ごしているが、最近になってオンラインゲームにどハマリしはじめているらしい。その話題を振ったら満面の笑みで話してくれる、歳の離れた姉のような印象があった。


 彼らは席に並んで座っている。食卓には炊きたてのご飯と、湯気を出している味噌汁などの朝餉が均等に並べられていた。


 調月夫妻の前には二人いる。

 アーサーを起こしに来てくれた、この家族の長男である調月大和。彼は太郎の正面に座っていて、ポカンとした顔でアーサーを見ていた。

 父親に似た硬質な髪と、怜悧な印象のする顔立ちだが、その気質は裏表のない明るいものだ。アーサーとも出会ってすぐに打ち解けられて、今では親友と呼べる間柄になれたと思っている。

 冴子の正面には、大和の妹である調月扶桑がいる。太郎や冴子は、大和と同じくアーサーを見て目を丸くしていた。どうしたのだろう? 不思議に思いながらも、太郎と大和の間にある椅子を引いて席に着きながら挨拶する。


「おはよう――ございます。そんなに私を見てどうかした――のですか?」


 未だに敬語やら丁寧語やらは苦手だった。とはいえ敬意を持って接するべき人達に、苦手だからと失礼な物言いをしていい道理はない。拙いながらも敬語とかいうもので太郎に声を掛けると、彼はハッと我に返ったようだ。


「あ、ああ……おはよう、アーサーくん。……アーサーくん、だよな……?」

「……? ああ。アーサーだ……です。私が他の誰かに見える、ますか?」

「いや……君はそんなにガタイが良かったか……?」

「何を言っているのかよく分からないが……私は特に変わりない。です。そうだろう、ヤマト」

「いやいやいや! お前誰? さっき起こしに行った時より明らかに体大きくなってるし髪も長ぇよ!? お前マジで誰だよ!?」


 まるで、見知らぬ人が居間に現れたかのような反応に眉を顰める。困惑して冴子を見るも、冴子もポカンとしていて弁護してくれそうにない。

 眉尻を落として扶桑を見た。彼女はアーサーと同じく意味が分からないとでも言うように呆れている。


「父さんも兄さんも、何言ってるの? アーサーくんでしょ、今までとどこも変わってない・・・・・・・・・じゃない。寝惚けてるにしても笑えない冗談だわ。やめてあげて」

「そ、そうか……?」

「……扶桑がそう言うなら、そうなのかもしれないが……」


 未だに信じられない様子の大和をよそに、無理矢理に納得した素振りを見せる太郎。大和達はじろじろとアーサーを見ていたが、やがて納得したように頷いた。気のせいか・・・・・とでもいうように。


 全員が揃ったところで、両手を合わせて「いただきます」と言う。太郎が最初に言って、後の全員が唱和する形だ。

 食べる時は誰も話さない。口に物を入れて喋るのはお行儀が悪いから、らしい。よそ様の家で世話になっている身としては、若干落ち着かない空気でもそのルールに従うのが礼儀だ。

 テレビに映っている天気予報で、今日は午前中から雨が降り出して、明日の朝まで降り続けるだろうと言っているのが聞こえる。

 食べ始めは同時なのに、食べ終わりは各々のタイミングに任されている。太郎が最初に完食すると、両手を合わせて「ごちそうさま」と言った。食器を台所へと自分で持って行っている。それを尻目に、アーサーは穏やかな空気で食事が進むのに、なんとも形容し難い感動を覚えていた。


 落ち着いて、食事が出来る。これほど幸せな事があるだろうか? しかも、憧れていた本場の和食だ。ここ最近は毎日食べているはずなのに、まるで今日初めて口に出来たかのような新鮮さがある。

 一口ずつゆっくり、丁寧に、噛み締めて咀嚼する。そうして最後に完食すると、両手を合わせて感謝の気持ちを言葉にした。ごちそうさま――と。

 食器を片付け、洗面所に行き歯磨きをする。そして居間に戻り、床に置いていた鞄を拾った。大和が玄関に行っている、どうやら今日は待ってくれているらしい。待たせるのも悪いので、さっさと玄関に向かうことにした。


「あ、待ってアーサーくん」

「ん……?」

「髪の毛長いでしょ、結わえてあげるからジッとしてて」


 と、不意に声を掛けてきた扶桑に呼び止められて足を止めると、彼女が赤い紐を持ってきていた。

 髪を結わえる――カミという発音で、『神』や『紙』など多数の字が当てられるので、アーサーは時々混乱させられる事もあったのだが、今回はスムーズに理解できた。というよりも、いつの間にか母国語と同じ程度の理解力が得られている気がする。日本語にもかなり慣れてきたようだ。

 その場に立ち尽くすだけというのも悪い。アーサーはその場に膝を付いて屈み、扶桑がやりやすいであろう体勢になった。扶桑はその気遣いに少し驚いたようだったが、アーサーのブロンドに手を触れてきっちりと縛った。


「はい、おしまい」

「ありがとう」

「どういたしまして。あ、今日はわたしも一緒に登校するから。いい?」

「私は構わない。ヤマトはどうだ?」

「扶桑も来んのかよ。この歳にもなって妹と登校すんの恥ずいんだけど……」

「わたしだって兄さんと一緒に行きたいわけじゃないわよ。兄さんがアーサーくんに、出鱈目な日本の常識を吹き込まないか監視しときたいの」

「はーっ? 出鱈目ってなんだ出鱈目って。俺はなぁ、アーサーにお願いされてロボの魅力を語ってるだけ――」


 セーラー服の扶桑と、学ランの大和。アーサーも詰め襟の学ランをきっちり着こなしているが、この制服のデザインもまたアーサーのお気に入りだった。

 兄妹が些細な事で言い合いながら、玄関で靴を履いて外に出る。冴子が見送りに来て、行ってらっしゃいと声を掛けてきた。それに行ってきますと三人で返すと、アーサーを間に挟んだ兄妹が意見を戦わせていた。


「――だからドリルは男のロマン――」

「――古い。ドリルじゃなくて今は可変機構が熱いのよ――」

「――物理で殴るのが最強だろ――」

「――脳筋を持て囃す幼稚さは卒業して――」

「――それ言ったら戦争――」

「――――」

「――――」


 ふと、目眩がした。ああまたか、そう思うぐらいには慣れた感覚。


 自分が地面から浮いている浮遊感。ふわふわ、ふわふわ、と。二人の会話に乗って、自分の好みから意見を出して言い合う。そんな楽しくて、無邪気な時間を過ごしている自分を、乖離した客観性が虚空から見下ろしている。まるでフィルムの中の映像を俯瞰しているかのようだ。

 アーサーは、夢を見る。穏やかで夢のような日々を送る映像が霞み、激烈で現実の重さを宿した映像に差し替わっていった。

 戦っていた。ダンジョンを突き破り、地表に姿を現した白亜の巨獣が無尽蔵に魔獣を生み出し、雲霞の如く押し寄せる大群を多様な姿を持つニンゲン達が迎え撃っている。剣が、槍が、斧が振るわれ、火や水、風や雷などが、様々な形を象って敵を撃滅していった。


 ――雑魚の掃討はスカイランナーとアイザックの隊に任せる、他はイスイヴトプスを殺れ! テメェらの死体を火葬すんのに手間ぁ食いたかねぇ、俺の目の届かねえとこで死ぬんじゃねえぞ!


 ニンゲン達は、死の間際に自らの体を跡形もなく燃焼させる。死体を残せば巨獣の養分にされるからだ。地獄のような闘争が繰り広げられ、白騎士たちは指揮官らしき男――バルトロメウスと呼ばれている青年――の指揮に従い、巨獣への総攻撃に移っている。

 戦いの位階は、もはや原始的な武装で展開されているとは思えないものだ。

 剣の一振りで地が割れる。雲が散る。地面が火炎の高熱によって溶けたかと思えば、溶けた大地が渦を巻き、地面の上なのに渦潮となって雑多な魔獣を地下深くへと呑み込む。――真人ユーザーは単騎で、非真人の国家総戦力に匹敵するという。それが五十人近くもいる。ひとりひとりが常軌を逸した超人の群れだ、どんな存在も彼らに敵う道理はない。アーサーはそう思う。だが、アーサーの予想に反して真人たちは攻めあぐねていた。

 イスイヴトプスと呼ばれた巨大な化け物が、増えた・・・のだ。地響きと共に地面から二体・・の巨獣が姿を現し、驚愕する真人たちを嘲笑うように三体のイスイヴトプスが詠っている。身体陵辱呪詛を全開で放出し、抗魔力の弱い真人たちの肉体を侵食して異形化させて、彼らを人から獣へと変貌させると眷属として使役し始めた。


 ――糞ったれがァ! クラリスとバータんとこからこっちに来やがったッ!


 バルトロメウスの怒号。次々と斃れていく真人たち。

 白騎士はさりげなくイスイヴトプスを避け、雑多な魔獣の駆逐に向かっていたのだが、戦況が絶望的な状況に推移していくのを見て逃亡を思案し始める。彼らに付き合って死ぬのは馬鹿らしい、と。

 不利な戦局からの離脱に躊躇いは無い。卑怯卑劣と謗られようと、知ったことではないのだ。まず自分が生き残ることが第一であり、赤の他人のために身命を擲つだけの義理も、義務もない。この戦いに参加したのは、アーサー・ズライグ・ゴッホという偽の来歴を真のものにする足場固めのためでしかなく、ここで果たせないのなら別の所で成せばいい。


 どこまでも他人事のように戦場を捉える白騎士に、夢心地で事を眺めていたアーサーは強烈な憤りを覚えた。


 発掘闘技都市の事を、アーサーは何故か把握していたのだ。この状況があるのは、白騎士が氷人の魔族を意図的に見逃した事に起因する。そのせいで魔族は逃げおおせて、アルベド・ブランケットが魔境に奪還された。謂わば騒乱を招いた元凶が白騎士なのである。にも関わらずその責任を負わずに、自分本位に逃げ出そうとしている白騎士をアーサーは嫌悪した。

 逃げるな、と声にならない叫び声を上げた。戦え、と。お前なら逃げなくても戦える、勝てるだろう。お前自身が弱くても、お前が持つ武器があれば、この苦境を覆せるはずじゃないか。


 そんなアーサーの叫びが届いたのか、白騎士は逡巡する。辺りを見渡し、死んでいく真人達を見て、彼は心底嫌々といった調子で呟いた。


 ――マーリン。ここで活躍すれば、それは私のためになると思うか?

 ――もちろんさ、マイ・マスター。


 主人の問いに、白騎士のブレーンはにこやかな声音で応答する。

 それに白騎士が嘆息して虚空に左手を翳すと、まるで最初から握られていたかのように――見る角度によって色合いを変える美々しき剣――【聖剣コールブランド】が姿を表す。

 黄金ではない。虹の色。その輝きにアーサーは目を奪われた。なんて綺麗なんだろう。白騎士がそれを保有している事が、堪らなく不釣り合いで似合わない。それは、その虹色に煌めく聖剣は、英雄譚の勇者が担うべき物だ。

 なのに白騎士は、この世の何よりも貴く尊ばれるべき宝剣を――まるで唾棄すべき汚物を放り捨てるが如く、イスイヴトプス目掛けて擲った。なんてことをするんだ! アーサーは思わず悲鳴を上げ、しかしその結果を見届けることはなかった。酩酊した意識がふとした拍子に醒めるかのように、再びアーサーの視点が回帰したのだ。




「後輩くん? さっきからボーッとしてるけど、気分でも悪いのかな?」




 ハ、と息を呑む。

 目の前に、またしても知らない顔があったのだ。

 ――いやこの人は知っている。膝下まで届く亜麻色の髪を三つ編みにして、四角い眼鏡を掛けた少女は、アレクシア・アナスタシア・アールナネスタだ。

 だが髪の色が違う。角のない柔らかな声音は力に欠けていて、よく似た別人のように見える。しかし間違いなく彼女はアレクシアなのだという確信があった。

 なぜこんな所にアレクシアがいる? アーサーは困惑して辺りを見渡すも、景色が一変していることに気づき混乱した。戦場にいたはずだ。ああ、いや、大和達と登校している最中だったはずだ。だのにアーサーは今、何処とも知れない室内にいる。


 ここはどこだ? 整然とした校内の教室――長方形の机が真ん中に置かれ、パイプ椅子が五つ並べられている。席には自分とアレクシアの他にもう一人が座っている。教室の隅の本棚には日本の歴史書や世界各国の地理資料、歴史書などが納められ、反対の棚には様々なボードゲームなどが置かれていた。


「コールマンさん。体調が悪いなら無理はせず、下校なさってはどうです?」


 アレクシアの隣にいる少女がアーサーを気遣う。誰だ、と懐疑しかけるも、その疑問を埋めるように記憶がフラッシュバックする。

 肩の辺りで切り揃えられた黒髪に、切れ長の双眸。この人の名前は、鬼柳千景。そうだ、ここは国際文化部。そしてこの先輩は部活の副部長だ。自分は仮入部という形でここにいて、アレクシアもまた留学生であり、フルネームはアレクシア・ヴィッテンバッハだった。普段の部活動では英会話での交流や、外国の映画鑑賞などをしており、様々なテーマを探求して部員同士で発表し合うのが主な活動内容になっている。


 今は何時だ? 顔を左右に巡らせて時計を探し、発見した電子時計は16時21分を表示していた。


「………」


 今日の授業日程はいつの間にか消化していたらしい。

 思い返せば、放課後になってまだ間もない。もうすぐ他の部員達もやってくる頃合いだろう。

 そう思ったのと同時に、廊下の方から複数の気配を感じ取る。数は四、歩幅の間隔と足音の大きさから、一人は178cmの成人男性。他の三人は千景と大差のない身長の子供。気配の数と組み合わせからして、この部活動の顧問と部員達だろうと察せられる。

 ガラリと戸を開けて入ってきた成人男性は、秀でた体格の男。伊勢守、いや朝田アサダ朝孝だ。そして名前も顔も覚えにない部員達。誰だろうと思い部員達の顔を見るも、モザイクが掛かったように顔を識別できない。それどころか体格も曖昧で、性別も判断できなかった。

 だが、不思議と気にならない。そういうもの・・・・・・だし、彼らの存在自体気にする意味はないのだ。だって、アーサーは彼らをまだ・・知らないのだから。


「揃っているようだな。部活熱心で感心、感心」

「朝田先生。コールマンさんの様子がおかしいです。先程から話し掛けているのですが、反応してくれません」

「んぁ? どした、アルトリウス」


 千景と朝孝の二人が視界に入ると、一瞬、ファンタジックな和装の鎧姿が脳裏を掠める。目が霞むような既視感は、幻のように消え去る。

 朝孝が様子をうかがってくるのに、ゆるゆると首を左右に振った。なんでもない、と乾いた声で呟く。

 地面から起き上がった人型の影のような、黒いシルエット。三人の部員達が空いている席に座った。彼らは明らかに精彩を欠いているアーサーを気にする素振りを見せなかった。そして朝孝も「気分が悪いなら早めに言えよ」と言ったきりで、持参してきたらしい資料を部員達へ配り始める。

 

「お前たち、ニュースは見てるか? 今日は最近世界中で見つかりだした遺跡・・について軽く触れとこうと思う。今後の活動でテーマに困ったらコイツについて調べてみるのも面白いかもだぞ」


 朝孝が言いながら資料プリントを示す。手元にあるそれに目を落とすと、にわかには信じ難い記事が載せられていた。


 ――アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、ブラジル、中国、日本で遺跡が発掘された。各国の調査隊は遺跡内部で、未確認生物・・・・・のミイラを複数体発見したと発表し――


「はー……見たまえ、後輩くん。これ、見覚えがないかい?」


 隣席のアレクシアが身を乗り出し、資料の片隅を指差して話し掛けてきた。

 少年のように目を輝かせながら、亜麻色の髪の少女が資料の中の写真を見詰めていて。そして興味深げに言う。


「このミイラ、まるでゲームのゴブリン・・・・のようじゃないか」








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シリアス・ワンダーランド 飴玉鉛 @ronndo

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