第49話 マリーゴールド

 私は事務所に取り残された。ひとりぼっちになることには慣れているけれど、片付いた事務所はどこか寂しくて、私は孤独感を覚えた。


 多分先生の先生……、言いにくいから先生と大先生としよう。きっと大先生は先生が自殺しないように、理久くんの自殺を隠ぺいした。


 前の晩じっくり話した相手が、自分の境遇を打ち明けてくれた相手が、死んでしまったら、先生はきっと生きていけないから――。


「じゃあやっぱり、言わない方がよかったなぁ」


 でも先生は知りたかった。だから私に五年前の事件を話し、クイズと称して推理させた。



 先生と出会ったのは三年前だった。両親が死んで一年後、引き取ってくれた親戚が殺害されて、先生が捜査を依頼されてやってきた。


 最初は変な人だな、と思っていた。警察の人は皆制服を着ていたのに、先生だけジャージを着ていたからだ。その後先生が警察ではなく探偵だと知った。私は諮問探偵なんてものが現実にいることが信じられなくて、なんでそんなことをしているのかと聞いた。


『私は自分の生き方を選んだの。生きるためにはいくつかの道があった。こんな私でも選べるだけ生き方があった。それを教えてくれた人がいた。だからかな』


 私はその時、格好いいこと言っているけれどジャージ姿じゃな、と思っていた。でもその三か月後、私の友達が死んで私が疑われた。すると呼ばれていないのに先生はやってきて、私を救ってくれた。


 謎を解き、犯人を見つけ、そして私に生き方を示した。


『君はどうやら私と近い存在みたいだ。死に出会い、死を招く。そういう人生を生きている。もしも君が望むなら、私が生き方を、息の仕方を教えてあげる』


 私は生きたいと願った。

 先生はきっと大先生と同じことをしたんだろうな。


「待たせたね」


 先生はそう言って事務所に入ってきた。


「いえ、別に大丈夫です。今日は依頼も来ていませんし」

「そうか」


 先生は寝室に行くとスーツに着替えてきた。先生がジャージ以外に着替えるなんて何事かと思った。


「これから先生に会ってくるよ」

「へえ、良かったですね。恩師なんでしょう?」

「違うよ。彼女はただの教師だ。そして私は生徒なだけさ」


 先生はそう言うけれど、本心ではきっと違うことを思っているんだろうな。


「なにしてる?君も着替えろ」

「え!?私も行くんですか?」

「当たり前だろ。私の教え子を紹介させてくれ」


 先生は、私を引き取ると言ったとき条件を出した。自分のことを先生と呼ばせることを条件にした。

 そういうプレイだろうかと疑っていたけれど、今日その理由が分かった。


 あの日先生は、私を生徒にしてくれたんだ。生徒として生きる道を教えてくれた。


 私は微笑むと自分の寝室に行き、とびっきり可愛い服を着た。鏡の前でポーズし「完璧」と呟いた。

 私は胸を張って寝室を出る。


 まだ胸を張って生きることは出来ないけれど、先生の前では強がっていよう。背伸びしてちゃんとしたふりをする。


 それはとても生きづらくて、とても寂しいものだと思う。けれど、隣にいつも先生がいるのなら私はきっと生きられる。


 そうやって、大先生の想いは先生に引き継がれ、先生の想いは私が引き継ぐ。そうして誰かと誰かが見えないもので繋がれていく。それは血縁や友情や絆と呼ばれている類のものと比べるとちっぽけに見える。でも、鈍く醜く光るそれはどんなものよりも価値があるのだと思う。



 その見えないなにかを、私たちは――。



 いや、結論を出すのはまだ早いかな。だって私は花の女子高生なんだもの。人生はまだまだ続いていく。望もうと望むまいと、生きていかなければならない。


 でも、実を言うと私の中では少しだけ答えが見えている。その答えが死ぬまで覆らないとは限らないが、先生が私にくれたもの、それはきっと花束のようなものだ。生きる祝杯にも、死者への手向けにもなる花束だ。

 相手を想って包まれた、柔らかな香りの花束を、私は先生から受け取った。だから私は生きていく。

 そしていつか、先生の様に――幸せになる。

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