第48話 電話

 コールが五回鳴って、相手は電話に出た。

『久ぶりだね』

「お久しぶりです。先生」

『どうした?』

「あの時、先生は私を守ろうとしていましたよね?」

『どの時だなんて聞いたら怒られそうだから言わないよ。ああ、守ろうとした』

「どうして!」

 私は叫んだ。あの時のように……。


 ゴンドラの中で、先生が言った言葉を思い出していた。真実に到達してはならないと警告したのは、先生が一番最初に理久くんの遺体を見つけたから。

 一番最初に見つけ、一番最初に彼の死因を知ったから、私にそう警告した。

 そして、自殺の事実を隠していたのは、自分が偽装をしたからだ。私を守るために……。

 自殺を、完璧な他殺へと導いた。そのあと史郎が遺体を見つけ、頭だけを持ち去った。


『生きていて欲しかった。それだけさ。たったそれだけのシンプルな理由だよ』

「でも、だからって、自殺を偽装するなんて……」


 私の声は小さくなっていく。先生の生徒だった私に戻っていく。


『謝ったほうがいいかい?』


 私はどうすればいいんだろう。なにがしたくて電話したんだろう。

 でも、答えは分かっていた。推理なんて必要なかった。


「ありがとう、ございます」


 間違っていても、狂っていても、先生は私の為にやった。親も兄弟も姉妹も友人もいない私を守ろうとしてくれた。


 それは普通に嬉しくて、切なかった。もうあれから五年経った。その間、私は気づけなかった。後悔と無念と嬉しさが、私の心を細切れにして混ぜ合わせていく。


『いつの日か言うべきだと思っていた。でも怖かった。君に失望されたくなかった。許してくれ』


 しゃがれた声で言う先生は、どこかしおらしくてあの頃の先生とは違うと思った。人は変われないけれど、そういうことだってあるんだろう。


『実はね、箒ちゃんが殺害されたんだ。けれど、警察は自殺として捜査している』


 箒ちゃんの顔が浮かんだ。彼女なりに、彼女らしく生きていた女の子が死んだという事実は、衝撃的だった。

 そして私は悲しむよりも先に、彼女との約束を思い出した。


「お互いつもる話があるみたいですね」

『飲みにでもいこうか』

「いつにします?」

『善は急げと言うし、今夜にでもどうかな』


 先生はあの頃と同じ調子で言った。きっとあの笑みを浮かべていることだろう。


 あの不敵で不気味で、でも――素敵な笑みを。

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