乾杯の響く夜、撃鉄を起こす朝

四葉くらめ

乾杯の響く夜、撃鉄を起こす朝

お題:ジョッキ、銃火器、常識


 パシュッ


 何かが弾けるような音が左隣から聞こえる。その数秒後に、地面に何かが倒れ込んだ音がした。

 お疲れ様。

 そう心の中で呟きつつ、照準を彼方の人影に合わせて引き金を引く。

 けたたましい音を響かせて弾丸が飛び出す。

 それはあっと言う間も無くくうを切り裂き、人影と重なった。

 照準器から目を離し、塹壕の陰に身を隠す。

「あー、早く夜にならないかなぁ」

 そう愚痴るものの、隣の男は頭から血を流しておねんねしているので答えてはくれない。

 十分ほど休んでいると、どこかで爆発音が聞こえた。向こう側じゃない。こっち側だ。

 んー、これは移動した方がいいかな。

 そのうちここにも手榴弾が飛んでくるだろう。やはり銃弾を扱っている者としては手榴弾よりも銃で撃たれて死にたい。いや、もちろんそもそも死なないのが一番なんだけど。

「じゃ」

 大した感慨も無く、倒れている男に手を振って別れを告げる。どうせ、たまたま隣になった男だ。彼の名前なんて知らないし、顔だってすぐに忘れるだろう。ほら、もう既に結構あやふや。

 腕に持っていた銃火器を肩に担ぎ直し、塹壕から体が出ないように中腰になって移動する。

 ときどき顔を出して引き金を引く。当たったり、当たらなかったり。


 ドゴォン!


 爆発。後ろを振り返ると、さっきまで自分のいた場所に煙が立ちこめていた。

 空を見ると人の手が飛んでいた。もしかしたら、あの男の手かもしれない。

 そう思ったものの、やはり感慨は無く私は背を向けた。


   ◇◆◇◆◇◆


 鐘の音が夜の始まりと共に戦闘の終わりを告げる。カンカンカンカン! カンカンカンカン! 別にそんなに鳴らさなくたって分かるっていうのに。

 塹壕をよじ登り辺りを見回した。こっちは……結構減ってるな。3割ほどはやられてしまったらしい。対して向こうは……っと。

 サックから双眼鏡を取り出して覗いてみる。人数的には向こうの方が多そうだ。8割5分ほどは残っているだろうか。

 これは幹部クラスがまた無駄な話し合いを始めるだろうな。やれ配置を変えようだの、やれ武器の割合を変えようだの。

 まあ、それが彼らの常識なのだ。敵を倒すことだけしか考えられない、つまらない彼らのたった一つの常識。

 私は銃火器を所定の場所まで持っていく。

「はい、確かに受け取りました。ではあとは自由にしてくださって構いません」

 名前を告げ、銃火器と弾薬を渡す。手榴弾は持っていないので武器はこれだけだ。

「おーっす、生きてたか」

 低いダミ声をうるさく響かせながら、無精髭を生やした男が私の肩に手を乗せてくる。

 年の頃は40前と言ったところだろうか。もう少し身なりを整えれば数歳は若く見えるだろうに、残念ながらその風貌はただのおっさんだった。

 私の着ている軍服とは色もデザインも異なる軍服を着ている。彼は〝あっち〟の軍人なのだ。

 さすがに泥や煤で汚れてはいるが、大した怪我はしていないようだった。

「あなたもね」

「何人やったよ?」

「8」

「はぁ!? おめぇさんみたいな若いのが8もやったのかよ! すげぇじゃねえか」

「そっちは?」

「23、だな」

 片目を少し広げ、絶妙の角度で見下ろしてくる。

 ウザい。

「あー、ちょ、待てよぉ! 悪かった、もうウザい言い方しないから! 今日も一緒に飲もうぜー?」

 はぁ。

「そういうからには、なにかお酒を用意してるんだよね?」

「ああ、モチのロンさ。ウィルマルク地方で作られたビール。〝そっち〟のとはまた違った味わいだぜ?」

「よーし飲もう、早く飲もう、さっさと飲もう、とっとと飲もう」

「……俺が言うのもなんだがよ、お前さん単純だねぇ」

 うっさい。酒に勝るものはない。


   ◇◆◇◆◇◆


「またお前さんと会えたことに」

「この世に私の飲んだことのないお酒があることに」

「……お前さん、その文句はどうなんだ?」

「いいでしょ? 私は別にあなたに生きていて欲しいとは思ってないし」

「つれないねぇ。まあいいか、んじゃ」

 そう言って、彼は手に持ったジョッキを掲げる。

 それに呼応して私もジョッキを持ち上げた。

「「かんぱーい!」」

 カツンという軽やかな音が小さく響く。

 そして一気に呷る。

 喉を小麦色の液体が突き抜け、あとから来る苦みが脳を痺れさせる。

「くはぁ! うん、おいしい」

「そう言ってもらえると持ってきた甲斐があったぜ」

 私たちの他にも至るところでジョッキが交わされていた。同じ軍服同士のグループもあれば双方入り混じっている大所帯もある。

 気づけばどこから持ってきたのか、アコーディオンなんかを弾いている者までいる。

「にしても不思議だよね。なんで上の人たちは戦いたがるんだろ」

「さぁな。逆に上の連中も不思議に思ってるらしいぜ? 『よくもまあ直前まで殺し合いをしていた奴らと飲めるな』ってな」

「……? 普通じゃない?」

「普通だよなぁ?」

 なんというか、そんなの常識的過ぎて疑う余地もない。例え敵だろうが味方だろうが、楽しく飲めれば楽しく飲む。殺すとかとはまったくもって別問題だろうに。

 今、ここは戦場じゃない。ジョッキが支配する最高に自由な空間だ。〝あっち〟とか〝こっち〟とかそんなものはアルコールに溶けて消えてしまえばいい。

「よーし、俺の娘の話を聞かせてやる」

「唐突だねぇ」

 そして、両軍の誰もが夜が更けるまで歌い、踊り、喋り続けた。


   ◇◆◇◆◇◆


 鐘の音が夜の終わりと共に戦闘の始まりを告げる。カンカンカンカン! カンカンカンカン! だから分かるっていうのに。

 アルコールはすっかり抜けている。頭は冴えわたりいつでも戦闘を開始できる状態だった。銃火器と弾薬は既に受け取り、塹壕の影であっちの気配を探る。

 さあ、今日も夜の酒を楽しみにして頑張ろう。

 私は朝日を体に浴びながら、撃鉄を起こした。


   〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乾杯の響く夜、撃鉄を起こす朝 四葉くらめ @kurame_yotsuba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ