霧雨
脇谷が死んでから半年、私は初めて平井に出会った。
平井に、あの事件を目撃したことを告白すると、平井は目を見開き、それから、乾いた笑いを取った。
「で?」とでも言いそうな表情だ。
それで困ったから、私は何も考えずに「それだけ」と言った。無駄に気を使っても、平井には通じないと思う。
そこから、平井は吹っ切れたように話を始めた。
暗殺者を始めた頃から、幼馴染の仲だという事。
「脇谷」というあだ名は、その時浮かんだ単語を組み合わせただけだという事。
脇谷は体が弱くて、時々平井が家で面倒を見ることがある事。山小屋は共用だという事。
小さい頃、脇谷は平井に「俺がお前を守ってやる」と約束した事………。
平井は、そこまで言い切ると、なにやらジャケットのポケットをごそごそと漁り、板チョコレイトを取り出して私に渡して来た。それは、脇谷があの日食べたチョコレイトと全く同じ銘柄の、全く同じ味の、甘いミルクチョコレイトだった。
「今思えば、なんであいつ、甘党なんだろうな」
平井は誰に問いかける風でもなく、遠くを見つめた。
「……さぁ」
私は、板チョコレイトのアルミを剥がして、甘いその菓子をかじる。瞳を閉じて味を感じると、何故だか切なくなった。
「脇谷はさ、雨の日にチョコを食べるのか好きなんだってさ。だから、死ぬって時も「食べたい」って言ったんだ。まぁ、食べれなかったけどな」
平井はまた、戯言のように言った。しみじみと言っていれば、私の心に刺さっただろう。でも、脇谷と平井の事を知ったからか、それほど傷つかなかった。
「友達」とは、そういうものなのかもしれない。
小さい子供の頃の記憶は、果たして定かではないだろう。脇谷が平井に交わした約束を、本人は覚えていなかったのか、いたのか、私は知らない。
でも、定かであるのは、脇谷が覚えていてもいなくても、平井を友達だと認定したという事実だ。
「今日も雨だな……霧雨だ」
平井は、かつての脇谷の家の窓から外を覗く。サァサァ、サァサァ、まるでなにかを祝福するように雨達は、私達の聴覚を包み込む。平井はニコニコ笑いをやめないまま、「いい音だな、あいつが好きなのもわかる」と呟いた。
返事をせずに齧ったチョコレイトは、いつもより明るい色が塗られた空と同じ感情を持っているようだった。
了
夕立と、友達と、チョコレイト みずみやこ @mlz
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