次は真ん中を
それから数十分後。賢吾と賢二は、到着した警察官に連行されていった。
先ほどの会話が録音されたボイスレコーダーを警察官に渡していたし、そもそも現行犯逮捕なので賢吾がすぐに釈放されるなんてことはないだろうから、隆宏が心配していた〝捜査しているうちに賢吾が強硬策に出る〟なんてことにはならないだろう。
それに、賢吾が使用していたパソコンを調べれば、今までもみ消してきたのであろう数多くの不祥事を示す証拠が湯水の如く出てくるだろう。それはもう、言い逃れが出来ないような証拠がわらわらと。
きっと、二人はこの後、事情聴取に事情聴取を重ね、様々な経緯を経て刑務所のお世話になることだろう。
片や、市長という身分で有りながら不正に不正をしバレそうになれば脅迫をして口封じをする
片や、優しい女の子の人生を踏み躙ろうとし、自分の思い通りにならないと見るや逆上して人殺しに手を染めようとした
法律などに詳しくないから罪状はわからないものの、少なくとも十数年は新鮮な空気を吸うことは出来ないだろう。いや、そうであって欲しい。
犯罪を犯したからというのもあるが、何よりも、幸せに満ち溢れていた家族の仲を崩壊させようとしたのだ。三人の人生を滅茶苦茶にしようとしたのだ。許されていいはずがない。
まぁ、どれだけ夜が不満を募らせようと、不服を申し立てようと、物事を決めるのは当事者である瑠璃たち。それに、警察や検察、裁判所だ。所詮、夜は第三者に他ならないのである。
しかし、一件落着、と言っていいのかはわからないが、隆宏が賢吾の言いなりになることも、瑠璃が賢二と望まぬ結婚をすることもなくなったのだ。すべてが元通り……にはならないかもしれないけど、今回の一件は解決したと言ってもいいだろう。
「……ありがと、夜クン。もう大丈夫だよ」
泣き顔を見られたくなくて、夜の背中にしがみついていた瑠璃がどこか名残惜しそうに離れる。
まぁ、警察官が来た頃にはすでに泣き止んではいたのだが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなかったし、少しでも夜の傍にいたかった、夜の温もりを感じていたかったのだ。
「……少しいいかい、夜月君」
配慮してのことなのだろう、瑠璃が離れたのを確認した隆宏は夜へと声をかけ、頭を下げた。
「色々とすまなかった。今までの非礼の数々、許してもらえるとは思えないが……君が来てくれていなかったらどうなっていたことか。本当にありがとう」
「……俺は、お礼を言われるようなことは何もしていません。瑠璃先輩のために、俺がしたいことをしただけです」
確かに、結果的考えれば、夜は星城家にとっての救世主……とまではいかなくとも、恩人くらいには値するだろう。
だが、夜は星城家のためではなく、瑠璃のためだけに、自分がやりたいことを勝手にやっただけ。
隆宏が恩義を感じるほどのことを、夜は何もしていない。出来ていない。だから、お礼なんて言われる筋合いはないのである。
それに。
「それに、謝罪を、感謝をする相手は俺ではないですよ?」
「……あぁ、確かにその通りだ」
隆宏はただ一言、ありがとうとだけ呟き、視線を瑠璃へと向ける。
「……瑠璃」
「……」
気まずいからか、はたまた話なんて聞きたくないという意思表示なのか、顔を背け一言も発さない瑠璃に、隆宏は仕方ないと思いつつも言葉を紡ぐ。
「……私は父親としても、一人の人間としても最低なことをした。許されるわけがないことを、許されてはいけないことをしてしまった。だから、許してほしいとは言わない。ただ、言わせてほしいんだ。不甲斐ない父親ですまなかった」
どれだけ謝ったところで、許しを請うたところで、許されるわけがないことを、許されていいはずがないことを、誰あろう隆宏自身が一番よくわかっている。
賢吾に脅迫されていたのだから仕方がなかった、だから隆宏は悪くない……わけがない。
確かに、隆宏は脅迫されていた。それゆえに、賢吾の言いなりと化してしまっていた。
だが、だからといって隆宏が悪くないというわけではない。
無様な格好を見せたくないという我儘を貫き、真実を一切語ることなく、瑠璃の言い分も聞かず、無理矢理瑠璃と賢二を結婚させようとした。
家族の平和を守るために、最終的には家族の関係を壊そうとした。
天秤に掛けたら何よりも大事なはずの家族よりも、賢吾からの脅迫をどうにかすることを優先してしまった。
家族が大事なのは本当だけど、ここぞというところで我が身可愛さに行動してしまったのだ。
大切な誰かを最優先する人もいれば、どれだけ大切な人がいようと自分を最優先する人だっている。だから、隆宏の考えも人として正しくて、咎めようのないものなのかもしれない。
だけど、誰あろう隆宏がそれを許さない。許してはいけない。
犯罪を犯した二人とは違えども、隆宏にだって罰せられるに十分、否、十二分な理由がある。
だから、許されるなんて最初から思っていない。
それでも、謝りたかった。
そして。
「それと、瑠璃に全てを話した時……私は殴られる覚悟だった。親子の縁を切られてもおかしくないと思った。だというのに、瑠璃は我が身を捨ててまで私と真璃のことを選んでくれた。同じ人間として尊敬するし、場違いとわかっていながらも父親として嬉しかったんだ。だから、言わせてほしい。私たちの娘として生まれてくれて……ありがとう」
これが、隆宏の本音であり本心であり言いたいことすべてである。
元々、隆宏は脅迫されていたことを瑠璃や真璃はおろか誰にも話すつもりはなかった。
だって、すべてを打ち明けたら、聞き入れてもらえるわけがないと、見限られると、見捨てられると、そう思ったから。
しかし、それでも隆宏が打ち明けたのは……瑠璃に幸せになってほしかったから。
瑠璃から電話で彼氏が出来たと聞いたときは……驚いたしどこの馬の骨がとも思ったが、何よりも嬉しかった。
そして、久々に瑠璃の顔を見て……安心したのだ。
元気でいるのだと、笑顔を絶やさないでいるのだと、幸せでいるのだと。
父親たるもの、娘が幸せなことを第一に願っている。それは、隆宏だって同じである。
だからなのか、勝手な都合で瑠璃の人生を歪めてしまうことを今更ながらに恐れたが故に、隆宏は瑠璃に打ち明けることにした。不甲斐ない父親を見て、こんな大人にはなりたくないと心に誓い、大切な人と幸せになる道を選んでほしかった。
それが、何もしてやれないどころか娘の人生を奪おうとした父親として、反面教師になることが瑠璃に対して最後にしてあげられることだと思った。
それなのに、瑠璃は
自分の人生を棒に振ることになると自覚していながらも、
本当なら、止めるべきだった。止めさせるべきだった。
同じ人間として尊敬に値する瑠璃に、何よりも大切な娘である瑠璃に、不幸になる道ではなく幸せになる道を歩んでほしかったから。
だが、瑠璃の目は真剣そのもので、何を言ったところで聞き入れてくれるとは思わなかった。子供の頃から、一度決めたことは絶対に最後まで貫き通す子だと知っていたから。
だからこそ、隆宏の胸中はぐちゃぐちゃだった。
正直、言葉に出来ないような感情がぐるぐると渦巻いている。
それでも、隆宏の頭にパッと浮かんだのは、「ごめんなさい」と「ありがとう」の二言だったのだ。
そんな隆宏の本音を、本心を、真摯に受け止めて瑠璃は口を開く。
「……お父さんがしたことは、やっぱり許せない……」
「……あぁ、わかっている」
「夜クンと離れ離れになるところだったし、もう二度と会えなくなるところだった……」
「……あぁ、すべて私のせいだ」
「……でも、今、こうして夜クンの隣に立っていれる。これからも、夜クンの傍にいれる」
もう会えない、そう思っただけで涙があふれて仕方がなかった。
だけど、これからも一緒にいられるのだ。
だから。
「だから、頭を上げて、お父さん」
「……いいのか? 私は、許されないことをしたんだぞ? それを許してくれるのか?」
「うん。だって、お父さんのこと大好きだから」
許す許されない、それを決めるのは過ちを犯した者ではなく、被害を被った者である。
確かに、隆宏は到底許されるはずのないことをしてしまった。傍から見れば、許す方がおかしいとしか思えないだろう。
だが、それでも瑠璃は許すことにした。
何故なら、
ファザコンだと言われようが何と言われようが、その気持ちに嘘偽りなんてあるはずがない。
だって、どれだけ酷いことを言われようと、どれだけ酷いことをさせられそうになっても、その気持ちが変わることはなかったのだから。
だったら、その想いは偽りようのない真実に他ならないだろう。
「そうか。ありがとう、ありがとうな、瑠璃……本当にありがとう……」
嬉しかった。
許してくれたこともそうなのだが、何よりも大好きといってもらえたことが嬉しかった。
どれだけ大きくなっても、父親からしてみれば子供はいつだって子供なのである。
愛する我が子に、大好きと言ってもらえたのだ。これほど父親冥利に尽きる言葉はそうそうないだろう。
天井を仰ぎ見て、顔を手で覆う。声を出さないように歯を食いしばっても、隆宏の感情を表すその涙は止まってくれない。
「ふふ、よかったですね、隆宏さん」
「あぁ、そうだな……」
隣に立って、微笑みかけてくれる真璃に、隆宏はぽつりとそう零した。
「……すまないな、夜月君。恥ずかしいところを見せてしまった」
「いえ、気にしないでください。それに、泣く姿が恥ずかしいのなら、俺は何度も恥ずかしい姿を晒してることになりますから」
「そう言ってもらえると助かる」
いい年した大人である隆宏とまだまだ子供な夜では感じる羞恥心の差はあるかもしれないが、だからといって恥ずかしがる必要なんてまったくない。
涙を流すことの何が悪いというのか。自分の感情に素直になったっていいじゃないか。
それが、嬉しいあまりに流れた涙だというのなら尚のことである。
「改めて礼を言わせてくれ、夜月君。本当にありがとう。君になら、瑠璃を任せられそうだと心の底から思うよ」
「えっと、任せるって何を……?」
「何をって、二人は付き合っているのだろう? 連れてきた彼氏に向かって殴りかかりお前に娘はやれん! と一度は言ってみたかったものだが……」
「お、お父さん、そのことなんだけど……」
物思いに耽る隆宏に、瑠璃は言いづらいとは思いつつも、事情を説明する。
瑠璃と夜は付き合っていなくて、彼氏がいれば流石に諦めるよね? と思ってフリを頼んだだけなのだと。
「因みに、私は気づいていましたよ?」
「……なるほど、つまり私はすっかり騙されていたわけだ」
「は、はい……すみません」
悪気があって騙したわけではないのだが、やはり嘘を吐くという行為自体がどこか後ろめたく思わせる。
「夜月君が謝ることではない。騙されるほど、二人は恋仲に見えたというだけのこと。因みに、聞きたいのだが夜月君は瑠璃のことをどう思っているのかね?」
「お父さん何を聞いてるの!?」
「瑠璃の彼氏のふりをして欲しいという我儘を聞き入れるくらいだ、好ましく想っているのだろう?」
「……そうですね。瑠璃先輩は大切な人です」
思わぬ形で聞くことになった夜の想いに、瑠璃は顔を赤らめる。
「ですが、瑠璃先輩とお付き合いすることは出来ません」
「……それは、他に心に決めた人がいるからかね?」
「……俺には、好きって感情がよくわからないんです。瑠璃先輩も、あかりも……自分にとっては大切で、かけがえのない存在に変わりないんですけど、でも、この気持ちが好きなのかと聞かれたら答えようがありません。こんな不誠実なまま、誰かと付き合うなんてことは……俺には出来ません」
夜の言葉はその場凌ぎの嘘ではなく、瑠璃を傷つけまいとする虚言でもなく、偽りのない真実である。
誰かを大切に想う気持ちがないわけではない。事実、あかりたちは自信をもって大切な人だと答えることが出来る。
ただ、この気持ちが、想いが俗に言う『好き』という感情なのかがわからないのだ。
「そうか」
夜の答えに、隆宏はただ一言そう呟いた。
もしかして、呆れられたのか……と不安になるも、満足気に頷いていたところを見るに、少なくとも夜の回答に不満を覚えたわけではないのだろう。
「……そろそろ夕食の時間だな。夜月君と妹さんも食べていくといい」
「いいんですか?」
「いいも何も、二人とも私たちの恩人ですから、遠慮しないでください」
「真璃の言う通りだ。遠慮なんかされては困る。それに、時間も遅いし今日は泊っていくといい。部屋も用意しておこう」
「すみません、何から何まで……」
「夜月君。すみませんより、ありがとうと言われた方が嬉しいんですよ? 夜月君だってそうでしょう?」
「そう、ですね。お二人とも、ありがとうございます。……あ、出来れば二部屋でお願い出来ますか?」
「あぁ、わかった。夕食時になったら呼びに来るだろうし、部屋の準備にも時間がかかるだろうから、それまで瑠璃と一緒にいてほしい。一人では心細いだろうし、何より積もる話があるだろうしな」
「では、また後でお会いしましょう」
そう言って、隆宏と真璃は二人一緒に瑠璃の部屋を後にした。
隆宏の口振りから察するに、気を利かせてくれたのだろうが……正直、気を利かせるのは夜とあかりの役割なのでは? と思ってしまう。
そもそも、顔を合わせるのもかなり久しぶりのようだし、積もる話というのならそれこそ隆宏たちの方があるだろう。
だけど、そんなこと隆宏と真璃本人が一番理解していることだろう。話したいこと、聞きたいこと、星の数とまではいかなくとも両手で数えきれないほどあるはずだ。
だったら、夜がしなくてはいけないことは自ずと決まってくる。
すなわち、瑠璃に二人を追うよう促すこと。そして、話したいことを話して、聞きたいことを聞いて、三人で笑い合ってほしいと願うこと。
だから。
「瑠璃せんぱ……」
「夜クン」
瑠璃に、そう言おうとして……遮られた。誰あろう、瑠璃に。
「……好きって気持ちがわからないって、さっき言ったよね?」
「……はい、言いました」
「……私はね、夜クンが好きだよ。これまでも、そしてこれからも。ずっとずっと大好きだよ。だから、夜クンにも私のことを好きになってほしい。ほかの誰よりも、私のことを見てほしい。だから……」
そう言って、瑠璃は踵をくいっと上げ、夜の頬へと自分の唇を触れさせた。
「……お、おにいちゃんから離れてぇ!」
思わぬ光景に少しばかし呆けていたあかりが、さっさと離れろ! と言わんばかりに二人の間に割り込む。
「……る、りせんぱ……何して……」
微かに残る温かさと柔らかさに、自分の頬をそっと撫でながら、夜は口をぱくぱくとさせる。その顔は、真っ赤に染まっている。
そんな夜よりも、顔を真っ赤にさせながら。
「な、なにってキス……だよ? 少しでも私のことを意識してほしくて……つ、次は真ん中をもらうから……!」
好きな人に好きになってもらいたいという女の子ならば誰もが抱くであろう当り前の想いを胸に、瑠璃はそう宣言するのだった。
~あとがき~
ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。
これにて三章、終幕でございます。
書いていた当時、まさかこんなことになるとは思ってもみませんでしたが、今では詩和の中で一番好きな章です。
殻を破り、想いを伝え、少しだけ積極的になった瑠璃が、これからどんな波乱を起こしてくれるのか。乞うご期待ください。
それと、カクヨムコン落ちてました。いやぁ、通過すると思ってたんですけどね……作者贔屓なしで面白いと思うんだけどな……。
てことで、今一度基礎から勉強しなおすってのとお前はあにラブの呪縛から逃れろという友人のアドバイスに従って少しだけあにラブから離れようと思います。まぁ、こそこそと新作の設定練ってましたし、そっちに着手してみようかな。
なので、次の更新がどれくらい後になるのかはわかりませんが、気長にお待ちください。
というか、俺の技術(?)は独学なので基礎も何もないんだけど……ま、いっか!
そんなわけで、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
兄が好きな妹なんてラブコメ展開はありえない。 詩和翔太 @syouta1311
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