いつか失った自分を、再び見つけられるようになるまで

ふと気付けば自分はそこにいて、よくわからないままにその世界に身を置いている。
そんな体験は、きっと誰にでもあると思う。

「なんのために生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!」
なんて歌詞があるけれど、では自分はなんのために生まれ、何のために生きるのか。
…と、いつ如何なる時だってそう自問し続けられるほどに、そしてその度に答えを見つけられるほどに、きっと人は強く出来ていなくて。
だから己の存在証明なんて持続せず、今日も誰かがどこかで自分を失い続けている。

分かりやすく事故で死亡して、神様が分かりやすく説明してくれて、分かりやすく異世界へと転生する。
そんな物語は現実にはどこにもなくて、だから異世界転生なんて事象がこの世で行われているのだとすれば、私も本作の主人公・水無カズトが体験したそれが感覚としては一番あり得るんじゃないかなと思う。
この世界の意味なんて、自分の生きる目的なんて、自分で見出す他にないのだ。
困ったときに、道に迷ったときに、何かを説明してくれる親切な人はいるけれど、それでも自分にしか分からないこと、自分にしか見えない、通じない世界だってある。


主人公の素性とその近辺の世界観がぼやけてはっきりとしない導入から、物語を通して秘密が明かされ、視界が開けていくと共に、曖昧だった主人公の意思が確かなものへと成長していく様子が良かったです。
また、①苦しみに満ちた日常を送りながらも、誰にも助けを呼べなかった主人公が、②ヒロインの少女に助けられて、③やがて自分で自分を助ける決意をするといった順序も好きで、ではこの物語を終えた彼の次なるステップは何だろうと、少し考えてしまいました。

ただ、主人公が“あの真相”に到達するに至って、何かひとつ決定的な描写や伏線、エピソードなんかがあれば終盤はより劇的になったかな、と。
もうひとつ、一部分だけヒロインの一人称で物語が語られた箇所がありましたが、そこがやや中途半端に感じました。それを挿入するなら物語ラスト辺りにもう一度ヒロインの語りを入れた方が綺麗になるんじゃないかなと私は感じました。
主人公の物語の完結から、ヒロインの物語の完結へと。
…そうすると余韻がちょっと台無しになりますかね?

ともあれ、当初からクオリティが落ちることなく、失速することなく完結した、上手くまとまった物語になっていると思います。
楽しめました。