第5話 シヴァのけもの

前回までのあらすじ:地図が役に立たず森の中で迷ってしまった俺とアード。

すっかり夜になってしまったので木の上で寝ることにしたものの、俺の登り方のせいでアードが落下。その騒ぎを聞きつけて乱入してきたフレンズに頭をぶっ叩かれて絶賛頭が痛い。うーん、これが報いか……

で、その乱入してきたフレンズはどうしているかと言うと……


「すまなかった」

「いや、そこまで謝らなくても……」


俺の前でひざまずき、頭を地面につけて謝っていた。

謝るのにどうしてそんなポーズをとっているのかよく分からないが、俺はそこから谷より深い謝罪の意思を感じ取った。


「そうですよ、こんな夜中におっきな音を出したレオさんが悪いんですから」


うん、そうだよな……

そして、やはりというか当然というかアードはご機嫌斜めだ。

カッコつけようとした結果がこれとかマジで情けなさすぎるだろ、俺。


……とにかく今は二人に対し、この『谷より深い謝罪の意思表明』を使うほかはない。


「俺もごめんなさい」


そんなこんなで、ほのかな月明かりが差す森の中、二人のフレンズが地に伏せて謝罪を表明する珍妙な光景が出来上がったのである————




の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の







の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の




「……という訳で絶賛道に迷ってるんだよ、俺達」

「なるほど、お前たちの状況は理解した。確かにその地図ではこの森は抜けられんだろうな。もっと詳しいものが必要だ。」


とまあ、そんなこんなで謝り合いが終わった後、俺は三人で森の中を歩いていた。これまでの事情を説明したところ、そこそこ近くに「ロッジ」という大きくて安全な寝床があるらしいのだが……


「何を隠そう、我も迷子……否、迷いけものなのだ」

「そうなんですか……」


残念ながら、このフレンズも道に迷っていた。地図の使い方は知っているようだがこの地図では道がわからないらしい。


「おお、我が神、シヴァ神よ……三又槍にて我を正しき道に導きたまえ……」

「いや、逆に迷うだろそれ。」


挙句の果てに自分の武器をごろんと転がしてあてずっぽうを始める始末。

というかシヴァ神ってなんだ? このフレンズの名前かなんかと関係があるのか?

……というかこいつの名前って、なんだ?


「あ……そういえば、自己紹介がまだでした……」

「うむ、事態が急すぎてタイミングを逃していたな……」


アードも同じことを思っていたようだ。

ジョンの時といい、どうも本来最初にやるべき自己紹介が後回しになりがちなんだよな。


「私はアードウルフのフレンズです。こちらはバーバリライオンのフレンズのレオさんです。」

「よろしく。ところで君の名前は?」

「我はシヴァテリウム。この森を住処としているクシャトリアセルリアンハンターの一人にして、シヴァのけものなり!!」

「セルリアン……」

「ハンター……!」


なんとこのフレンズ、シヴァテリウムことシヴァはセルリアンハンターだった。

図らずとも、アードがゆうえんちで言っていたセルリアンを狩るフレンズの一人が俺たちの前に姿を現したのである。


「どうりでさっきのが結構痛かったわけか……シヴァの強さ、骨身に染みたぜ」

「ううむ、思いっきり振り下ろしたアレを受けて痛いだけで済ますとは……

レオよ、お前ずいぶんと頑丈なのだな」

「ん~……このたてがみのおかげだな。さっきみたいな攻撃からこのボリュームで守ってくれるんだ」


他のやつらの牙を通さなかったこの自慢のたてがみの防御性能はこの姿でも健在だ。いや、むしろ前は首回りだけだったのが頭もカバーするようになってさらに上がってる。いまなら腕での防御姿勢もとれるし、ちっとやそっとじゃ倒れない自信があるぞ。


「ふむ、確かにその威容……一見して強そうな雰囲気が出ているな」

「お、そうなのか。……ところでここらへんが住処なのになんで道に迷ってるんだ?」

「フレンズの悲鳴を聞きつけて、普段の道からそれたからだ。昼間ならどうとでもなるが流石に夜はきつい。」

「ごめんなさい」


う、う~ん。俺、迷惑かけすぎなのでは?


「いや、お前達の無事が確認できただけで十分だ。謝る必要はないぞ。」

「ありがとう。シヴァは優しいんだな」


おお、シヴァテリウムの優しさが心にしみる。

アードといい、ジョンといい、シヴァといいみんな優しいな……他のフレンズもそうなのか? やはりここは楽園なのでは?


「ジョンといい、ジャイアントペンギンといい何故皆、我の名前を……む、二人とも気をつけろ……!!」

「え?」

「この匂いは……!」


うっそうとした木々、踏みつぶされた葉っぱから匂う森の香りの中に、背筋がぞわっとする不快なにおいが混じりこむ。セルリアンの匂いだ。しかも、その匂いが段々強くなっている様な……


「二人とも避けろっ!!」


何かを察知したのかシヴァが血相を変え、叫ぶ。

俺とアードが後ろへ飛んだと同時にシヴァテリウムがやってきた方向から風を切り巨大な顎がとんできた。


バキバキメキャアアァァッッ!!


半透明な青い牙が木の幹に突き刺さり俺とアードが仮の巣にしようとしていた木が凄まじい音を立て破壊される。まともに喰らえばたてがみのガードがある俺と言えどひとたまりもないだろう。やっぱり楽だけがある場所じゃないな、ここは。


「ほ、本物が来ちゃいました……」


顎から伸びる管の大本に視線をやると、月明かりに照らされた青き怪物がいた。顎や牙と同じ半透明の青色をした円形のボディにでかい一つ目、そしてボディの側面からは5つの管が半円状についており、その先には俺たちに放ったものと同じ顎がついている。


一息つく間もなく、不意打ちの失敗を認識したセルリアンの次なる顎が俺たちめがけて飛んできた!!


「はあっ!!」

バキャァッッ!!


シヴァの気合が森をこだまする。

シヴァの矛がセルリアンの上顎を貫き、そばにあった木に縫い付けた。

死角から飛んできたセルリアンの連続攻撃にこの対応……成程、セルリアンを狩るフレンズ、その力は伊達ではないみたいだ。


「二人はそこで隠れていろ!! こいつは我がやる!!」


感嘆している間も無く、シヴァは既にセルリアンに向けて走り出していた。丸腰で。

……ま、丸腰!?


「武器も無しにあのでかさの奴と!? 無茶だ!!」

「任せておけ!! 勝算は…………ある!!」

「……わかった! アード、隠れてろ!」

「は、はい!! ってレオさんは!?」

「俺はこの顎を抑える!! バックは頼んだ!!」


木から抜けかかっていた顎、そこからのびる管の根本に飛びつき動きを封じる。

もう片方は矛で抑えているとはいえ、こっちの顎は拘束されていない。

あのシヴァとはいえ、武器が無けりゃ前後からの同時攻撃には対応できない可能性が高い。その危険はつぶしておくことに越したことはない。

まあ、シヴァには隠れろと言われたけど、こいつをここに来た原因は俺だし、何もやらないってのは流石にちょっとな……


「へ! 噛む力は強かろうが、振り回す力はそうでもないみたいだな!」


矛に縫い付けられた程度で動きを封じられる程度なら、俺が抑えればいけると思ったが読みが当たったらしい。じたばた抵抗する顎に馬乗りになって抑え込む。完全に抑え込んだこところで視線をシヴァの方に向けると、セルリアンが放った顎の一つをシヴァが地を蹴り空中へ身を投げ出して躱しているところだった。


間髪入れずに放たれる顎。それをシヴァは矛で縫い付けられた顎から伸びている張り詰めた管を足場代わりに跳躍することでまたもや回避した。しかし———


セルリアンにはあと一つだけ顎が残っている。

セルリアンの一つ目がシヴァをしかと捉える。その視線にシヴァは手を煌めかせ虚空より青と金で彩られた鼓を悠然と取り出すことで応えた。


もう足場はなく、武器もない。手にあるのは戦闘用とは思えない青と金の鼓のみ。

その顎を避けることも受け流すこともかなわない状況だ。

だが、シヴァに臆した表情はない。


「是なるは我が奥義、我が根源―――――」


その口から言葉が零れ落ちる度に鼓がにわかに輝きを放ちだす。

しかし、言い終わる前にセルリアンの最後の顎が開かれる。

セルリアンの方が一手速い!


「そして———」


だがしかし、シヴァの挙動からは躊躇いは感じられない。

最初からシヴァは相打ち狙いだったのだろう———だが、そうはさせない!! 


「らぁ!!」


爪を立てて押さえつけていた顎の管を思いっきり引き裂く!


「■――ッ!?」


セルリアンが一瞬怯む。

俺が乗ったことに反応するなら、それすなわち触覚があるということ。

ならば、突然の器官の喪失に怯むのは必然!!

そして、戦闘中の一瞬の隙は時に勝敗を左右する!!


「これぞ我が積年の悩み!! 『我が迷いを分けようブラフマーストラ』!!」



シヴァが叫んだ瞬間、世界が赤く染まった。



「―――■■■――――――!?!?」

「なあっ!?」

「きゃっ!?」


その直後、セルリアンが形容しがたい鳴き声で苦悶を訴え、痙攣。

構えた顎は放たれず、シヴァの下で致命的な隙を晒す!

成程、コレがシヴァの勝算か!


そして、その致命的な隙をシヴァは決して見逃さなかった。


「頭上注意だ、悪く思え!!」


パッカーン!!

シヴァテリウムの体重を乗せた月光の如きムーンサルトが強かに『石』を捉え、砕く。

そして、それに呼応するようにセルリアンのボディがはじけ飛び、虹の粒子をまき散らした。


「ふう……」


サンドスターの塊となって飛び散ったセルリアンの残骸に降り立つシヴァ。

木々の隙間から差す月光と地から天へと昇っていくサンドスターに照らされ、三日月の髪飾りを煌めかせるその姿はとても神秘的だ。

思わず矛を届けようと動かした足が止まってしまう。


「全く……隠れていろと言ったはずだぞ、レオ」

「身を護れって意味ならちゃんと守ったぞ。一噛みで木をへし折りかける危なっかしいもんをそばに放置しておけるかって」

「ふ、二人とも、そんなこと言ってる場合じゃないですよ……!!」


何やらアードが血相を変えて自分の後ろを指さしながらこっちに走ってきた。


「あっちから、も、もう一体セルリアンが……!」

「なっ!?」


くっ、危機が去ったと思って油断してた……!

アードの指さす方を見ればさっきのと同じ姿のセルリアンがこちらを睨みつけていた。さっきの戦闘をかぎつけて応援にやってきたのか……!?


「あっぶねぇ、風下を取られてたか……! ありがとうアード!」

「む、我のけもスキルブラフマーストラの光を感知して来たか……! しかし、このタイプが複数体動いているとはいささか奇妙だな……」

「え、このセルリアンが2体もいるのは珍しいんですか?」

「左様。狭い道に陣取って獲物を待つのがこやつら『ゲートリアン』の特性。基本的にその場から動くことはなく、ましてや複数体が近くにいるケースなど我でも初めてだぞ。やはり噂は本当だったのか……?」


噂……? いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。

『石』に一発攻撃を食らわせればいいんだから、もう一回シヴァがさっきの赤い光のヤツをやってくれればいいんじゃないか……?


「さっきのやつ、もう一回できないんですか……?」

「無理だ。我のけもスキルブラフマーストラを放つにはけものプラズムの装填がまだだ。それにこれ以上セルリアンを呼び寄せるわけにもいかないだろう」


あ、アードに先に聞かれた。けものプラズムがなんなのかはよくわかんないけど、確かにこれ以上目立つわけにはいかないな。疲れたところを襲われるのは思いつく限りで一番まずい展開だし、どうにかして捌きながら逃走したいところだが、そう安々と逃がしてくれるのか? やっぱりここは俺達三人で戦った方が……


「オラァ!!」

パカァーン!!


だが、シヴァがおびき寄せたのは敵だけではなかった。

空からすごい勢いで降ってきたフレンズが青いセルリアン……否、ゲートリアンの『石』をパンチで粉砕し、爆散させたのだ。


「どーですか、シヴァさん!! オレやりましたよ!! 一人であのサイズを!!」

「見事な一撃だったぞ、オウギワシ。」


爆風を器用に白っぽい灰色に黒のラインが入った羽で受け、スタッと軽快に着地したフレンズがシヴァに親しげに語り掛ける。


夜間にも関わらず、アレを不意打ちの一撃で仕留めるとは……

まさか、このフレンズもセルリアンハンター!?


「アンタ達、大丈夫か?」

「は、はい! た、助けてくださって、ありがとうございます!」

「おかげで助かった。もしかして君もハンターなのか?」


不敵な笑みと共に片腕を上げながらセルリアンハンター(?)が近づいてきた。

逆立った灰色の髪に鳥のくちばしっぽく一本だけ伸びた黒の前髪。

びしっとした感じの白ベースに黒と黄色のアクセントが入った服に黒のスカート、そして黄色いブーツ。派手さはないものの、戦う者の雰囲気を感じさせる佇まいだ。



「くくく、そうかそうか、アンタらもわかっちまうか……!」

「お、おう」


不敵な笑みを崩し、肩を震わせるセルリアンハンター(?)。

どうしたことか、なんかすごくうれしそうだ。


「そうとも! 私はセルリアンハンターのオウギワシ! いずれハシさんを超えるハンターになるフレンズさ!」

「ま、こっからの『ロッジ』までの護衛はまかせな! そこのお二人さん!」



————こうして、オウギワシと名乗るセルリアンハンターのガイドのおかげで、どうにか眠くなる前に俺達は『ロッジ』にたどり着くことができたのである。

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獅子の記憶 レオニス @revia

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