第4話 迷うけものと木登り
ゆうえんちのゲートでジョンと別れ、夕暮れの森の中を進んでいた俺とアード。
手元の地図によればこの森の中には”ろっじ”と呼ばれる宿泊施設があり、そこにいけば安全に寝られるようだ。というわけでそこを目指していたのだが……
「着かないな」
「着きませんね」
あれから休むことなく歩き続けたのにも関わらず、一向につかない。
その間に夕暮れに染まっていた景色はすっかり夜の帳に閉ざされて、光源はほのかな月明かりのみとなっていた。幸い俺もアードも夜目が効くから進む分にはそこまで困らないが、こうなっては方角がわからない。そして方角がわからないまま憶測で進んだ結果、現在地点を見失ってしまった。
つまり、まあ、なんだ。今の状況を表すなら、この言葉に尽きる。
「迷ったな」
「迷っちゃいましたね……」
『初めての場所でも迷わない』便利アイテムであるはずの地図を持っていてこの始末。というか、上からみただけじゃ森の中の地形なぞ分かるはずもなく、結局のところ役に立つはずの地図はバックの中にしまわれてしまった。それに、この森に道なんぞありゃしないので土地勘がなければ迷うのは当然な話なのだが。
そして、俺はなぜゆうえんちにいる時にそれに気づかなかったのか。ジョンに聞くなりなんなりすればもうすこし楽だったろうに…………
「ごめんな、アード」
「い、いえ、そんなに落ち込まなくても……これからですよ、これから」
アードの気づかいが心にしみる。
そうだ、失敗して落ち込む位ならこれからどうするか考えなければ。とりあえず、眠気が襲ってこないうちに安全な寝床を探そう。俺はセルリアンが来ても撃退できる自信があるから、地面があればどこでもいいが、アードはそうはいかない。なにせ安全な寝床を探しに行ってセルリアンに襲われているのだから、俺がいるから安心しろというわけにはいかないだろう。
「寝床どうしようか?」
「巣ですか? うーん、そうですね……この木とかどうでしょう」
そういったアードが手を置いたのは、俺たちの斜め前にあった木だった。
「これが寝床?」
「そうですね。今日のところはこれに上って寝ませんか? 木に登っていればセルリアンに襲われることもないので、巣としてオススメですよ」
他の木に比べて一回り大きく、表面がごつごつしたそれは上って寝床にするには最適なものだと思われた。
「木の上ならあいつらに感知されにくく、見つかっても登れなきゃどうしようもないってことか。いい寝床だな」
「そうですよ、そうですよ!! 木の上で活動することに慣れれば、さばんなちほーでもじゃんぐるちほーでもご用達の巣ですからね!! なんたって安心感が違いますから!!」
なんか、アードのテンションが高い。おどおどしている普段の態度が嘘のようにいきいきとしゃべっている。しかも、顔をずずいと近づけてのぞき込んでくる豹変っぷりである。
「お、おう、そうなのか」
……まあ、それは置いておくとして。その有用性に関しては大いに同感だ。この姿になる前の狩りで、追いかけていた獲物に木に登られて何度くやしい思いをしたことか。木に登れない捕食者にとって木の上という場所は忌むべき存在であったが、今はその存在に感謝しなくてはならないだろう。これもまたフレンズ化の妙と言えるのだろうか。
「まあ、アードのオススメなら間違いないな。じゃあ今日の寝床はここで」
「はい! さっそくのぼりましょう!!」
片腕にバッグをひっかけたまま、木の凹凸に器用に手足をのっけてひょいひょいと上っていくアード。すぐにその姿が葉に隠れて見えなくなり枝と葉がゆれる音だけが聞こえる。その手慣れた手際からするに何度もこうする機会があったのだろうか。
「おお、うまいもんだな」
「えへへ……、さばんなにいた時にサーバルさんっていう木登りの上手なサーバルキャットのフレンズに教えてもらったんです」
サーバルキャット。俺の知らないフレンズの名前だ。
そういえば、アードはさばんなからやってきたと言っていた。この姿になりたてで初めて出会ったフレンズがアードである俺とは違って、他のフレンズとも関わり合いがあったのだろう。…………もしかしたらこの旅のどこかで会う時が来るのかもしれないな。
それはさておき、次は俺の番だ。
「えーと、まずは凹凸に手をひっかけてっと……」
アードの上り方を思い出しながら、それをなぞるように木の凹凸に手足をかけていざ上ろうと力を込めるが―――――――
「おわっ!?」
その拍子にずるっと足が滑り、バランスを崩して地面に落ちてしまった。
「……………あれ?」
うーん? 何かやりかた間違えたか? 気を取り直してもう一回だ。
ずるっ、どしゃ。ずるっ、どしゃ。ずるっ、どしゃ…………
「……………………」
おっかしいなー。上れないぞ。
アードはあんな感じでひょいひょい上ってたのに、なんでできないんだ?
違うところがあるとはいえヒトの体なんだから、できてもいいとは思うんだが。
「あの、もしかしてレオさん、のぼれないんですか……?」
なかなか上ってこない俺を心配したのかアードが枝葉の間から顔をのぞかせた。
こ、これはまずい。これ以上アードの前で無様を晒すわけには……!!
「そ、そんなことはないぞ!!」
しかし、そうは言ってもアードの様に上れないのは事実。その現実の前に思わずぎりっと拳を握りこんでしまう。そして、爪を立てていたせいで木の皮にがりっと爪の痕が付いた。…………いや、まてよ、これだ!!
「見てろよアード、……たぁぁぁぁぁっ!!」
「レオさん何を……きゃぁぁぁ!?」
少し下がって、思いっきり助走をつけて木に向かって大きくジャンプ。
それと同時に右手の爪を立てて、木に向かって上段から斜めに振り降ろす。
ズドオォォン!! べきぃ!!
俺が木に衝突し期の表面が抉れる音が辺りに響く。助走をつけたおかげか、右手の第二関節まで木に埋まった形で止まり、俺の体は右手一本で宙ぶらりんになった。
よし、これで支えはできた。
「はあっ!!」
すぐさま右腕をまげて体を持ち上げると同時に左腕を木に叩き付け、右手が刺さった位置よりすこし上を抉り、右手と同じように左手をめり込ませる。
「はっ!! よっ!! どりゃ!! せりゃぁぁぁぁ!!」
そして、後はこれを繰り返して上っていくだけだ。
最初からアードのように上る必要は無かったのだ。要は上れればいいのだから。
「よし、登れた」
ある程度登ったところで手身近にあった太い枝に捕まって体が落ちないように枝に腕を回して固定すると、同じ場所のはずなのにすこし変わった世界が広がっていた。実感して驚くのは普段より数段上の視界の高さと広さだ。
遠くまで見える。それが狩りにおいてどれだけのアドバンテージになるかは身をもって知っていたが、ここまで手軽にそのアドバンテージを取得できる行為だとは思いもしなかった。そりゃ、登れる奴はこぞって登るわけである。
木登りとは逃避行動と思っていたが、攻撃準備としての意味もあったのだ。
「あいたたた……」
と、木に登ることについての感慨にふけっていたら、なぜか上ではなく下から聞こえるアードの声が聞こえてきた。頭の位置をずらして真下を見ると、そこには痛そうに腰をさするアードの姿があった。どうやら、枝から落ちたようだ。
十中八九、俺が乱暴な登り方をしたからだな……降りよう。
「大丈夫か……?」
「何考えているんですか、レオさん……こんなセルリアンを引き寄せるような音を出したら、隠れて寝るために木に登ったはずなのに意味がないじゃないですか。」
「……ごめんなさい」
アードのぐうの音もでない意見に、素直に謝る俺。
若干涙目になりながらのアードの責めるような視線を前に『見栄を張りたかった』なんて言い訳をするなんてとてもじゃないが無理だ。
ガサガサガサッ
「ひぃっ!? い、いまあっちの方から音が…‥‥」
「いや、まさかホントにセルリアンが……?」
ガサガサガサッ!
ま、まずい。気の所為じゃなくて何か近づいてきてる。
運の悪いことにこっちが風上のせいで匂いも分からない上に、アードは俺の所為で腰が抜けて動けそうにない。ピンチだ。ああ、もう俺のバカ!!
なんで、つまらない見栄を張った!?
普通に教えてもらえばよかったじゃないかぁぁぁ!!
ガサガサガサッ!
……でも、後悔したところで意味はない。俺がやるべきことはこの失態の挽回、
なんとしてもこの正体不明の接近者からアードを護ることだ。
そう気持ちを切り替えて、先手をとるべく目を閉じ聴覚と触覚を研ぎ澄ませ、
きたるべき衝突に備え、身を低くして構える。
ガサガサタッ! ガサガサタッ!
すると、草をかき分けてくる音に混じって、草を足で踏みしめる音を耳が捉えた。
その振動は軽微、かつ規則的。あのセルリアンのように浮遊しているわけでもなく、ましてや転がってきているわけでもない。そしてなにやら「ぉぉぉおお」と雄たけびらしき声が聞こえてくる。……うむ、これはもしかして、セルリアンじゃなくてフレンズでは?
ガサガサガサッ、バッ!!
「セルリアン!! 覚悟っ!!」
俺がそう考えた瞬間、草むらから気合と共にジャンプ一番飛び出してきたのは、長い三又槍を振りかぶり、月光を反射する三日月の髪飾りを付けた、細長い角とけものの耳を持つ少女――フレンズだった。そして、三又槍が俺の脳天めがけて振り下ろされる。
「ち、違う!! 俺はフレンズだぁ!!」
「ぬおおっ!?」
こちらがセルリアンではないと気づいたのか、血相を変える謎のフレンズ。しかし、すでに振り下ろされた槍の軌道を変えることはできずに……
「ぐはぁっ!?」
「レオさぁん!!」
見事、上方に対してはがら空きだった俺の脳天に直撃した……
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