第二章
Dream_No.1
夢を見ていた。俺の知らない場所で、俺の知らない誰かの夢を見ていた。
分かるのは、ここが机や椅子などがところ狭しと置かれた大きな部屋で、その部屋の窓辺に二足で立つ、けもの耳も尻尾ない生物――ヒトが二人いること。
片方は背が少し曲がり杖をついた老いたヒトで、
もう片方はどこか消えてしまいそうな儚い雰囲気を出している幼いヒトだ。
そして、幼いヒトにはノイズがかかっていて、細かい容姿がよくわからない。
「あ、おじ―――ん」
「んお? なんじゃ■■■か」
幼さを感じさせる走る甲高い声、もう片方は年月を感じさせるしゃがれた低音の声が聞こえてくる。どうやらこの二人は親しい間柄らしい。
視覚同様、ノイズが入っているとはいえ、その声音からそのくらいは察することができた。
「おじいちゃん、これは――に?」
幼いヒトが老いたヒトに見せたのは、ちょうど拳ぐらいの大きさの紫色の紐に括りつけられた爪。磨き上げられた爪は天井の照明の光を受け、無骨故の魅力を醸し出していた。
「これは昔、おじいちゃんの友達がくれた“――――ライオン”の爪じゃよ」
「ラ―――!? すごいね!?」
「ふぉっふぉっふぉっ、かっこいいじゃろう。おじいちゃんの宝物じゃ。」
だが、それ以上にあの爪には見入るものがある。なぜだが知らないが妙にあれには親近感を感じるのだ。ずっと一緒にあったか、見慣れてきたもののような……そんな感覚を。
「おじいちゃん、これちょうだい!! ぼく、ライオンみ———強くなりたい!!」
「いいじゃろう。■■■が強くなってくれるなら、プレゼントしようかのう」
「わーい、―――ありがとう!! おじいちゃん!!」
かくて、獅子の爪は幼いヒトの手に渡った。爪を受け取った幼いヒトは喜びの歓声を上げてドアの外に走り去っていく。と、同時に夢全体にノイズが走り始めた。
「―――く、身体が弱い――うのに―――はしゃぎよって……」
一つ愚痴をこぼした老いたヒトはカツン、と杖をつき窓の外に視線を移した。
もう、コイツからは得られるものはないだろう。そう判断し、老いたヒトに背を向けて幼いヒトを追おうとしたその時。もう一度、カツンと音がした。
「名も知らぬ獅子よ」
「……!?」
呼び止められた!? 夢の中では誰も俺を認識できないはずなのに……!?
と驚いて振り返ってみるが、老いたヒトの視線は変わらず外に向いたままだ。
呼び止められたのか、そうではないのか……そんなこんなで俺が迷っているうちに老いたヒトが再び口を開いた。
「もう儂は長くない。あの子……まだ弱き初孫の成長を促すことも、見届けることも叶わぬじゃろう。」
窓から空を見上げ、どこか遠くを見るような目でぽつりぽつりつぶやくその言葉に幼いヒトの前で見せていた活気はない。やはり、これはただの独り言なのだろう。だが、俺はその言葉から耳を離せなかった。
「故に長年共にいたお前をあの子に託す」
だって、これは祈りだ。あの爪に乗せた、誰にも届くはずのない切なる祈りだ。
それを聞いてしまったのなら、最後まで聞き遂げるしかないじゃないか。
「かつて、厳しい自然を生きた王者が遺した証であるお前なら、あの子の名の元になったお前なら……変えられるかもしれぬ、勇気づけられるかもしれぬ。かつての儂と同じように」
……ノイズがひどくなる、夢の世界は色彩を失い、何が何だったのかわからなくなっていく。いつもの夢の終わり。だが、この祈りだけはしっかりと耳に、記憶に刻み付ける。
「どうか、あの子に生き抜くための力を———」
その祈りを聞き遂げると同時に、夢の世界もまた崩壊した――――――――
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