IV 魔王(終)
ああ、来た来た。
君が今度の新人君ね。
中央公務局の特務課へようこそ。
私がここの責任者だ。
君は今年、公務官試験に合格した中から更に、面接を通してその人となりと素質を見込まれてここに配属となった。
その自覚を十分にもって公務に……特務課の職務内容?
焦るな。
これから説明す……ちょっと待っていなさい。
呼ばれたようだ。
なに?
イーズリー村近辺で大規模な地震が発生?
家屋が倒壊して被害も少なからず?
ふむ、よし、それは魔王配下四天王の一人が秘術の開発に成功したという事にしよう。
すぐに手配するように。
開発した秘術の内容はどうするかって?
そうだな。先月起きたガラン鉱山の毒ガス事故があっただろう。
あのガスの解明がまだだったはずだ。
魔王軍の新兵器開発だったと説明付けておきなさい。
これで他のガス漏れ事故の説明付けにも応用できる。
待たせたな。
ふむ。
だいたい今ので分かったと思うが、我々の仕事はいわゆる「魔王」だ。
何だその顔は。
我が特務課の隠された別称は「国際魔王プロジェクト事務局」、略して「魔プロ」である。
実務に関わる研修は改めて行うので、今は魔プロの概要をかいつまんで説明しよう。
良いか。他言は無用。これが絶対条件だ。
我々に限って情報漏洩は最大の罪。
極端な事を言えば殺人よりも、だ。
あらゆる罪の中で漏洩が筆頭に上がるのだ。
言い換えれば、秘密厳守のために「消す」事を厭わないとも。
そんな難しく考える必要はない。
就業規則を遵守し、普通に勤務していれば滅多な事はない。
ではまず、魔プロが設立に至った理由の説明だが、ふむ?
そう、まさに「世界平和」のため。
世界に平和をもたらすために勇者と仲間を選定し、その旅を支援する。
ん?
ちまたでは、勇者とは「創世の女神のお告げ」により選ばれ導かれるのではないかと?
そんなものを待っていたら永遠に話が先に進まん。
古よりの神伝書に記された話ではないのかと?
ああ、あれは我々が書いたものだ。簡単な話だよ。
「神伝書の節が新たに発見された!」
の吹聴一つで通じるのだから。
そうだ。
だから毎年のように発見されるのだよ。
勇者の選定基準?
国が認めた者であれば、それはそれで優秀なのだろう?
まあのう、確かに白痴では困るからのう。
それから、下手に若く熱意に滾るようでも困る。
適度に己を知り、適度に世の中を知り、そして順応力がなければならない。
そういう意味で、彼奴らは選民と言えるのかもしれぬな。
で、勇者を選定してどうするのかって?
その顔は、薄々感づいている、という顔だが。
まあ良い。
形式的だが順を追って説明しようか。
君も知っていると思うが、先日、あの勇者一行共が邪教徒を根絶させたという報せが出回っているであろう?
その通り。
教祖ラハールを崇める数百人の邪悪なる異教組織だ。
それを勇者一行が退治した…と、たいそう華やかで勇ましい英雄譚が出回っているが、実際はほんの数名の学者集団よ。
ラハールは元・教授。
魔術も剣術も使えぬ奴らだ。
何故そんな小規模な学者集団が滅ぼされたのかと?
答えは簡単だ。
ラハールが説く、新しき政治経済思想が問題なのだよ。
明瞭な金の流れ、透明な政治、こんぷらいあんす、などという危険極まりない思想は排除されるべきである。
まあ待て。
誤解するでない。
何も官が私欲を満たしたいが故ではない。
ラハールの理想が実現すれば、世の中が上手くまわってゆかぬのだ。
何でもかんでも情報開示や原因究明を求められてみろ。
我々の人手がいくらあったところで足りぬ。
ただでさえ少子高齢化傾向、教育問題、経済不安な中での食料問題や貧富問題で手がいっぱいのところに、やれ自然災害や事故の究明を求められてはどうなる。
そうだ。
そこで「魔王」なのだ。
「魔王の仕業」の一言で済ませられれば、最低限の事後対応で済む。
分かっているではないか。
理解が早い。
さすが、厳しい面接と心理テストを掻い潜ってきただけの事はある。
君の言う通り、この「神話に基づいた古のタペストリー」も、我々が作ったものだ。
紅茶やコーヒーで染色する事で、古びたように見せかけられる。
「王宮の宝物殿で保管されている秘宝」としておけば、勇者一行のメンバーが総代わりしても作り直せばいいだけの話。
伝説なんぞ所詮は形の残らぬ口伝え。
いくらでも使い捨てができるのよ。
世界中をだましている事に良心は痛まないのかって?
逆だ。
むしろ私はこの仕事に誇りを持っている。
何故このような素晴らしき使命に罪悪感を覚える必要があろうか。
出世が見込めない若者を英雄にのし上げさせ、
モテない大男に活躍の場を与え、
妻に先立たれて痴呆寸前だった老人に生きがいを与え、
婚期を逃した行き遅れを聖女にし、
秘密を共有する事で各国の王家間の親睦を深めて国際戦争の勃発を抑え、
人々に安らぎと心のよりどころを与え、
子どもたちには夢を与えている。
「魔プロ」は究極の世界救済プロジェクトなのだ。
そう。
その通り。
物分りが良いな。
では早速、新人の君に新しい仕事を手伝ってもらおうか。
先日、ダムが決壊して村落が一つ流された事故があってな。
おっと。「事故」ではない。
その通り。「魔王の手下の仕業」だ。
その風評作りを手伝ってもらおうか。
なあに。
難しい事はない。
小説を書くのと変わらないのだからな。
完
勇者と御一行様【完結】 キタノユ @hokkyokuen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます