マヨネージングなフラリッシュ
四葉くらめ
マヨネージングなフラリッシュ
お題:フラリッシュ、マヨネーズ、合宿
「やぁ、ボクのミナ。合宿なんてElegantなボクには似合わないケド、キミがいるならそれだけで来る価値があるヨ」
ふぁさっ
そいつはそんな歯の浮くようなセリフと共に、蛍光灯の光を受けて輝く金髪を、右手で軽やかにかき上げた。
どうやら練習後のシャワーを浴びてきたばかりのようで、かき上げられた髪からは大小の雫が飛び散り、光を受け止めて七色に輝いていた。
その仕草があまりにもキマっていて、周りにいた女子はもちろん、男子でさえも惚けて見つめてしまう。
……私以外は。
「ああ、ミナ。そんなに情熱的な瞳で見つめられてしまうト、緊張してまた汗をかいてしまうヨ」
「情熱的じゃねーわよ、呆れてんのよ、気づきなさいよ」
ミハエル・ジョンソン・橘。それがこのキザ野郎の名前である。こいつはアメリカ人と日本人のハーフで幼少期はアメリカで暮らしていたらしい。そのため、さっきのようにちょくちょく会話で英語が混ざったり、発音が日本語っぽくなかったりする。
っていうかハーフな上に日本姓が『橘』って何よ。私なんて『佐藤』よ? 『佐藤美奈』よ? もう名前の時点で負けてる気がするんだけど!
私と彼がどういう関係かというと、一応ライバルのようなものである。
私たちはフラリッシュ日本大会でファイナリストとして競った仲なのだ。
フラリッシュというのはトランプを使った曲芸のようなもので、まあ有り体に言ってしまえばカッコつけるためにマジシャンなどがよくやっているアレである。そうそう、誰もが一度はやってみたくなり、そして全然うまくできず挫折するアレ。
フラリッシュの大会というのは純粋にカードの芸のみで競うもののことだ。
一対一になって数人の審査員に己の技を披露し、採点が高い方がトーナメントを勝ち進むことができる。
前回の大会では惜しくも負けてしまったが、次こそは絶対負けてなるものか。
「まあまあ、Calm down, ミナ。それともボクに鎮めて欲しいのカナ?」
そう言って色目を使おうものなら張り倒しているところだが、ミハエルは気づけばトランプをその手に携えている。
つまり風呂上がりに一勝負やろうと言っているのだ。
ふっ、上等。
「ええ、ならそうしてもらおうかしら。私の熱いフラリッシュを受け止めて頂戴」
「ふふふ、ミナ。まさかキミとこんなに早く再戦ができるとはネ。I had no idea! 嬉しい限りだヨ」
「はん、それはこっちのセリフよ。まさか合宿最初の相手があなたになるとはね。
ルールは? フォーマル? オール・オブ・ユース?」
「そうだネ……。せっかくの合宿なんだしall of useでどうカナ? その方がEnjoyできるんじゃナイ?」
「対戦形式は?」
「
OK。
私はこくりと頷く。
オール・オブ・ユースというのはその名の通り、何を使ってもいいというものだ。公式ルールであるフォーマルではトランプの1デッキのみを使って行われるが、オール・オブ・ユースでは何デッキ使ってもよいし、なんなら全然別のものを追加で使っても構わない。最低限1デッキは使わなければならないが、それ以外は自由に使うことができるのだ。
そして、セイム・タイムというのはパフォーマンスを同時に行い、観客をいかに自分の演技に引き込むかという勝負だ。これも公式大会のルールではなく、ストリートパフォーマンスなどでよく使われるルールだ。
「Are you readly?」
「いいわよ」
そうしてミハエルが袖口からサッとコインを一枚取り出し、流れるような動作で上空へと弾く。
キーン、という気持ちのいい音をと共にコインは宙に飛び、頂点までにかかった時間と同じ時間を掛けてテーブルの上に……落ちた。
その瞬間、私はトランプのデッキを袖口から出し、両手を使ってフラリッシュの基本的な動作を行う。カードの束を複数個、デッキから分離させ指を支点にして数珠繋ぎ、あるいは蛇のような形にする。それをカードを入れ替え、指を動かし、デッキに戻し、また分離させ……。それを緩急をつけて滑らかに繋げることでおどろおどろしい蛇のような動きを表現する。
一通り終わったら一束ずつゆっくりとデッキに戻して行く。分離していたカードがデッキに集まっていく。ゆっくり、ゆっくり。そしてカードがデッキに戻った瞬間に私は一番上のカードを大仰に裏返した。そのカードはハートのQ。そしてそのカードを観客が認識したと感じた瞬間にデッキを下方向に滑らせる。カードの落ち方を波状にしてまさしく蠢く大蛇を表現する。
『す、すごい……』
『これが佐藤先輩の
『きゃー! 佐藤せんぱーい!』
ふ、どんなもんよ。
前回の大会には惜しくも間に合わなかったが、これが私の新たな技の一つだ。
しかし、次の瞬間、私への歓声は一気にミハエルに奪われる。
『う、嘘だろ!? あんな組み合わせができるなんて!?』
『どうやったらあんなのを思いつけるのかしら!?』
『うおおおおお! ミハエル先輩すげーぜ!』
一体何をやっているっていうの!?
自分のフラリッシュを続けながらチラリとミハエルの方を見る。そしたら――
「はっ!?!? あんた何してんの!?」
「オヤ? ボクのbeautifulな技に惹かれてしまったのカナ? ミナ?」
「そんなことしてたら誰だって見ちゃうわよ! なんで……、なんで……」
驚きすぎて中々目の前の光景を口に出せない。
だって……。
「なんであんたマヨネーズなんかフラリッシュに使ってるのよ!?」
「HAHAHAHA!! なぜかっテ? Of course! それがbeautifulだからサ!」
いつの間にかミハエルは空中にマヨネーズをぶちまけていた。それはもう盛大に。しかしなぜかテーブルも床も、もちろんミハエル自身もマヨネーズ塗れになどなっていない。よく見てみるとどうやら空中に飛び散ったマヨネーズをカードで切り、更に表面で受け止めているようだった。
それを繰り返し行うことでトランプは少しずつ白く染まっていく。そしてカード全体が白く染まったところでカードを雑多に空中に放り投げた。いや……? 雑多に投げたカードたちの動きがおかしい。明らかに早く落ちるカードと、そうでないカードがある。
はっ、まさか!?
「You noticed well! Yes! 別にテキトーにマヨネーズを付けているわけじゃないんダヨ」
ミハエルは意図的にマヨネーズを塗る分量や塗り方などを変えていたのだ。そうすることによって放り投げた際のカードの落ち方をコントロールしている。
宙に散らばるカードを下から順に山へと戻していくミハエル。そして全てのカードを回収し終えるとデッキを数度、扇子のように回しマヨネーズを取る。デッキをテーブルの上に置き、間断なくカードを裏のまま広げた。そして最後の仕上げとばかりに指を一度鳴らしカードを端から波のように裏返す。
スペードのAからスペードのK、その後ハート、クラブと続き、最後にダイヤのKが52枚目を飾っている。
『す、すげぇ。フラリッシュをやりながら52枚の順序を揃えるなんて……』
『佐藤先輩とミハエル先輩。一体どっちに投票すべきなの……?』
『ミハエル先輩素敵ー!』
『佐藤先輩めっちゃカッコよかったっす!』
それから私へのコールとミハエルへのコールが部屋を埋め尽くす。聞こえてくる名前はどちらも同じぐらいよく聞こえていた。
「Hmm, これハ……」
「引き分け……かしらね」
はぁ、結局まだこいつに勝つには力不足というわけか。もちろん、私は成長している。でもそれと同じようにミハエルだって成長しているのだ。
前回負けた私が次回勝つためには、こいつ以上に努力をしなければならない。
「次は勝つ」
「I'm looking forward to it」
そして私たちは互いに握手をした。
「By the way, 引き分けで若干不燃気味だシ今夜、ボクと一緒ニ――」
「それじゃ、おやすみー」
「ああ! そんなcoolな君も好きだヨ、ミナ!」
はいはい。あー、やっぱこいつ面倒くさいなぁ。
私は溜息を吐きながら、これから始まる合宿のことを考えていた。
〈了〉
マヨネージングなフラリッシュ 四葉くらめ @kurame_yotsuba
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