第5話~OMOIDE IN MY HOOD~
ベッドで横になっている。フリチンで横になっている。陰茎は粘液でネトネトになっているが、精液は出ていない。あの一言で僕の男としての自尊心は砕け散ってしまったのだ。フード女子は粘液溢れるフードをまた身に付けている。
悶々とする思いに囚われ何度も寝返りを打つ。フード女子はまた編み物をしている。長い長いマフラーだ。
「そのマフラー、どうして作っているの?」
「待っているの」
「何を?」
「世界が芽吹く時を」
「マスターを待たないのか?」
「マスターはいるの。私の中に」
フード女子は来ることがない未来を待ち続けるのだろう。もう人類はいない。いるとするなら別の世界だ。平行世界があればそこで生きながらえているだろう。
あれから数年過ぎた。窓の外は相変わらず雪に覆われている。僕は自堕落に安全な室内で過ごすことで体重が増えた。骨と皮だけだったのに今や自分の陰茎すら腹に隠されて見ることができない。
あの日から僕はフード女子に触れなくなった。フードにも触れていない。何回もフードから食材を引き摺りだしたお陰でぶくぶく太ることができた。生存が確定してしまったからこそ、何のために生きれば良いのかが見えない。ただただ毎日美味い飯を食って無為に過ごす。そんな僕にフード女子は嫌味も言わずにただ甲斐甲斐しく飯を作ってくれる。
僕は生きる気力を失っていた。今までは生きることが目標で無理やり気力を振り絞って生きていた。毎日の困難は毎日を乗り切るためのガソリンだったのだ。それが今では沈殿し汚れたオイルに塗れた毎日を送っている。胡乱な生活の中で求めたのは張り合いと目的だ。このまま死ぬまで生きてしまって良いのだろうか。もう、僕には何もできない。ただ生きることしかできない。それを今は否定したい。
「お腹空いた?」
「どうして?」
「いつもこの時間にお腹が鳴るからよ」
フード女子はサンマのつみれちゃんこ鍋を作りはじめた。色んな料理を食べてきたがこれが一番美味しい。セクサロイドは料理もできるようにプログラミングされていたのだろうか。
「料理はどこで習ったの?」
「マスターが追加してくれたプログラムなの」
「そっか……」
聞かなくてもわかることを聞いてしまった。しかし、聞かなくても良いことを1つ聞くと連鎖的に聞いてしまう。
「このちゃんこ鍋、凄く美味しいよ」
「マスターの好物だったから」
「そっか……」
「……」
「マスターに会いたい?」
「私は待つだけ」
「いつまで待つの?」
「帰ってくるまで」
台所で僕に背を向けて料理を作るフード女子は僕の事を考えていない。ただ、それが悲しかった。
ベッドから立ち上がろうとすると、ベッドがミシミシと音を立てる。自分が醜く太った事を嫌でも実感する。
「マスターはどんな人だった?」
「凄くチャラかった。ホストみたいな格好で。でも、凄く優しかった」
「ずっとマスターのことを考えていた?」
「うん。生まれてからずっと」
僕は無造作にフードに手を突っ込んだ。フード女子はビクンと反応し、顔を赤らめながらサンマに包丁を下ろしている。力一杯、フードが千切れるくらいに力を入れてフードをかき回す。フード女子の震えがフード越しにも感じられる。僕は目を閉じてずっとずっとかき回す。ずっとずっとずっと。いつしかフード女子の手が止まり、桃色がかった吐息に甘い声を乗せて吐き出していた。ずっとずっとずっと。ずっとずっとずっとかき回す。
指先にコツンと何かが当たる感覚。僕は思い切りそれを掴む。フード女子の吐息が明瞭な声に変わりフードからは粘液が噴出する。僕は両手を、そして上半身もフードに突っ込み、その存在を両手で抱える。フード女子が叫び声をあげるが、粘液の中で聞くその声ははっきりと届かない。僕はただ、力いっぱい。力いっぱいそれを引っ張る。何の感情も無く、ただ、力いっぱい。
「ちぎれるうううううううううう!!」
フード女子が白目を剥いて失神すると同時にフードから1人の男が出てきた。目は閉じているが心臓は動いている。粘液に塗れたその男の風貌はチャラく、僕はただ悲しい顔をした。
・・・・・
「やっぱりうめー!久しぶりに食べた気がする!」
「ふふふ。そう?もっと食べてね!」
「変なこと聞くけどさ!ここに誰かいた?」
「ふふふ。いないわよ」
「なんだか変な匂いがするんだよね……」
「大丈夫。ここには何もいないわよ」
「それだったら良いんだけど」
僕は胎児と同じポーズで聞いていた。感情も肉体も溶けてしまいそうなフードの中で。目を閉じながら、目を閉じながら、母の温もりを思い出しながら。
OMOIDE IN MY HOOD ポンチャックマスター後藤 @gotoofthedead
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