戦時中のベトナムから、獣が住まう異世界――動物達の国アトラムに来てしまった、ニンゲンの話。
あらすじはシンプルなのですが、読み進めると、この物語が圧倒的なパワーを持っていることに気づかされます。
唯一の人間であり、記者の男イイヌマ ミチアキは、この国で起きる出来事を、物語をつづります。
彼の視点で、動物の生きる世界がとても鮮やかに描かれています。
彼らの世界には、彼らの文化や価値観がある。
確かな文章力のお陰か、匂いから喧噪まで聞こえてきそうです。
この世界に人間が訪れ、持ち込んだもの。
動物の世界は変わるのか。それとも何も変わらないのか。
違う点、同じ点をたくさん目にしてきた主人公は、いつか何かを見つけるのか。
余韻の残るラストに、まだ彼らの物語が続いているような錯覚を受けます。
大変面白かったです。
異世界転生モノの醍醐味といえば、主人公が異世界になにを持ち込むかという点ですが、この作品の主人公・飯沼道明(イイヌマミチアキ)が持ち込んだのは、現代日本の思想でした。
他の異世界転生作者も扱おうとし、その誰もがうまく活かせなかった"思想の違い"を、この作品の作者・ポンチャックマスター後藤氏は完璧にコントロールしています。
主人公がもたらした思想が、異世界を、確実に不穏な方へ誘っていく。しかしそれはもはや主人公がどうにかして止められるものではなく、いつかくるバッドストーリーに私たちは怯えるしかありません。
作者・後藤氏は昔から状況描写・心理描写に非常に長けており、感受性の高い私たち日本人はあっというまにこの作品の虜になるでしょう。
この作品には、古き好きファンタジーの要素と新しいSF的な要素が詰め込まれている。
まず、主人公のアトラムの文化風俗を分析的に語る視点。これは古典的なファンタジー、トールキンの「指輪物語」や「ホビットの冒険」でも採用された、ファンタジー世界を魅力的にする最適な手法だ。
アトラムの料理を、原料から作り方まで丁寧に語ることで、話にリアリティを与えている。トールキンというよりは、沢木耕太郎の「深夜特急」に近いかもしれない。深夜特急の主人公も、自らが触れた文化に対して分析的に語る点で一致している。
そして、この物語を異質なものとしている一番の要因は動物たちだろう。
高度な知能と文化を持つ獣たちの視点、我々とは異なる倫理観は、読んでいて幻惑された。獣が獣の肉を食うことで成り立つ社会とカーストは、まさに異世界だ。
良いSF作品は、読者に現実とは全く違う世界を見せてくれる。だから、この作品はファンタジーだけでなくSFとしても成立するだろう。
話の続きを早く読みたい。