第10話 デキスター・シニスター・チーフ・ベース
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エスカッシャンを見る側から見ての右左ではないため要注意。
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「ときにアオイよ」
「ん?」
紅茶に砂糖を溶かすのと同じくらいの気軽さでセルクシノイは会話の口火を切る。
今日の茶葉は特段に癖の強いもののようだ。
「右と左の差はわかっておるかのう?」
「小学生か。さすがにわかってるって」
「ああ、そういう意味ではなく、紋章の
「? ただの位置の違いじゃなくて?」
「解説することなくきてしまったからのう……知らぬのも道理じゃの。今日は簡単にそのあたり説明してゆこうかの」
そう言いつつセルクシノイは黒板にDexterとSinisterと書く。
「原義はまったくそのまま、それぞれ『
「まんまじゃねえか」
「じゃが、だんだんと言葉に意味が付与されるのは世の習いじゃ。いつしかDexterには『器用な』だとか『機敏な』などとポジティヴなイメージが付与されるようになっておった」
「んー、てことは……?」
「左様、Sinisterにはネガティヴなイメージが付きまとう。実際『不吉な』という意味さえ持つのじゃ」
「でもそれと紋章がどうつながるんだよ」
「つまり『右は左より良いものとされる』ということじゃな。これ、ものすごく大切なことじゃぞ」
カツッカツッとチョークを走らせるセルクシノイ。
盾を縦横に3分割――9つに分けた図を描き、ぱんっと手を叩く。
「この関係は家格の上下、継承権の上下などに深く関わってくるし、さらに言えば継承関連でしこたま目にするじゃろうからばっちり覚えておくのじゃぞー」
「うっ、また覚える系」
「ここの覚える事柄は全てで11個じゃ」
「9じゃなくて!?」
「そのあたりも含めて、じゃ。順にゆくぞ」
いささか派手すぎるほどの音を立てて指示棒が黒板にぴしりと当たる。
棒の先は盾の左上を指していた。
「左上。つまり最も格上の部分じゃ。紋章上部は
「……チーフ・デキスター?」
「惜しい、
「意外とシステマチック」
「下段も同様じゃ
「……あれ?中段は?あと残りの2つ……?」
「そのあたり、説明していこうかのう」
カツン、と再度指示棒が黒板を叩く。
中段左と中段右を交互に示すセルクシノイ。
「といっても中段の左右は大したことはないのじゃ。
「残りは3ヶ所だけど」
「焦るでない。この9つに分割した場合のど真ん中の区画を
「
「よく覚えておったのう。そのとおりじゃよ。ちょうど中心部じゃから図形的意義も大きいからの。覚えておくように」
「ん……?でももう9区画全部名前出ちゃってるのにどこに名前がつくんだ?」
「実はのー、
「意味あるのかそれ……」
「古い紋章学だと9区画で済んでおったんじゃがのー、歴史を経るにつれいろいろと面倒な部分が増えて……こほん、なんでもない、続けるぞ。
「たしかに、バランス考えると盾のど真ん中よりは心持ち上に図形置くよな」
「うむ、おそらくはそういう理由じゃろう。次、その下の
「あー若干下の部分だから?」
「おそらくは、な」
「煮え切らないなー」
「仕方ないのじゃよ。場所の名前として使っておるだけで、大した意味があるわけでもないからのう……」
珍しく苦しげな表情のセルクシノイにアオイが質問を重ねる。
ここぞとばかりに畳み掛ける腹積もりなのか。
「なんでそんな名前だけ決まってて意味のない部分なんてのがあるのさ」
「それは
「ブレイゾン、ねえ」
「
「えっ予想以上に雑」
「家紋が細かすぎるのじゃ。っと、今日は
ぱたん、とノートを閉じ今日はこれで、とばかりに黒板を消し始めるセルクシノイ。
まだ少し湯気の立つ紅茶を口に含む余裕さえ見せ……
「……って、今日こんだけ!?」
「そうじゃが……」
「だって普段だったらもっとこう、むちゃくちゃ細かい紋章の仕様なんかを、こう……」
「
「
再度セルクシノイはエスカッシャン図を2つ描き、片方に盾の
「さて、基本的に
「
「おお、そこまでわかっておるのなら満点じゃ。鏡写しにしたものは
「でもなんでそんなことを説明しだしたんだ?」
「うむ……ちょっと複雑なのじゃが……」
少し言いよどみつつ、逆斜帯をさらに細く描き替えたものと、もう一つ、半分程度短い逆斜帯に描き換えたエスカッシャン図を2つ描き加える。
「細いものは
「つまり
「そうじゃ」
「で、そのオーディナリとなんの関係が」
「のちのち出てくるから先に、と思ってな。継承の場合、この逆細帯や逆短帯を父親の紋章に追加して子の立場を示す場合があるのじゃ」
「……あえて別口で紹介してる以上ろくでもないんだろうなこれ」
「……そうじゃな。その子供が庶子、つまり側室や妾と当主の間に生まれた子の紋章なのじゃ。歴史上、そういった例は掃いて捨てるほどあるからのう……」
「世知辛ぇ……」
「うむ……」
「必要なものではあるんじゃがの……」
なんだか部屋の空気が重くなったところで、そそくさとセルクシノイは片付けを始める。
アオイももやもやとした気分をかかえながらセルクシノイと連れ立って部屋をあとにするが……
「姫様またあの男と……」「今日はあんな沈んだお顔をなさっておられる……!」「あの男、まさか姫様と!許してはおけぬ……!!」
もはや恒例のガヤもどこか上の空に聞こえる始末であった。
「……セリーも、大変だよなぁ」
かすかなつぶやきもその声にかき消され、誰かに届くことはなく。
紋章官のおしごと 賽骰だいす @Saikoroid
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