第9話 パーティとオーディナリ
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「隣り合った部位の塗り分け」であるため彩色の大原則に当てはまらず、基本色の隣に基本色などの塗り方も可能。
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「地の色に別の色を置くもの」であるため彩色の大原則に従う必要がある。
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「ここ最近はずいぶんと仕事に身が入っているようで大変よいことじゃ」
「はあ……」
「先日の偽造紋章の一件など見事じゃったぞ」
「ど、どうも……」
「知識も十分についてきたようじゃし、儂の助手としてますます手放せぬ人材となっておるのう」
「……こ、こそばゆい」
少しばかり居心地の悪い顔で、もとより座り心地の悪い紋章院の椅子の上でアオイは体をよじる。
正直なところ、気持ち悪いの一言に尽きるのだが。
「……あの、セルクシノイさん、そろそろ本題を……」
「なんじゃ畏まって。お主らしくもない。今日は新しく課題を出そうと思っての」
「課題?」
「左様じゃ。アーゴス、例のモノを」
ぱんぱん、とセルクシノイが手を叩くと、控えていたのであろうアーゴスがのそのそと現れる。
両手に分厚い書誌を数冊抱えているが、その書誌からは付箋が大量にはみ出ているのが見える。
「なんで俺がこんなことを……」
「ぐだぐだ言うでない。その本をここに。アーゴスも少し付き合うがよい」
「俺も!?」
「仮にも上司に逆らう、と?」
「お、横暴!!」
優雅にティーカップを持ち上げつつ意地の悪い笑みとともにアーゴスを見上げるセルクシノイ。
なにか文句でも?と言わんばかりに脚を組み替える様は弱冠17の少女とは思い難い迫力さえある。
うへぇ、と内心でうめきつつアオイは話が長くなる気配を感じ先を促す。
「で、その本は一体」
「うむ。よくぞ聞いてくれた。これは儂の祖父であるマイリキウスの書いた『教科書』じゃ」
「教科書」
「といっても公に出版されたものではない。私家版、というやつじゃな」
「その分贅沢に作られてるから重いのなんの」
「だからアーゴスを荷物持ちとして使ってたのか……」
見たところ軽く見積もっても6冊合わせて5000ページはくだらないであろうずっしりとした巨大な本である。
普段のセルクシノイならば10冊はまとめて持てるだろうが、賢明にもアオイは黙っておくことにした。
「その教科書を一体どうしようと……」
「ん?ああ、これを種本にしてお主を教育しようと思っての。儂のお下がりだから遠慮なく受け取るがいい」
「あーそういうこと……」
「うむ。今日から早速これを使おうではないか!いい本じゃぞ!なにせ儂の寝物語替わりの本じゃ!」
「姫様の幼少期どうなってんですか……」
たまらずアーゴスがツッコむが聞こえなかったふりをしてセルクシノイは続ける。
つい、としなやかな手が「Ⅰ」と書かれた表紙の本を愛おしげに撫で、開く。
「お主に、読んでほしいんじゃよ。本来ならばこれは儂の財産、ひいてはミットフォード家の財物じゃ」
「え……」
「しかし、儂はお主を助手として認め、知識を蓄えてもらわねばならぬ。東洋からやってきた事しか知らぬ異邦人であるお主にな」
「……」
「知識は広めるもの、しまい込むものではない。とわしは考えておってな。ゆえにこの知識を何年かかろうとお主に叩き込むことで意味を成すものとしたい」
「セリー…」
「その名で呼ぶのはやめんか。アーゴスからも推薦があったゆえなんじゃぞ」
「えっ」
「この朴念仁、お主の吸収の速さに目をつけたようでな。『なにか良い参考書を与えてやってくれ』と進言してきたのじゃぞ。儂の知る限りこんなこと初めてじゃ」
そのアーゴス本人はどちらかといえば「これで仕事がちょっとは楽になる」と言わんばかりの顔をしていたが……
セルクシノイは構わず続ける。
「と、いうわけじゃ。今日からはこれを使う。今日はごく簡単に済ませるが、明日以降はバリバリやっていくからのー。きちんと読んでくるんじゃぞ」
「へーい……」
「今日は『
「わかりにくいぞーあれ……」
アーゴスも悩んだことがあるのかしみじみとした顔をする。
かりかり、とセルクシノイは黒板に図を描きつつ説明を始める。
「互いによく似てはいるが、両者の間には絶対的な差がある」
「差?」
「うむ。彩色ルールの『基本色の上に金属色』『金属色の上に基本色』に縛られるか否かで変わってくるのじゃ」
「……?」
「まぁ順に説明するから待っておれ」
そう言うと、セルクシノイは大書した無地の
「
「え?普通なら
その答えに『待ってました』とばかりにセルクシノイはにまり、としてみせる。
見ればアーゴスも似たり寄ったりの表情をしている。
「な、なんだよ二人して……」
「うーん、基礎がきちんとできていることの証左なんじゃがのー……答えは『どの色で塗ってもよい』のじゃ」
「えっ」
「ここが
「分割して考えろ、ってことだな」
「たまにはいいこと言うではないか。その通り。
「だから彩色ルールに縛られないのか……」
セルクシノイはうなずくと縦の二分割線を消し、三分割線を引き直す。
ちょうどエスカッシャンを三分の一ずつ縦に分割する。
「先程の分割を
「なんで?」
「パーティとオーディナリ、どちらにも同じ形があるからじゃよ。オーディナリの場合、この図形は
「どうやって見分けるんだよそれ」
「よく思い出すがよい。『彩色ルールに縛られるか否か』じゃ」
「……?」
「オーディナリの場合は『盾の上に帯を置く』、パーティの場合は『盾を塗り分けるんじゃよ」
そう言いつつ三分割された部分の真ん中にar.と書き込む。
「さて、この紋章が
「……たとえば
「正解。オーディナリは彩色ルールに従う必要がある。これは先程も言った通り、オーディナリがエスカッシャンの上に配置されるものである、という考えによるのじゃ」
「んー、ならパーティの場合は?両脇同じ色で塗ったら見分けつかないんじゃ……?」
「ついさっきのパー・フェスの説明を忘れたのかの?『隣り合う領域は彩色ルールの範囲外』なのじゃぞ?」
「てことは
「大正解じゃ。これさえ覚えておけばもうこの2つについては問題ないであろう」
ぱんぱん、と手をはたいてチョークの埃をはらうセルクシノイ。
はあやれやれ、とばかりに紅茶も一口、口に運び……
「ってあれェ!?もう終わり!?」
「そうじゃぞ?たしかに
「そんな適当な」
「俺らの仕事は精査することだからな、記憶することじゃねえのよ。だから、全て覚えておく必要はないし、ルールだけ覚えていれば十分なんだぜ?」
アーゴスが教科書の『分割図形の一覧図』を開きながらよこす。
数十点もの図がひしめき合っているのを見て思わず声を詰まらせる。
「ああ、でも
「ホノラブルオーディナリ?」
「うむ。主に
「ざっくり」
「このあたりはまた別の機会、それこそ継承の際の
「ゔっ」
「さーて、今日は久々に甘い物が食べたい気分だのう。くるみのスコーンでクリームティーなど食べたい気分じゃ。のう、アーゴス?」
「……なんですひめさま」
「ちょっくら出かけて買ってきてくれんかの。スコーンとクロテッドクリーム。ああ、ジャムはお主に任せる。ルバーブ以外ならなんでもよいぞ」
「俺ェ!?」
「うむ、決まったらさっさと行くが良い」
「お、横暴!!」
「あ、金は出すから気にせずとも良いぞ、お釣りもやろう。さあさ、行った行った」
「オレも行くよアーゴス!」
げんなりした顔のアーゴスにアオイは助け舟を出す。
セルクシノイの手から紙幣をもぎ取りつつアーゴスに追随する。
「すまねえな。俺もそろそろタバコ吸いたかったからいいんだけどな」
「行こう行こう。気分転換したい」
「早めに戻るのじゃぞー!」
「……さて、アオイはどこまで学んでくれるのかのう。助手として働きを期待しておったが、ここまでとは」
かちり、と磁器の触れ合う音が響く。
「さ、銀器も用意せねばな。なんのジャムを買ってくるんじゃろうなあやつら」
その後、きちんと苦手だと伝えていたルバーブのジャム(とこっそり買ってきてあったラズペリージャム)にセルクシノイが柳眉を怒らせたのはまた別の話。
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