ドライビングトーク

水澤 風音

ドライビングトーク

 家をでてから車で二時間半。

 目的地に近づいても妻のおしゃべりは一向にやむ気配がない。

 私の精神はとうに限界を超えている。


「それで、結局ハラダさんの旦那さんの浮気相手、だれだったと思う? それがねえ、なんとハラダさんの妹さん! あなたも何度か顔あわせたことあるでしょう? ほらあ去年の年末なんかは町内祭の手伝いまでしてくれて、ねえ、あんなマジメそうなカンジなのに人は見かけによらないっていうか……陰でやってることといえば、だってあれよ、妹さんだって結婚してるのよ? だからダブル不倫ってやつ。ほんとわからないもんだわねえ」


 日は暮れかけ、山路へ通じる道は暗く、家々や人影もみえなくなっていく。

 もうウンザリだ……どうしてこんなことになったのだろう。


「かわいそうなのはお子さんよねェ。ハラダさんの下の子も、ほら、さっきいたあの子たちくらいよ? ねえさっきの信号のとこにいたじゃない、家出てすぐのとこよ、体操着で……きょうって日曜だからきっとあれよ、運動会かなにかだったのね。朝、花火が鳴ってたじゃない? 気づかなかった? あなたってそういうとこほんとニブイのよねえ、ウン、だからそうなのよ、あの子たちくらいよハラダさんとこのも」


 ハンドルを強くにぎり、奥歯をかんでこらえる。

 あと少しの辛抱なのだ……そう自分に言い聞かせる。


 あたりは家屋が姿を消し、目立つ心配もなくなったので、私はつけていたラジオのボリュームを最大にした。

 いまは少しでも妻の声から逃れたいとの思いからだったが……


「――ねえ、それであたしたち笑っちゃったんだけど、旦那さんと妹さんのこと知ったムラノさんがいったセリフがもう、それがおかしくって……あ、そういえばこれラジオってFM? AM? まあAMよね、あなたってAMしか聴かないもんね。そうちょうど聴きたかったんだけどさ、そうなのよこの芸人さんたちよ、いましゃべってるこの人たち、このあいだイオンにきてたのって、イデさんわざわざ見にいったって、あの人もほらそういうの好きだからさぁ、でもテレビとちがって愛想がなかったってさんざん――」


 ふもとへ入り、山路をしばらくのぼる。このあたりは川釣りで何度かきている。

 しかしきょうは途中でわざと大きく道をはずれ、通常であれば昼間でも人が入らないほうへ行って車をとめた。


 懐中電灯とシャベルをもって車を降りる。

 冷えた暗闇を照らし、森閑とした山林をすすんでいく。

 やがて適当な空地を見つけると、足をとめてシャベルを突き立てた。


「――でもその洗剤がぜんぜん落ちなかったからって、それをあたしのせいにされてもって話じゃ……ああ、ここにするの? えーでもほんとに大丈夫なのこんなところで? わりとこういうのってドラマなんかでもあっさり見つかっちゃったりするパターンが多かったりして――」


 妻の声を無視し、やるせない思いをぶつけるようにシャベルの先を土へ刺し、必死で穴をほりつづける。

 汗だくになり、夢中で一時間あまりかけ、納得のいくサイズと深さにする。

 そして車へもどると、トランクからごみ袋とガムテープで何重にもまいた妻の死体をひっぱり出し、穴までひきずって落としこんだ。


「あらあ……ムナシイものね、なんだかねえ、人の一生ってなんなのかな、とかさすがに考えちゃうわ。でもそんなにあたしのおしゃべりがイヤだったなら一言いってくれれば……え? あらそう? でもこっちに伝わってなきゃ意味ないっていうか、とにかくいきなり後ろからガツンとやることはなかったと思うのよねェ。あんなガラスの灰皿にヒビ入るくらいって相当よね。ま、痛みはなかったんだけどさあ、あたしすぐ死んじゃったみたいだから、それとも忘れてるだけなのか……まあどっちだっていいわね。――ああ埋め終わったの? ほんとに大丈夫かしら、何か落としたりしてない? あなた抜けてるんだからよく確認しておきなさいな。……フフ、殺された当人が気づかいするってのもおかしな話よねえ。で、帰りはどっかよってくの? このまま帰る? あらそう。せっかくなら外で食べていけばいいのに――え? さあ、あたしだってわかんないわよ、死ぬのなんて初めてなんだし。自分の死体のそばにいなきゃいけないルールなんてあるの? へえ。でもこんなところに一人でいたってしょうがないじゃない。ほォら、そんな頭なんか抱えてないで帰るなら早くしましょ、急げば今日のドラマに間にあいそう……あ、そうそれでドラマといえば、さっきのムラノさんの話なんだけどさァ、それがまたケッサクで――」

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