文芸部の白雪姫に目覚めのキスは必要ない

久里

文芸部の白雪姫に目覚めのキスは必要ない

 わたしの唯一の部活の後輩である雪ちゃんは、空から舞い降りてきた天使様と見紛うくらいに可愛らしい。


 最近では、わたしの綴った物語に目を通してくれる雪ちゃんをちらちらと眺めながら、『今日も今日とて本当に可愛いなぁ』とにやにやすることこそが至上の喜びとなりつつある。


 そんな、この世の奇跡を集めたみたいに可憐な雪ちゃんに初めて出逢ったのは、もう半年近く前のことになる。


 あれは、わたしが高校二年生に進級してすぐの春のことだった。


 学年があがったばかりのあの頃は、毎日、浮かない顔をしていた。


 わたしの所属する大好きな文芸部が先輩方の卒業によって深刻な人員不足に陥り、廃部の危機にさらされてしまっていたからだった。


『いくら優等生な河野かわのさんのお願いでも、ダメなものはダメよ。流石にあなた一人きりじゃ、部活として認めるわけにはいかないわ。残念ながら文芸部は廃部よ』


 担任の結城ゆうき先生は、蒼褪めて呆然とするわたしを見つめながら、なんともいえない曖昧な微笑を浮かべて諭すように言った。


『文芸部って、小説を書くんでしょう? 廃部になったとしても、一人でいくらでも活動を続けられるじゃない』


 先生はなんの慰めにもならない言葉を残し、紙のように顔を白くさせていくわたしから逃げるようにして、職員室の自席に舞い戻っていったのだった。


 情けも容赦もない残酷な現実に、心をパリンと打ち砕かれた。 


 涙ぐみながら職員室を引き返して、文芸部の狭い部室に駆け込むと、ぴしゃりとドアを閉めきった。


 取り付けられた本棚の中に、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた古本。そこに収まりきらず、古びたフローリングの床の上に乱雑に散らばっている漫画。三人くらいが向かい合って話し合うのにちょうどいい小さな木製のテーブル。その上に転がっている芯の丸まった鉛筆に、本の感想が雑多に綴られているノート。


 一人きりになった瞬間、ピンと張りつめていた心が解け始めた。


 途端に、この小さな部室の全てがたまらなく愛おしくて、仕方なくなった。この場所がいつも以上に神聖で尊く思えて、そう思うほどに涙がほろほろと零れた。


 先生は、何にも分かっていない。


 たしかに小説は一人で書くものだけれども、わたしは、ただ小説を書ければ満足なわけじゃないんだ。


 細々とした活動だから他人の目には映りづらいのかもしれないけれど、この部室には、ここで過ごして来た人たちの本を愛する気持ちが深く刻まれている。


 文芸部の部室に足を踏み入れると、心がわくわくと波打ってきて、想像の翼が無限に羽ばたいてゆく。長い時間をかけてこの部屋に吹き込まれてきた本への愛と想いが、不思議な力を与えてくれる。きっとここには、本に想いを寄せる人だけが特別に感じ取れる精霊が住んでいるんだ。少なくともわたしはそう信じている。


 だからこそ、先輩たちが築き上げてきたこの空間で、物語を綴ることにこそ意味がある。


 この大切な場所を、守っていかなければならないのに。


 わたしがどんなに頑張って新歓活動をしても、最近の本を読まない子たちは、文芸部に興味を示そうともしてくれなかった。


 その日が、新入生の体験入部最終日だった。

 翌日を迎えたら、いつ立ち退きを要求されてもおかしくない。

  

 窓辺にかかっている空色のカーテンは、嗚咽を漏らしてしゃくりあげるわたしの心境なんておかまいなしだった。そよ風に踊らされて、呑気にひらひらとはためいていた。 


 すっかり気を緩めてしくしくと泣いていたら。


 突然、背後のドアから遠慮がちにノックの音が響いてきて、心臓がどくりと高鳴った。


 咄嗟に振り返ったその瞬間に、がらりとドアが引かれた。

 

 おずおずと、部室の中を覗き込むようにして立っていたのが、雪ちゃんだった。 


 触ったらどれだけ柔らかいのだろうという好奇心を掻き立てられずにはいられない、お餅のように真っ白ですべすべの頬。ミルクに薔薇を溶かしたように、ほんのりと桃色に色づいているのがたまらなく愛らしかった。


 抜けるように白い肌と対をなして、鮮やかなコントラストを生み出している真っ黒な髪は、誰もが羨むサラサラヘア。天使の輪っかのかかり方はもはや神がかっていた。


 制服の裾からのぞく白魚の指、そこに載った桜色の小さい爪。思わず抱きしめたくなってしまうほどに細く、柔らかそうな身体。


 とにかく、全部が一点の隙もなく、完璧に愛らしかった。


 雪ちゃんのすべてが鮮やかにわたしの心臓を撃ち抜いてきた。


 雪ちゃんはまるで、神さまが可愛がるためだけに作ったお人形さんみたいだった。


 ふさふさの長い睫毛に縁どられた大きな黒い瞳には、真っ赤に目を腫らして呆然としている、ぐしゃぐしゃなわたしの顔が映りこんでいた。


『え、と…………お取込み中、でしたでしょうか……?』


 その中性的な声を初めて聴いた時、予想外のハスキーボイスに、またびっくりした。てっきり、小鳥の囀りのように愛らしい美声を想像していたけど、これはこれで思わぬギャップ萌えだった。


 えっ。なんなの。

 この子、可愛すぎるんだけど……!?


 その奇跡じみた可憐さに、文芸部を失う哀しみすらもすっかり吹き飛んでしまった。


 言葉も出なくなって固まってしまったわたしを訝し気に見つめながら、雪ちゃんは戸惑い気味に言葉をつづけた。


『文芸部志望なのですが……ここが文芸部の部室で、合っていましたでしょうか?』


 文芸部志望。


 ちらりと足元に視線をやる。上履きの色は赤だ。

 ということは、目の前のこの子が、今年の新入生であることは間違いない……。


 つまり――この子が入部の決意を固めてくれれば、廃部の危機を免れられる……!?


 わたしは草食動物を前にしたライオンもびっくりな勢いで颯爽と雪ちゃんの下へ駆け寄った。近寄って見ると、その天使ぶりにさらに磨きがかかって見えて、胸がドキドキした。


『あなた、本当の本当に文芸部志望、なの……?』


 興奮を抑えきれずにずいっと詰め寄るようにして身を乗り出したら、鼻息の荒くなりかけていたわたしに気圧された雪ちゃんが若干引き気味に後ずさった。


 固唾をのんで、その綺麗なお顔を見守ること数分ほど。


 やや逡巡した後に、雪ちゃんは夢見る乙女のように艶やかな瞳をぱちくりとさせた後、こくりと頷いたのだ。


『そう、ですけど』


 感動のあまり、勢いづいて握った雪ちゃんの綺麗な手は、想像通りの滑らかさだった。


『ありがとうありがとうありがとうありがとう……! その言葉に、二言はないよね!? というか、撤回はもう受け付けないから!!』

『えっ……!?』


 異様なまでに跳ね上がったわたしのテンションに、雪ちゃんが明らかにドン引きしていることには気づいていた。それでも、人間信じられないくらいに嬉しい出来事が起こると、心が浮き立つのを止められなくなるものらしい。


『名前はなんていうの……!?』

『えと……白井しらい ゆき』『雪! 雪ちゃん! わあ、名前まで可愛いのね』


 頬を上気させて、雪ちゃん雪ちゃんとしきりに呟きながら、とろけるように目の前の救世主を見つめていたら。


 大きな瞳が急に据わり始めて、あれ? と首を傾げた。


 次の瞬間、雪ちゃんは冷たくわたしの手を振り払うと、思いっきり唇を尖らせて、毛を逆撫であげた猫のように威嚇しながら距離を取った。


白井しらい 雪虎ゆきとらです。ボクは、れっきとした男です』



 あれから死ぬほど不機嫌になった雪ちゃんを宥めて、どうにかして文芸部入部を取り消さないでもらうようお願いするのは大変だった。


『ゴメン……! だって、雪ちゃんがあんまりにも可愛いから、まさか男の子だなんて思いもしなくって』

『今度また可愛いって言おうものなら、その口を縫い付けますよ』


 視線で刺殺されそうな勢いでギロリと睨まれたので、とりあえず土下座した。頭上から浴びせかけられる氷柱のように冷たい言葉が、胸に染みた。


『学ランを着ているのに、どうして女だと思ったんですか。先輩の脳みそは、空っぽなんですか』

『ううっ、たしかにちょびっと違和感はあったけど……』


 何故か学ランを着ているけれど、こんなに可愛い子が、まさか男の子なわけがない。きっと、なにか深い事情があって、男の子から制服を借りざるをえなかったんだ。そっちのほうが、雪ちゃんが男の子であるという仮説よりも、すんなりと納得できてしまった。


 そんなことを口に出そうものなら、即刻入部を取り消されそうだったからぐっと呑み込んだけれど、雪ちゃんがわたしに注ぐ視線は、依然として虫けらを見るかのように冷たかった。


 最悪な第一印象は、どうやっても拭えない。覆水は盆に返らないのだ。


 でも、わたしはどうしても、この文芸部存続の最後のチャンスを逃すわけにはいかなかった。


『お願いっ。どうかどうか、入部だけは取り消さないでっ……わたしには、あなたが必要なの。雪ちゃんが入ってくれなかったら、文芸部は廃部になっちゃうんだよ?』


 うるうると捨てられそうになっている子犬のような瞳で、目の前の彼に縋ったら、彼は『うっ』と喉を詰まらせた。


『大好きなこの場所を、どうしても守りたいの。でも、わたし一人だと部としては認められないから、あなたの力が必要なの。お願いっ、お願いだから……っ!』


 涙ぐみながら、わたしの熱烈な文芸部愛が少しでも目の前の彼に伝わるようにと精一杯の思いを込めて、その大きな瞳をのぞき込んだ。


 すると。


 雪ちゃんはふいっとわたしから視線を外して、ぽつりと呟いた。


『……しかた、ないですね。入部しますよ。断じて、先輩の為ではないですよ。元々文芸部に入ろうかなって思っていたから、こんなことぐらいで入る部活を変えるのもバカらしいと思っただけです』


 こうして雪ちゃんは晴れて正式な文芸部部員となり、一度危ぶまれた文芸部の存続が確固たるものとなったのだ。


 それからというものの、雪ちゃんはブツブツと文句を垂れながらも、この半年間毎日欠かさずに、部室に足を運んでくれている。その足音が近づいてくるだけで、毎日、心が弾んで嬉しくなるのだ。


 彼はもともと文芸部志望なだけあって、ジャンルを問わず様々な本に目を通しているみたいだ。中でもイギリスの古典的な文学作品がお気に入りらしい。


 文芸部に所属しているものの、雪ちゃん自身は文章を紡がない。代わりに雪ちゃんは、わたしの綴った拙い物語を丁寧に校正してくれる。


 彼の将来の夢は、編集者になることなのだという。雪ちゃんならきっと夢を叶えられると思う。


 雪ちゃんが大きな瞳で熱心にわたしの綴った物語を追っている時、心がむず痒くなって、ドキドキする。


 雪ちゃんがわたしの書き上げた作品を読んでいる間、わたしは本を読むふりをしてその可愛らしいお顔を、ちらちらと覗き見る。伏せられた長い睫毛も、小さく筋のとおった鼻も、全てが女のわたしよりも愛らしい。毎日、雪ちゃんは今日も今日とて本当に可愛いなぁとニコニコしている。


 わたしが雪ちゃんのあまりの可憐さにぽうっとなり始めた頃に、彼は原稿を読み終える。


 そして。

 

 雪ちゃんは、眩しいくらいの満面の笑みを浮かべながら、ゴミ屑だと言わんばかりにわたしの作品を貶しまくる。


『あまりにもご都合主義すぎる展開ですね。これでは読者が置いてけぼりになってしまいます』

『一気に沢山の登場人物が喋りすぎていて、どの台詞が誰のものなのか全く伝わってきません』

『同じ単語を繰り返しすぎです。ある効果を狙ってやっているのなら良いんですけど、この場合は、単に稚拙なだけですね』


 これでもかというくらいに厳しい雪ちゃんの批評には、毎回、心がズタズタになる。


 そのどれもが高精度かつ的確なアドバイスなのだ。言い返すこともできない。


 雪ちゃんから鋭い批評を浴びせられるたびに、『やっぱりわたしには才能がないんだ……二個上の先輩たちはわたしの作品を面白いと言ってくれたけど、あれは遠慮して本音を言えなかっただけなんだ……』といじける。


 わたしがじめじめと今にもキノコをはやしそうな勢いまで落ち込んだところで、雪ちゃんは『でも』と前置きをして、やさしい表情をする。


『……兎がひたむきに故郷の月を想う姿には、癒されました』


 雪ちゃんは、どんな作品の中からも、必ず素敵な部分を見つけ出してくれるんだ。


 その言葉はわたしの胸の真ん中でどんな宝石よりもきらきらと輝いて、わたしの心を幸せでいっぱいに満たしてくれる。お酒はまだ飲んだことがないけれど、口にしたらきっと、雪ちゃんから褒めてもらえた時みたいにふわふわするんじゃないかなって想像したりする。


 最近のわたしは、ほとんど、この瞬間の為に物語を書いている。


 そして、ついさっきまでメタメタに貶されて落ち込んでいたことなんて一瞬で忘れて、飛びつきたくなってしまうほどに嬉しくなってしまう。


 そして、実際に、飛びつく。


『えへへ。わたし、次はもっともっと褒めてもらえるように、頑張るね!』

『!? ちょっと! むやみやたらに、ひっつかないでください!』

『雪ちゃんのほっぺって、いつ触っても本当に柔らかいよねえ。何を食べたら、こんなにすべすべになるの?』

『~~っ! この変態っ!』


 大きな瞳を少しだけ潤ませて、頬を赤らめながらわたしを必死に引きはがそうとする雪ちゃんは最高に可愛い。引き離された後も飽きずにニコニコと雪ちゃんを眺めてひたすらに幸せを感じていた。いたの、だけれども……。


 昨日、ちょっとした異変が起きた。


 いつものようにじゃれあっていたら、雪ちゃんが唇を尖らせながら、面白くなさそうに言ったのだ。


『……茜先輩はすぐにボクにくっつこうとするけれど、一体何を考えているんですか』

『え! そんなの、可愛い雪ちゃんが大好きだからに決まってるよ! 愛情表現に決まってるじゃん!』

『……っ。そうですか。ボクは、茜先輩のことなんて、大嫌いです』

『えええええええええっ!? どうしてどうしてどうして!? わたしは雪ちゃんのことがこんなにこんなに大好きなのにっ!』

『黙ってください。今後、半径三メートル以内に近づかないでください。さもないとセクハラで訴えますよ』


 呆然とするわたしを取り残し、彼はスタスタと部室を立ち去ったのだ。


 昨日の雪ちゃんは、いつになく機嫌が悪かった。


 この半年間、雪ちゃんのことを可愛い可愛いと愛で続けてきた。噛みつきながらも、なんだかんだ許し続けてくれていた。


 一体、何がいけなかったんだろう……と本気で落ち込んだ。


 もしかしたら今日は部活に来てくれないかも……とくよくよしながら、部室の机につっぷしていたら、雪ちゃんが何事もなかったかのように平然とドアを開けて部室に入ってきて、胸が高鳴った。


 しかし。


 気が滅入って思考が鈍っていたせいで、一週間前に依頼されたトップシークレットの代物がすっかり無防備になってしまっていた。


「あれ。茜先輩、今日は小説じゃなくて、台本を書いているんですね。珍しい」


 ひいい! 早速気づかれた……!


 ギクリと、心臓が別の意味で高鳴る。脇汗がつうと伝わった。


「こ、れは……ええと、その……」


 まさか、あなた主演の「白雪姫」の台本作成を、あなたのクラスの後輩ちゃんから頼まれて引き受けただなんて、言えない。


 頬をうつ風がぴりりと涼しくなってきたこの季節。もうじき、文化祭がやってくる。


 先週にわたしのクラスに押しかけてきた雪ちゃんと同じクラスの後輩ちゃんから聞いた話だと、雪ちゃんのクラスでは演劇をやることになったらしい。


 そこで雪ちゃんのクラスメイトたちは、男女問わず、雪ちゃんを白雪姫に仕立て上げたいという熱い思いで一致団結したのだという。もちろん、当の本人の意向はガン無視だ。


 でも、台本を書けるような文才のある人物は、そのクラスには雪ちゃんくらいしかいなかった。馬鹿正直に本人に頼んでも、拒否されて雪ちゃん白雪姫計画があえなく頓挫することは目に見えている。


 そこで、一週間前くらいに、文芸部所属のわたしに秘密裡でこの重大なお仕事が舞い込んできたというわけだ。


 雪ちゃんに気づかれないよう、こっそりと計画を進めるはずだったのだけれども……こんなにもあっさり気づかれてしまうなんて計算外過ぎた。


「……その台本、表紙に一年E組【白雪姫】と記載があるのですが。茜先輩……あなた、ボクになにかやましい隠し事をしていませんか」

「うわあああああっ!! ごめん……! だって、雪ちゃん主演の白雪姫だよ? 引き受けないわけにいかないじゃん!?」


 華麗にとんできた手刀が、思いっきり頭にクリーンヒットした。痛い。容赦がなさすぎる。


 涙目で頭をさすっていたら、いつの間にか、雪ちゃんに台本を奪われていた。ひえええええ! と蒼褪めていたら……雪ちゃんは、迷いなく最後の方のページをばさりと開いて、ある一点を凝視するように睨んでいた。


「茜先輩。この台本、どうしてキスシーンがないんですか」

「えっ! そ、それは……っ」


 うっ。とんでもなく目敏い……!


 血の温度が急上昇して、身体がどんどん火照ってくる。


 雪ちゃんの言う通り、わたしは、あえてこの台本にキスシーンを挿入しなかった。


 後輩ちゃんは、男の子の雪ちゃんが白雪姫だから、王子様役はすらりと美人さんな女の子に演じてもらう予定だと言っていた。


 ということはつまり、雪ちゃんが、他の女の子とちゅーをするということになる。


 それを想像してみた時……なんだか、すっごく胸がもやもやした。


 そんなの、いやだ。

 想像するだけで、口に苦い味が広がっていって、舌の根がからからになった。

 

 よし、キスシーンはやめよう。

 

 わたしは、白雪姫の呪いを解く魔法を、キスから頭なでなでに変えた。本当は雪ちゃんの頭をなでることもわたしの特権だと思っているけれど、これならなんとか許せそうだと無理やり納得したのだ。


 でも……流石に本人を前にしてそんな子供じみたことを言うのは恥ずかしい。


「クライマックスでこれでは観客も興ざめでしょうね。一番盛り上がるところで観客が望んでいるものを提示しないなんて、駄作もいいところですよ」


 冷たい言葉に、胸のうちの恥ずかしい秘密を引き出すように煽られる。


 もう、限界だった。


 気がつけば、涙ぐみながら、ぽろりと本音を漏らしてしまっていた。


「だ、って……雪ちゃんが、他の女の子とキスをするのは、なんか、もやもやしたんだもんっ」


 その瞬間。


 立ち上がって近づいてきた雪ちゃんの白い手に、するりと頬を包み込まれていた。

 

 !?


 顔を少し傾けたら、触れてしまいそうなほどの、危うい近距離。


 頬から伝わる男の子らしく骨ばった手の感触に、心臓が爆発しそうなほどに高鳴っていって、呼吸するのもやっとで。


 え。


 な、なななななにごと?! 


「ゆ、きちゃん……?」


 目と鼻の先にある、見る者を吸い込んでしまいそうなほどに大きな黒い瞳には、瞳をとろけさせて、息の浅くなっているわたしが映っていた。


 天使のように愛らしくて可憐な雪ちゃんは、こうして間近で見ると、入学したてのころの半年前に比べてどことなく精悍な顔つきになっていて。


 どうして、いままで気づかなかったんだろう。


 もしかしなくても雪ちゃんって実は……ものすごく美少年なんじゃないだろうか?


 思わぬ発見に、頭が沸騰するように熱くなって、眩暈までしてきた。焦るわたしを見て、雪ちゃんはいつになく楽しそうに微笑む。さながら獲物を捕らえた肉食獣のような瞳の輝きに、背筋がぞくりとした。


「先輩は、ズルくて、本当におかしな人です。人の気も知らないで自分からベタベタくっついてくるくせに、ボクがすこし触れた途端に、こうなるんですね」


 可愛いです、と吐息と共に甘く囁かれて、全身に淡い電流を流されたみたいにドキッとする。


 雪ちゃんは、はずした片手の白い指先でわたしの唇をそうっとなぞると、艶やかに微笑んだ。


「それとも、ようやく分かってくれたんですか? 茜先輩の目の前にいるのは、男だってこと」

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