番外編 たった一切れのケーキから
【第110回 二代目フリーワンライ企画】2020/04/25 開催
使用お題:一口ちょうだい
※高校時代の蒼衣と八代の話です
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「それ、美味そう。一口ちょうだい」
昼食の時間、不意に掛けられた声に顔を上げると、そこに居たのは一人のクラスメートだった。
四月、愛知県は彩遊市にある県立商業高校に入学したばかりの天竺蒼衣は、突然のことに体をこわばらせた。
天然のくせっ毛に、おしゃれな太いフレームの眼鏡。人懐っこい笑顔を浮かべた彼――東八代を一瞥した蒼衣は、思わず顔ごと横にして視線をずらした。
(なんで自分なんかに、話しかけたんだ、このひと)
すでにオリエンテーションも済み、ぼつぼつと「適当に話す間柄」がクラスの中でも決まってきた時期だ。クラスの中でも唯一、彩遊市から遠く離れた三河地区からの進学ともあって、最初こそ物珍しさから話しかけられたが、理由あって寡黙を通しつづけたため、今ではこの八代しか話かけてこなくなっていた。
理由――中学時代のいじめが原因で、若干の人間不信に陥っているのが現状だ。だからこそ、わざわざ片道一時間以上かかるこの学校に進学し、今度は目立たぬようにひっそりと学校生活を送ろうとしていたのに。
「それ、どこの店のお菓子?」
「これの、こと?」
おずおずと聞き返す。彼は蒼衣が手にしている、ラップに包んだだけのパウンドケーキを指さし「そう」と言う。
「なんか美味そうな匂いがしたからさ。一口だけ、一口だけでいいから! 頼むよ天竺~」
いつの間にか、自分の前の席の椅子を拝借している彼に目を丸くする。
「……手作りだけど、大丈夫?」
「手作り? 大丈夫大丈夫、俺、商店街のばーさんがこしらえるおはぎやらおばちゃんが作るクッキーやら、なんでも食べてるし」
ニコニコとした顔のまま「さあ一口、なんなら口に入れてくれてもいいぜ~」と冗談めかして口を開ける様子に「八代、どんだけ甘いもの食べたかったの?」「犬かよ」とほかのクラスメートからヤジが飛んでくる。
「……『僕の』手作りだよ?」
わざと自分の手作りだ、というのを強調する。中学時代にお菓子作りを趣味だと知られたとき、童顔と下の名前――蒼衣――も相まって、女っぽい気持ち悪い奴だと言われ、それ以来は暗黒の日々だった。
ならばいっそ始めから近寄らないでくれ。ほら気持ち悪いだろ。そんな気持ちを込めた発言だった。
「ええっ天竺の!?」
ほらみろ。驚く東を見て、冷えた気持ちが浮かぶ。男女均等と叫ばれて久しいが、いつだってだれかを攻撃して「仲間はずれ」を作りたい年ごろには、そんなものなんの慰めにもならなかったんだから。
心に湧くどす黒いそれを抑え込みつつ「だからやめておけば」とやんわり言おうとした瞬間だった。
「おま……すごくね?!?!」
がしっ、と手の中にあるパウンドケーキごと掴まれる。眼鏡の奥に輝く驚きと期待の表情は、今まで接した同性の少年には見られないものだった。
「余計食べたい! くれ! 今すぐ!」
「ちょっ……顔、かおが、近い! あ、あげるから! 離れて!」
慌てて手の中のケーキを半分に割って、ラップごと渡す。東はすぐさま口に運び、食べ終えると、開口一番に「うめぇぇぇぇっ!!」と叫んだ。
「ひえっ」
「えっマジこれお前作ったの?! すごくね?! プロの味じゃん!!」
「ぷろ……」
いやまじすごい。めっちゃうめえ。オーバーなくらいの絶賛に、しばし蒼衣は口をぽかんと開けたまま、騒ぐ東を眺めるだけだった。
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それが、天竺蒼衣と東八代の出会いの話。
蒼衣さんのおいしい魔法菓子 服部匠 @mata2gozyodanwo
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