三話 三つの能力


「……決まったみたいだな」


 しばらくして、橙也はスキルを選び終えた。


「じゃあ、これで」


「三つを選択したか……お前らしいものを選んだな」


 ドラコはにやりと笑い、パイプをかざす。すると、橙也の体が淡く光った。


「うわっ、これ……」


 驚いて反射的に飛びのくが、光っているのは自身の体なので逃れることはできない。熱くもないし体に違和感もないのだが、精神的にはかなり気味悪い。

 そんな発光もすぐに終わる。

 なにかが変わった様子もないが、目の前のドラコは満足気だった。


「これでいつでも能力を使うことができる。しかし、なぜこの能力を選んだんだ?」


 橙也の選んだ能力は、《食材鑑定》《計算能力》《未来実感》の三つ。


「大前提として俺は……異世界でも料理を作りたい。社会に出て荒波に揉まれることで疲れてしまったところもあるが、根底にあるのは自分の料理で誰かを幸せにしたいっていう気持ちなんだ。異世界がどんな世界かわからないけど、俺が学んできた栄養学の知識や料理に対する想いはきっと役に立つはず……。そう考えた時、料理に関係するような能力の方がいいなって」


「《食材鑑定》は文字通り、食材を鑑定する能力だな」


「うん。世界が違えば食材だって違う。たとえば、トマトと同じ見た目だとしてもトマトとは全く違うことだって考えられると思ったんだ。そんな時、鑑定する能力があれば便利だなって」


「この能力のいいところのひとつは、名前は違うがお前がいた世界の食材とほぼ同じものであれば、お前の世界の食材として表示されるところだ。仮に、メキオスという名前の食材がタマネギと同じだった場合、そういったこともすぐにわかる。そして、何より優れているところは……」


「栄養価まで鑑定できるところかな」


 頭のなかに自動検索機能付きの成分表をダウンロードしたようなものと思えばいい。成分表とは、食品にどんな栄養素がどのくらい含有されているかを一覧にしたもので、栄養計算するのに重要な資料として扱われているものだ。


 食材の名前や品質を見破ることができるだけでも十分な用途になるが、橙也が一番気に入ったところは栄養価まで数字として表すことができるという点だった。


 管理栄養士という仕事をしている手前、栄養価の計算というのは欠かせない要素。

 成分表やパソコンがない世界であることを考えると、この能力はとても重要になる。


「さすがに目の付け所が違うな。人間っていうのは派手な能力に魅力を感じるもんだが、お前は自分の適性や本質を見抜きながら選択している」


 自分が望むものを選んだだけで過大評価な気もするが、悪い気はしなかった。


「《食材鑑定》に付随したスキルとして、《計算能力》も選んでいるな」


 《計算能力》はそのままの意味で、栄養価の計算を頭の中で自動でしてくれるということ。毎回毎回、紙とペンで計算していたら大変だし、素早く正確に数値を出してくれることが魅力だった。


「そして、最後は《未来実感》。不思議な能力を選んだな?」


「これにも大きな意味があるんだ。いや、栄養士としての強いこだわりと言ってもいいのかもしれない」


「ほう、面白いな。理由を聞かせな」


「それは――」


 橙也が説明をすると、ドラコは牙をむき出しにしながら笑ったのだった。


「そりゃ……面白い理由だ。言われてみれば納得するが、そこまで考えていたとはな……」


 ククク、と楽しそうにしているドラコ。そして、彼は言うのだった。


「面白いことを教えてくれたお礼に俺からもひとつ種明かしをしてやる」


「種明かし?」


 橙也は訝しげに眉をひそめた。


「スキルを選ぶために本を渡しただろ? どういうもんだと思う?」


「どういうもんって……俺のように異世界に転送される人物に毎回渡して選ばせているんだろ?」


「それは正しいが少し違うところがある。その本は使い回しじゃない」


「使い回しじゃない……?」


 それはどういう意味だろうか。考えても答えが出なかった。


「本の中身はその人が思っていること、潜在的に感じていることから作られている。つまり、スキルを選べなんて言っているが、すべて、その人間の思っていることなんだよ。人によっては異性にモテまくる能力だったり、簡単に金持ちになれるような能力も載っている」


「なるほど……」


 橙也も思い当たる点があった。スキルについては簡単な説明は書いてあるが、詳細は載っていなかった。だが、自然とその能力を理解することができたのは、そういった種があったからだ。


「いくら比較的安全な世界といっても、時間止めや無限魔力は魅力的な能力のはずだ。想像してみればわかるが、それらの能力を使えば好き放題生きていくこともできるはずだからな。だが、お前はそれを選ばなかった。もっと楽で、裕福な生活を選べたはずなのに、それを選択しなかったんだ」


 ドラコに言われ、橙也も少し不思議に思う。


 今回の転送は、異世界に行くという想像を絶するような現象であるが、逆に言えば今よりももっと快適な生活を送れるという可能性もあったのだ。


 それこそ働かず、毎日遊んで暮らせるような。橙也だって日々の生活に疲れたサラリーマンだ。そんな生活を夢見たことがある。


 だが、それよりも大事にしたいと思ったことが、自分のしたいことだった。

 自分のしたいことは何だ? と自問自答して出てきた答えが――自分の料理で人を幸せにしたいということ。


 異世界に行くというのはある意味、生まれ変わることと同義なのかもしれない。

 だからこそ、今の自分とは違う何かになることもできるのだろう。


 だが、橙也はそれを望んではいなかった。今の自分から少しだけ違う何か。その少しの変化を異世界転送をきっかけに起こしたいのだ。


「こんなことをしているといろんな人間に会うが、お前のようなきちんとしたプライドを持った人間は見たことがねぇな。オレ様、気に入ったぜ」


「ちんちくりんなドラゴンに気に入られても嬉しくないなぁ」


「ああん? オレ様は神だぜ? 普通の人間ならおべっかのひとつでも使うんだけどな。ま、そういうところもお前のいいところだ」


 ドラコはパイプをくゆらせ、


「もう時間だ。異世界に転送するぜ」


 その時が来た。

 ドラコの話を聞く限り、これから向かう異世界は現代日本とはシステムが違う。

 大変なことは、おそらく多いだろう。しかし、そう悪いとも言い切れないものがあった。


 あとは自分の料理と信念で、しっかりと生きていけるかどうか。それは橙也次第だ。

 自分の事は自己責任でいい。


(だけど……)


 桃香を一人残すことになるのは気になるところだ。

 彼女もあと二、三年もすれば社会に出る。

 正直、自分よりしっかりしていると思うし、暮らしの面や経済的な部分ではあまり問題もないだろう。

 だが、過保護めいた気持ちだということはわかっていても、やはり桃香が心配になる。


 日常的には問題なくても、何か困ったことがあった時。

 実際橙也がいたところで何かできるかは怪しいところだが、話を聞くくらいはできるはずだ。


 しかし異世界に行ってしまえば、それもできない。

 桃香のことを頼む、とドラコに頼めばいいのだろうか? 人頼りなのも、その相手がドラゴンなのもどうかと思うが、先程の有無を言わなさない様子からいって、橙也が異世界に行かない、という類いの話は聞いてもらえないだろう。


 これが別れになると思うと、何も準備できていなかった自分に憤りを感じる。

 今回は転送だが、突然の事故死だって考えられるのだ。そう思うと人の別れというのは突然来てもおかしくないことになる。


「桃香……」


 橙也が口を開くと、


「待って」


 今まで顔を伏せていた桃香が声を上げた。

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