書籍試し読み『異世界健康食堂~アラサー栄養士のセカンドライフ~』

お米ゴハン/「L-エンタメ小説」/プライム書籍編集部

プロローグ 健康食堂


 ――美味くて健康的な料理はない。


 おかしな言葉かもしれないが、それがこの世界、オーベルにある国、ミレイスカイでの通説だった。


 そんな価値観が当たり前に存在する中、サンティメールという街には「健康食堂」と呼ばれる店があった。

 文字通り、健康に気を使った店だ。味も客が口を揃えて「美味い」というほど評判である。


 まさにミレイスカイでの常識を覆すような店。


 一見するとただの大衆食堂に見えるその店だが、昼食時、夕食時には騎士や教師、役人、主婦や子どもなど、様々な客が足を運び、とても賑わう。

 その賑わいは、並んでまで店に入る文化のなかった世界に「行列」という言葉を生み出したほどだった。


 そして今も、健康食堂では多くの客が料理を口にしていた。

 木造の建物内には大小様々なテーブルが並び、軽鎧に身を包んだ警備の兵や仕事を終えた商人が一息つき、食事を楽しんでいる。


「いやあ! わざわざこの街まで足を延ばしたかいがありましたね。これがあの味がしないトーフだなんて信じられませんよ。しっかりと味がついているし、この食感がたまらない! こんな形でトーフを食べるのもわるくない、いや、むしろトーフを好きになりましたよ」


 恰幅のいい商人が、向かいに座っている小柄な商人へ楽しそうに話しながら、豆腐のステーキを嬉しそうに頬張っていた。大声を出す度に顎の肉がたぷたぷと揺れているのも、彼のワクワクを表しているかのようだ。

 言われた小柄な商人も、クリームシチューを美味しそうに食べながら何度も頷く。


「肉以外の食べ物は食べ物じゃないと考えている私でも、野菜だらけのシチューが止まらなくなる。ああっ、幼い頃にこの店があったら、もっと違った人生を歩めたのだろうなぁ」


 野菜をあまり好まない彼だったが、長時間煮込まれて肉と野菜の旨味が溶け出したシチューはとても美味しく食べることができていた。

 そんな彼らをはじめ、満席の店内では多くの客が舌鼓をうち、健康食堂の料理を楽しんでいる。

 酒を出さない店なので滞在時間は決して長くないのだが、一組店を出ればまた一組入店し、満席の状態がしばらく続く。夜が深くなり人々が「飲み」へと移行するまで、周囲の客は健康食堂が独り占めしているのではないか、と思えるほどの賑わいだ。


 この活気は数年前までは考えられないことだった。かつて金をもらっても誰も入らないような店と言われていたことが嘘のようだ。


 では、なぜここまで人気になったのか。


 名前の通り、出される料理は健康を考えられたものだった。それは栄養バランスという概念が確立していないこの世界にとってはとてもめずらしいものであり、注目を集める要素でもあった。


 しかし一番の理由は、出される料理が美味しいからだ。


 ――美味くて健康的な料理はない。


 健康食堂は最初、そう目立つ店ではなかった。健康食というのを売りにオープンしたはいいが、「健康よりも美味いメシ!」という価値観の人々には受け入れてもらえず、店内はずっと閑散とした状況が続いた。


 だが、それはある一人の料理人が来てから変わった。


 ニホンという遠い国からやって来たとされる黒髪の青年、その料理人の名は――朝山橙也(あさやま・とうや)。自らを管理栄養士と名乗った。


 これは、異世界からやって来た管理栄養士・朝山橙也と健康食堂の成長を記した物語である。


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