師走のクリスマス

むらもんた

第1話

 キーンコーンカーンコーン

 キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴るのと同時に顔を上げる。


「はい。そこまで。答案用紙回収するぞー」


 先生が黒板の横にある丸時計に目を向けたあと、私ともう1人の男子生徒の答案用紙をサッと集めた。

 時刻は12時を指している。



 今日は師走しわすの二十四日……。なんだろう『師走』と『シラス』って似てるなぁ。と、どうでもいいことは置いといて。

 つまり何が言いたいかというと、今日は世間で言うところの『クリスマスイブ』というやつなのだ。街は手を繋ぐカップルやクリスマスプレゼントに胸を踊らせる子供達で賑わっている。

 だが、当の私はというと……教室で補習のテストを受けている始末。

 大学受験を控える身でありながら、期末テストでは赤点のオンパレード。本当に笑えない冗談だよ。

 そんな状況だから補習のテストを受けているのも私、水嶋美奈みずしまみなとクラスメイトの松田雅人まつだまさとだけだった。


 そんな辛い補習だったけど、実はそんなに嫌ではなかった。

 理由は一つ。本当なら休みで会えないはずの村瀬むらせ先生と理由はどうであれ、クリスマスイブにこうやって一緒の時間を過ごせているという事。


 29歳の先生は身長こそ180後半くらいあるけど、顔は特にイケメンというわけではない。優しい性格が滲み出ているようなホワッとした薄い顔をしていて、笑うと目が線のように細くなる。そこがまた可愛くてキュンとしてしまう。

 学生時代はその高い身長を存分に活かし、バスケで県の選抜メンバーとして国体にも出場したそうで、今でも体育教師をしながらバスケ部の顧問をしている。

 最初は別に何とも思っていなかったんだけど、先生のその男子女子関係なく平等に優しく接する姿や、常に私達生徒に一生懸命な姿を見ているうちに、いつの間にか惹かれていた。叶わない恋と分かっていながらも……

 下の名前はまことといい、私のイニシャルと先生のイニシャルが一緒の【M.M】だと知った時は、本当に些細な偶然なんだけど嬉しかった。



「よし。じゃあこれにて補習のテストは終わり! 2人とも気を付けて帰るんだぞ」


 先生が答案用紙を片手に教室から出て行く。

 先生はテスト中も終始ソワソワしている様子で、かなり時間を気にしていた。今日はクリスマスイブだから、きっと予定があるんだろうなぁ。なんてことを考えながら先生の薬指に光るシルバーのリングを見つめた。

 そんなにあからさまに急いでたら少し意地悪したくなっちゃうよ……。


「先生!」


 いつもなら生徒の騒ぐ声で溢れかえっている廊下だが、今日は私の声がよく響く。

 

「ん? どうした水嶋」


 いつも通り優しい顔で振り返る先生。

 本当は急いでるくせに、なんでそんな笑顔で接してくれるの?

 

「えっと……恋と愛の違いってなんですか? さっきのテストに似たような問題があったから、つい気になっちゃって」

 

 質問なんて別になんだって良かったの。少しだけ先生の時間を私に割いてくれればそれで満足だから。でもせっかくなら先生の恋愛観は聞いてみたいな。


「恋と愛の違い? それを俺に聞くかぁ……俺、体育教師だぞ?」

 

 先生は苦笑いしながら頭を掻いた。

 少し困らせちゃったかな?


「先生に聞きたいの! だって先生すっごく幸せそうだから」

 

 先生の薬指に光るシルバーのリングを指差しながらお願いをする。


 先生は照れながら

「そう見えるか? まぁすっごく幸せなんだけどな」と、少し恥ずかしそうにのろけた。


「多分だけど『恋』って人を好きになって、その人の事でドキドキしたり、嬉しくなったり、悲しくなったりする事なのかな。そう考えると『恋』って1人で相手を思う事なんだと思う。

 『愛』は好きになった2人が、お互いに一緒の時間を過ごす中で、色々なものを共有しながら積み重ねて、はぐくものなのかな。だから『愛』は2人でお互いを思い合う事なんだと思う。

 ごめん。これあくまでも俺個人の考えだからあんまり参考にするなよ〜。てか何真剣に語ってるんだ俺! 恥ずっ!」


 恥ずかしがる顔を右手で隠しているが、耳が真っ赤になっていてこれまた可愛い。

 けどすぐに先生の答えからは奥さんとの絆みたいなものが感じ取れて少し妬けた。


「ふむふむ。『恋』は1人で相手を思う事で『愛』は2人でお互いを思い合う事ね。メモメモ」


 私は左手をメモ帳に見立てて、メモを取るジェスチャーをした。


「おい! 絶対おちょくってるだろ! 大人をからかうんじゃない!」


 そう言って先生は出席簿で私の頭を軽く叩く。

 

「ごめんなさぁい。ぷ……ぷ……あはははっ! なんか笑ったら受験の不安とか吹っ飛んじゃった」

 

「おっ? なんだなんだ? 受験生がお悩みですな。先生が聞いてあげましょうぞ」


 ほら、もう私の事に一生懸命になって、自分が急いでる用事を後回しにしてる。

 でも、今日はクリスマスイブだから、もう少しだけ先生の優しさに甘えさせてください。


「はぁ。最近うちの父親がね『良い大学入らないと幸せになれない』って脅してくるんだぁ。言いたいことは分かるけどプレッシャーが凄すぎて……」


「なるほどなぁ。確かにお父さんの言うように良い大学に入って選択肢を広げることは大事なことの一つだと思う。けどな個人的には『幸せの定義や条件に決まったものはない』って考えてるぞ。

 だってさぁ、俺たちはみんな別々の人間で考え方や価値観もそれぞれ違うだろ? だから水嶋の幸せが親御さんの幸せや俺の幸せと同じ必要はないんだよ。やり甲斐のある仕事について周囲に認められるのも、ひたすら趣味に打ち込むのもいい。結婚して家庭を持って、家族で楽しく過ごすのだって、どれも本人が生き甲斐を感じ、幸せだと思えるならそれでいいんだと思う。

 その為に18〜25歳くらいの時は色々な事にチャレンジして全力で楽しんで視野を広げたらいいのかなって思うよ。だからどんな学校に行ったって、どんな失敗をしたって幸せになれないなんて事は絶対にない!」


 なんでだろう。先生の一生懸命に話してくれた言葉達が、胸に引っ掛かっていたものを綺麗に流してくれる。

 溢れそうな涙をグッと堪えて笑顔を作る。


「先生。ありがとう」


「俺は先生だからな。生徒が悩んでいたら全力で向き合いマッスル!」と言いながら、なんかよく分からないボディービルのポージングをとっている。


「……」


「ゴメン! 今の無し! クソ滑った」


 焦る先生の姿が妙に笑える。


「ぷっ、あはははっ! ほんとクソ滑ってるよ」


「笑い過ぎだよ! まぁさっきのはあくまで俺の持論だからな。頭の片隅にでも置いといてくれ。

 あっ! あとな、幸せになるにはコツがあってな『幸せのハードル』ってのを低くしておくといいぞ! 例えば時間とかだとわかりやすいかな。自分がいつ死ぬかなんて誰にも分からないよな? 明日かもしれないし、60年後かもしれない。そう考えるだけで時間は限りあるものなんだって意識できて、いつもなら気にも留めないような色々なことに、感謝できるし全力で向き合える。

 それが『幸せのハードル』を低くするってことで、幸せのコツな! まぁこれも持論だからな」


 先生の言っていることはなんとなく分かる。先生と一緒に居れるあと数ヶ月の高校生活。意識し始めてから一分一秒がものすごく大事に思えるし愛おしく思えた。


「幸せのハードルかぁ。そんなの意識したことなかったなぁ。ありがとう先生。てか急いでたけど何か用事あったんじゃないの?」


「あっ! そうだった! てかやばっ、もうこんな時間になってる。今日の課外授業はここまでということで!」

 

 スマホで時間を確認した先生は慌てて歩き始める……が窓を見てすぐに足を止めた。


「水嶋! 見てみ、雪だよ雪。こりゃホワイトクリスマスだな」


「師走の空に雪降りし時、貴方を想いながら目を瞑る……かぁ」


 ふと窓から見える雪景色がさっき受けていた現代文のテストの詩と重なる。


「おっ。さっきのテストの詩だな。勤勉でよろしい。 てか、昔からずっと思ってたんだけど『師走』と『シラス』って似てないか?」


「はぁ? に、似てないよ全然! てか先生ムードなさすぎだし」

 

 こんな時素直に『私も思った』なんて言えたら可愛いのに、それが出来ない。

 本当に不器用で嫌になる……

 まぁだけどやっぱりこういう些細な偶然が凄く嬉しいなぁ。


「そうかぁ? 似てると思うんだけどなぁ……まぁいっか。よっしゃ帰ろう! 水嶋も気を付けて帰るんだぞ」


 少し不貞腐れた顔をしながら、先生はまた歩き出した。そしてそれを見て私も反対側に歩き出す。

 


「先生! メリークリスマス」


 少し離れた先生に私は大きめの声を投げかける。

 最後の最後にサンタからプレゼントももらえたし、この嬉しい気持ちを一言どうしても伝えたくなっちゃった。

 

「おう! 風邪引くなよー」


 



「師走とシラス……やっぱり似てるなぁ」


 1人歩く廊下。誰にも聞こえないような小さな声で私は笑いながら呟いた。


 


 


 

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