247番の君へ

金木星花

247番の君へ

 今日、3月31日を持って、私と君はお別れです。

 お別れの前に、きちんとお話をしたいのでここにそれを記します。



 *


 私が君と初めて出会ったのは、2年前のこと。私が高校受験で、第一志望校である公立に落ちてしまい、滑り止めで受けた私立高校に通うことが決まってすぐのことだったね。


 その日は学校説明会があるとかで、学校に行かなくてはなりませんでした。

 最寄りの駅までは徒歩で40分ほどかかるので、自転車を使って行くことにしました。ついでに、今のうちに駐輪場の登録もしておけと親に言われたので、いくらかお金を持って出かけました。


「ただでさえ私立の学校になってしまったのだから、それ以外の部分は節約しないと……」という思いもあって、駅の近くの駐輪場の中で最も安かった市営の駐輪場へ行きました。

 その駐輪場の中でも、一階と二階が選べます。もちろん、雨晒しになってしまう二階の方が安いので、私は二階を選びました。

 そこで、駐輪場のおじさんに言われた番号は……「247」番。

 私、思わず笑っちゃた。だってさ、「274」とかなら、千葉県船橋市の有名なマスコットキャラクターの数字だから覚えやすいよ? だけど、「247」って、すんごい中途半端じゃない? 君、絶対パッとしない子だよね?


 まあ、私は苦笑しながらも君に会いに行きました。

 その日は雨女の私にしては珍しく、晴天でした。


 君はお行儀よく、そこにいました。駐輪場の置き場なんだから、動くわけないじゃん。そう思うかもしれないけど、私の君の第一印象はそれでした。


 ところどころ汚れはついてるし、電信柱がすぐ真横にあるせいか鳥のフンが付いてたりもしていて、お世辞にも優秀な自転車置き場とは言えなかったな。

 それでも、私は君のところに自転車を置けて良かったと、今なら思えます。



 4月になって、いよいよ高校生活がはじまりました。

 買ってもらったばかりの桜色の自転車に乗って、君のもとへ走ります。慣れない早起きのせいで、眠い目をこすりながら。慣れないローファーのせいで、靴擦れを起こしながら。

 鉄の階段を自転車と一緒に登ると、君はいつもすました顔で私たちを待っている。

 朝早いせいか、君の周りはいつもすっきりしていました。だから私も、自転車をすんなり入れることができたな。

 問題なのは帰り。ぎゅうぎゅう詰めで自転車が置かれていて、私は自分の自転車を引き出すのに苦労しました。スタンドを立てたまま、無理やり引き出したりしたせいで、君に傷がついちゃったこともあったね。本当にごめんなさい。



 6月。梅雨の時期です。

 私は金欠な女子高生なので、極力バスを使うのは避けています。なので、学校帰りに大雨が降っていても、大抵は自転車で帰るようにしてました。

 その日も私は雨の中、自転車で帰ろうとしていました。

 頼りない折り畳み傘を差しながら、君のもとへ向かうと……二階に置いてあった自転車のほとんどが、風のせいで倒れていたのです。

 当然、私の自転車も倒れていると思いました。私は運が悪いので、こういうときは大抵悪い方のことが起こるのです。


 だけど、きちんと立っていた。


 それは、自転車がすごいんじゃないの? って他の人は思うかもしれないけど、私は君がきちんと私の自転車を守ってくれたんじゃないかなって信じています。



 1月。記録的な大雪が降りました。

 大雪が降った翌日。道が雪と氷で埋まっている中、やはり私は自転車をこいで君のもとへ向かいました。あとで親には怒られました。どっちかというと、呆れられたんだけど。

 大雪、舐めてました。全然進めない。

 仕方なく、車のタイヤの跡に沿って進みました。車道なんて、一番危ないのに。


 そんなこんなで、なんとか駐輪場に辿りつきましたが……ここからが難題でした。


 駐輪場のおじさんたちは、総勢で雪かきをしてくれていました。しかし、まだ一階だけ。

 足首まですっかり雪に埋もれながら、階段を登り、何度も滑りながら二階へ着きました。


 一面真っ白でした。

 足跡一つ残っていません。


 もちろん、地面に印字されている番号は見えませんでした。


 だけど、私には君の居場所がすぐわかったよ。


 私は迷わずそこへ行きました。

 足で雪を退けると、そこにはきちんと「247」の数字が刻まれていました。


 私が君を見つけた時、君、嬉しそうにしてたでしょ。知ってるんだから。




 *


 君はちょっとパッとしないけど、仕事をきちんとまっとうするし、真面目だし、良い自転車置き場だったよ。


 君の場所は居心地が良かったです。


 そして、今年の4月から、私はちょっと値段のお高い一階の駐輪場に変えます。

 君の居場所はとっても好きなんだけど、やっぱり雨の時とかは一階の方が楽なんだ。

 薄情者でごめんなさい。

 だけど、君のことが嫌になって場所を変えたわけじゃないんだよ。だから許してね。


 2年間、短い間だったけど、私の自転車を守ってくれてありがとう。

 今日が君のオーナーでいられる最後の日です。


 最後まで、真面目な仕事ぶり、格好良かったよ。



 4月からの私の置き場の番号は「167」番です。「7」は同じだね。もしかして、君の親戚かな? もしそうだとすれば、きっと君に似て真面目に違いない。


 オーナーではなくなってしまうけど、時々君の様子を見に行こうと思っています。新しいオーナーさんの自転車もきっちり守るんだよ? 別に、私に遠慮とかしなくていいからね?



 でも、たまには私と私の桜色の自転車のことも思い出してください。それだけで私は十分です。



 それじゃあ、またね。

「247」番、私の大切な友達へ、感謝を込めて。






 2018年 3月31日 君の元オーナーより





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

247番の君へ 金木星花 @kaneki-hoshika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ