地球人殺処分ゼロ計画

詩一

地球人殺処分ゼロ計画

 男性は精巣を、女性は卵巣を取られるという奇怪な事件が起きた。


 一夜にして15名の人間がその被害を受けた。しかも全員が寝ている内に痛みもなく、されたのだ。これにより被害の発覚も遅れた。腹部に何やら縫合ほうごうあとらしきものがあるということと、全然性欲が湧かない、生理が来ないということから、医者に行き、精密検査をしたことでようやく判明したのだ。


 判明してから自分にもそれらしき痕があるという者が現れだし、あれよあれよと言う間に被害者数は増えて行った。その数、たった一か月で500人以上。


 大概たいがい、こういう事件は愉快犯ゆかいはんの犯行によるものと見立てるのだが、被害者数の膨大ぼうだいさ、犯行そのものの難しさ、また専門医の知識とスキルの必要性を考えたら、それはないだろうとされた。


 では一体誰がどうやって行ったのか。


 謎は解決されないまま、警察をあざ笑うかのように犯行は繰り返された。


 そんなある日、一人の記者が怪しい円盤を見たと騒ぎ出した。それ以降、メディアはその話で持ちきりになり、今回の犯行は全て宇宙人の仕業なのではと噂された。


 そんな馬鹿な。と誰もが思っていた。が、もしかしたらという気持ちもどこかにあった。


 奇怪、不可解、不可能な犯行。時同じくして飛び回る怪しい円盤。この二つが符合するのは意外にも早かった。自室にカメラを設置して寝た人が、被害にあったのだ。

 その映像にはベッドで眠る人に一条の光が射し、一瞬で姿を消す様と、何事もなかったかのようにベッドに戻ってくる様が映っていた。もちろん合成などではない。これにはメディア各局だけではなく、警察、国家が動かざるを得なかった。もう既にそのカメラの映像が提供されたころには被害者数が万を超えていたのだ。人には不可能な犯行であることは、火を見るより明らかであった。だから、後はもう宇宙人の存在を信じる材料を待つばかりの状態であったのだ。


 何とかして宇宙人の犯行を止めたいが、迅速かつそつがない。しかし止める事は無理でも、オペの最中にインタビューをすることはできないか。そんな奇天烈きてれつな考えを持つテレビ局の人間がいた。


 そしてその人間は遂にカメラとマイクを持った状態で宇宙船に入ることに成功した。厳密には誘拐されたというべきだが。


 それはライブ放送であった。世界中の人間が固唾かたずを飲んで彼のインタビューを見た。


「こ、こんばんはー」


 宇宙人は、地球人が想像するような大きな黒い目をした小さい銀色の生命体ではなく、人間然としていた。純白のころもまとったその姿はどこか神々しさもあった。


 その宇宙人は人間サイドの呼びかけに、首を傾げた。


「起きていたのか」

「お、起きていました。というか、その、あなたは日本語を話せるのですね」

「君の言語レベルに合わせて話しているだけなので、話せるというのとはまた違うが、まあ、君の理解したいように理解したまえよ。あと、君が起きていても手術は続けるから、できれば見ていない方が幸せだと思うけれども、どうするね」

「オペの作業している付近は見ない様にします。怖いので。それよりも、私はあなたとお話をしたいが為に寝たふりをしていました。このままあなたとお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「構わないよ」

「あと、今のこの映像、実は世界中に流れているのですが、その辺もご了承いただけますか」

「構わないよ」

「ではさっそくですが、インタビューです。お名前は?」

「君たちの言うところの名前と言う概念がいまいち解らないが、そうだな、アルファと呼んでくれればいい」

「ではアルファさん。私たちは、アルファさんを宇宙人だと思っているのですが、そうなのでしょうか?」

「君たちが好みそうな言葉で返すなら、私からしてみれば君たちも宇宙人だよというところかな」


 ――ブス。麻酔を指した音らしい。これからオペが始まる。自分の生殖器が取られてしまうという状況にもかかわらず、彼はインタビューを続ける。


「アルファさんはなぜこのような事をしているのでしょうか。我々に何か恨みがあるのでしょうか?」

「恨みなどないよ。君たちは我々の愛玩あいがん動物だからね」

「え。えっと、愛玩動物と言うのはつまり、私たちの星で言うところの、猫や犬といった動物だということでしょうか?」

「そうだ。それ以上も以下もない。だから恨みなど有り得るわけがない。わかるかな」

「ええ、まあ。確かに私たちも犬猫に対して恨みを抱くようなことはありませんが。では、どうしてこのようなことを?」

「君たちの為に行っているのだよ。捨て地球人や、保健所に収容されている地球人を、君も知っているだろう?」

「え、は? あの、すみません。初耳です」

「ああ、君たちの言語で言うとややこしいな。そうだな。君たちが言うところのホームレスというのは捨て地球人だ。そして君たちが言うところの刑務所が保健所で、ついでに言うなら死刑囚たちは殺処分が決まった地球人だ。これだけ噛み砕けばわからないか?」

「……えっと、なんとなく」

「捨て地球人と保健所で死を待つ地球人を見るのは可愛そうなのだよ。我々としてはそんな状況を放っておくことはできない。そこで、飼い地球人の去勢きょせい術に踏み切った次第だ」

「すみません。飼い地球人と言うのは誰の事を指すのでしょうか?」

「君だよ。いや、君たちと言うべきか。君たちは我々に飼われている存在なのだ。疑わしいだろうから証明するよ」


 アルファは片手を上げ、何かを呟いた。その言語はこの地球上のものではなく、リポーターにも意味は解らなかったが、程無くして仲間とおぼしき宇宙人が現れたので、先の行動は仲間を呼んだのだと理解した。


「君の飼い主だ。まあ、ベータと呼んでくれればいい」

「ベータさん。……私の、飼い主ですか。飼い主?」

「そうだ」


 アルファはベータに向かい、何やら相談している。そしてベータがリポーターの前に立つ。


「今からベータは君に指示をするけど、君は指示の通りに動かない様に体を動かしてみてくれ」


 ベータはリポーターに指示を出す。


「待て」


 言われたリポーターは必死で体を動かそうとするが、ピクリとも動かない。先の麻酔の所為ではない。もしも体が全く動かないほどの効力であれば、上体を起こしていられないはずである。


「右向け」


 左を向こうとしても右を向いてしまう。


「八時のニュース」

「こんばんは。八時のニュースです」


 お辞儀をするところまで、完璧に操られていた。

 アルファは片手を上げ、ベータに何やら言う。するとベータはすっと姿を消した。


「わかったかな。君はベータに飼われている地球人なのだよ。君たち地球人は夢と呼んでいるものがあるが、そこで見ている景色は全て我が惑星で起きたことだ。君たちが眠りに落ちた瞬間に、飼い主たちが自分の惑星へ召喚し、遊んでいるのだ。無論、精神だけをこちらの惑星に在るに入れているから、肉体は地球に残ったままだが。寝たのに全然疲れが取れていないと思う時があるだろうが、それは遊んでいるからに他ならない。子供の時に睡眠時間が長く、たくさんの夢を見るのも、子供の頃の方が宇宙人に可愛がられるからだ。あと、老人になってからなかなか夢を見ないと言うが、それは飼っている宇宙人が死んでしまったか、もしくは飽きてしまって遊ばなくなった所為せいなのだよ」


 リポーターは放心状態で頷く他ない。


「君がリポーターになったのもベータがそうさせたのだ。君たちの言葉で言うなら、操られているということになるが、我々は全く持ってそういうつもりはない。むしろしっかりとしつけをしなければ、周りの宇宙人に笑われるからね。お前の家の地球人は馬鹿だなと。だからたまに、言うことを聞かないからと言うだけの理由で捨ててしまう宇宙人もいるのさ」


 アルファはメスとも形容しがたい異様な刃物で巧みにリポーターの腹部を切り開いていく。穴はかなり小さい。


「これは我々の判断ミスと言うか、需要と供給のバランスを間違えてしまったのが全ての原因だと思われる」

「何の話でしょうか?」

「君たち地球人の繁殖はんしょくスピードに、我々宇宙人がついていけなかったのだ。これは繁殖を控えさせる必要がある。その判断が遅かった。もっと早くに去勢術に踏み切っていれば、去勢する地球人の数も減っていただろう」

「ちなみに、あと何人ほど去勢のご予定ですか?」

「目標は20億人だ。だが果たして私が生きている間に終わるか。地球人病院医師の数は、普通の医師よりも数が少ないのだ。しかし諦めるわけにはいかない。これ以上不幸で可哀想な地球人を増やしてはいけないからね」


 リポーターはそれを聞いて、カメラを自分に向ける。


「お聞きになりましたでしょうか。宇宙人、いや、我らの飼い主たちは、どうやら私たち地球人の内20億人に去勢術を施すつもりです。なんというエゴイズムでしょう」

「エゴイズムと言うのは聞き捨てならないな。私たちは地球人の為に毎日働いているのだから。全ては捨て地球人、殺処分ゼロの為なのだから」


 リポーターは薄れゆく意識の中で、ふと思った。


「先程、宇宙人は自分の飼っている地球人と遊ぶために、我々の眠りを利用すると言っていましたが、これも、もしかして、夢、なのでは……?」


 そこで彼の意識は途切れた。



 レース越しに貫く陽射しに彼は身をよじって起きた。

 やはり夢だったのだ。

 ほっと胸を撫で下ろし、布団から出てパジャマを脱いだ。


 腹部には小さな縫合ほうごうあとが残されていた。

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