死人メモリー鑑賞会
詩一
死人メモリー鑑賞会
不死。
それは、この世の名だたる大富豪がどれほどお金を積んでも手に入れられないものである。
人は死に抗うことは出来ない。あらゆる医学を積み重ね病気を取り除いたとしても、肉体は必ず滅びる。しかし肉体の不死ではなく、精神的な不死は作り上げる事が出来るのではないかと考える科学者がいた。その科学者は研究を重ねて、遂にある装置を完成させる。
それは、死体の脳の細胞からその人物の記憶を抜き取り、映像化するというものだった。
人は死ねば記憶が失われる。過去にどれだけ
この技術が開発されたことを受けて、日本中の富豪達が集まった。富と名声を極めた人間が、辿り着きたい境地。不死。自分の人生そのものを記録し、出力してくれる装置。自分が死んだときには是非とも脳の細胞をその装置に入れて、我が家族に見せてほしい。この家の
皆が装置を欲しがったが、これを使える人間は限られた。何せ世界初の装置であり、まだ大量生産できる域には達していない。しばらくは三台の運転のみに限られる。使用料は一台十億円と言う値が付いたが、三つの使用権はすぐさま売り切れた。
この装置を手にした富豪はその日から希望に満ちた余生を送った。何せ死が怖くないのだ。この装置がある限り、自分は末代まで語り継がれ、永遠に尊敬され続ける。もはや今から自分の死が待ち遠しとさえ思っていた。そしてその待ち遠しい日は遂にやってきて、大きな葬儀の後、家族と親戚のみが残って、死者の死を
礼服を着た初老の男が皆の前に立ち説明を始める。
「この装置は故人
部屋の明かりが落とされ、スクリーンに金成の記憶が映し出される。
初めは金成の母親と思われる女性が映り、父親が映り、次々に場面が変化していく。音も再生されていた。習い事や勉強に明け暮れる日々。そんな中抱く恋心。反抗期。難関と言われていた志望校への合格。まるでドラマを見ているようであった。
だが、一部上場企業への入社をした辺りから徐々に雲行きが怪しくなる。上司への過度のアピール。台頭してくる同僚への嫌がらせ。昇進の為ならば人一倍努力する分、人の十倍以上
上映途中で気分を悪くして退席する者も出てくるほどであった。しかし一代にして財を成すということはこういうことであった。正義
この中のほとんどの人間がこの映像を見るまでは、自分も金成同様記憶をこの装置により映像化させ、精神的な不死を手に入れたいと思っていた。しかし、この映像を見て意見は変わった。精神的な不死の為にこのような
だが唯一人、彼等とは別の考えを抱く者がいた。
大財全金成の孫、
幸継本人ではいけない。会社を大きくする為、金成同様に罪を犯してしまった。こんな記憶を次世代にまで語り継がせるわけにはいかない。だが、間壱を完璧な聖人君子に育て上げる事が出来れば、間壱は精神的な不死になれる。それこそ地位と名声を兼ねそろえた完璧な主人公が完成するのだ。そしてそれを皆が見て、この人を習って生きようとする。それはもはや宗教にすらなり得ると幸継は確信していた。
幸継は間壱に社会のルール、マナー、道徳を徹底的に教え込んだ。相手を思いやる気持ちを持ち続けること。誰も見ていないからと言って悪い事をしてはいけないこと。どんな困難にも臆せず立ち向かうこと。人を傷つけてはいけない。
間壱は幸継の真剣な教育に応え、道徳心に溢れた青年へと成長していった。容姿
幸継は間壱が二十歳になる頃、装置の話を聞かせた。
「自分が死んだとき、その装置により、記憶が暴かれるのだ。だからこれからも清く正しく生きて、ズルをしたくなる局面が現れても決して折れぬ心を持ち続けて欲しい。私は正直悪い人間だった。間壱をこんなにも正しく育てたのは、もしかしたら私の心の中に
俯く父の手を握り、間壱はにっこり微笑んだ。
「お父さんは、僕がこの世界で一番尊敬する人です。決して悪い人ではありません。顔を上げてください」
間壱は立派な聖人君子へと成っていた。
それから間壱はただ父の言うことを聞くだけではなく、積極的にボランティアや海外支援活動に参加していった。その中で
幸継は完璧な聖人君子へと成長した我が子を見て満足をし、誇りに思い、幸せに満たされ、八十歳の頃に逝った。
そしてそれから更に年月は流れ、間壱は七十歳の時、病院で静かに息を引き取った。
幸継が企てたこの計画は、皮肉にも最愛の息子の死によって
葬儀がしめやかに行われ、最後に間壱の息子であり今回の葬儀の喪主でもある
「もう既にご存じの方はいらっしゃるかと思いますが、世の中には死んだ人間の細胞から記憶を抜き取り、映像化して出力する技術があります。我が祖父はその存在を知り、父を全人類に誇れる存在として育て上げたと聞いております。実際我が父は誇れる存在であり、父の生き様を皆様に見て頂けるのであれば幸いと思います。しかし、この度はそのような装置は準備しておりません」
それを聞いていた親族たちがざわつく。機械の存在とそれを使った結果、そしてその結果を踏まえた上で間壱を育てた幸継の事を、親族一同知っていた。それゆえ心待ちにしていた者も少なくない。何しろ非の打ちどころのない完璧な道徳者であったのだ。皆に
「理由を聞かせてくれないか? 間壱伯父さんの
良人は息を吐き、間を置いた。
「我が父間壱は装置の利用料十億円を用意しておりませんでした」
会場内が静まり返った。
「これは父の尊厳と誇りを守る為に言いますが、そもそも、正義を貫き、不正をせず、正々堂々と働いて十億と言う額のお金を貯金することなどできるわけがないのです。一般的なサラリーマンの生涯賃金が二億円と言われている昨今、仕事の他にもボランティアや海外支援に活発に参加していた父ならばなおの事です。寧ろ自分の身に余ると感じたお金は全て募金に回していましたので、生活水準はここにおられる親族の方々の中では、一番低かったと言えるでしょう。そんな生活の中でもし十億と言うお金が手に入るとすれば、それはやはり犯罪に手を染めるしかありません。何か汚い事をしなければ財を成せないのです。これは高祖父金成が示したと幸継より聞いております」
聖人君子、
「皆様が考えられる不死に我が父は到れませんでした。ですが、私は父に育てられ、父の教えを守り、父と同じ道を歩んでいます。人に優しく、自分に厳しく。悪を見れば義を以って征し、またその悪にも慈愛の心を持って接する。
葬儀は終わり、親族たちはまばらに帰って行った。
しかしその後で数人が残り、良人たちを取り囲んでいた。
「どうかうちの子達にも間壱さんの教えを聞かせてあげてくださらないかしら」
「間壱さんのような人にうちの子もなれたらと思うの」
親族の内、特に間壱に世話になった者たちであった。
「では、いつでもうちへいらしてください。大財全家とは思えないほど貧乏な家で、大したおもてなしもできませんが、週に数回お子さんと遊ばせて頂ければ、うちの子も喜びます」
こうして幸継の間壱不死化の計画は失敗に終わった。だが、彼の精神はこれからも代々受け継がれ、
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★137 エッセイ・ノンフィクション 連載中 50話
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