怪画
武州人也
怪画
その昔、江戸で老中田沼意次が
とある上方の豪商の子息に
その日、庄二郎は、長らくの学問に疲労した目を癒すために、街を逍遙しつつその御目に適う美少年の姿を求めていた。学問することは決して苦ではなかったにせよ、長らくすれば
がっくりと肩を落とし、帰路に就こうと思い始めた庄二郎の目にふと、一枚の売り物の絵が留まった。よくよく目を凝らして見てみると、それはどうやら元服前の、前髪を残した少年の絵のようであった。近寄って見てみると、まさしく庄二郎の好みの、整った顔立ちの美少年が描いてある。それほど高い物でもなかったので、庄二郎はこれを買い求めて意気揚々と持ち帰り、
「
部屋の中で一人、庄二郎は絵を眺めながら呟いた。
それからというもの、庄二郎は学問も、若衆の品評の為に外を
暫くして、庄二郎の父親と親交があり、庄二郎自身もかつて学んだ初老の一向僧が見舞いに訪れた。庄二郎は疲れ果てたのか、座して俯くばかりであったが、その容貌は
変わり果てた庄二郎の姿に唖然としていた僧の目に、件の美少年画が留まった。それを見た僧は忽ちに
「これはとんでもないものだ。」
僧はこの絵のことを知っていたのであった。この僧の言う所に拠れば、絵の美少年はかつて実在した人物であるが、この絵に描かれたあとに衆道絡みの争いで落命しているのだという。さらに言えば、この絵にはいみじき呪いかかり、所有者を忽ちに狂わせてしまうと言われている。特に男色癖の甚だしい者ほどこの絵に魅入られ呪いを強く受けてしまうのだそうだ。
庄二郎の父はその顔に
僧は絵を持って寺に至ると、庄二郎の父が見守る中、お焚き上げの支度を始めた。
これで息子が助かるのならそれで良いのだが、と、安堵半分、
しかし、それは遅きに失したのであった。庄二郎が寺の門を
それからの庄二郎の様子と言えば、絵画の呪いから放たれて以前の彼に戻った、とは行かなかった。絵が燃やされてから三日後に、庄二郎は突然姿を消したのである。さんざんに探し回った結果、彼は既に亡き者となっていることが分かったのであった。既に物言わぬ
遠く異朝をとぶらえば、衛の
近く本朝を
読みながら庄二郎の父は、既に息子のこの世に無いことを思い、涙で袖を濡らすのであった。
それから二年ほど経ったある春の日のこと。
庄二郎の両親も兄弟も、彼の死から立ち直り、明け暮れに馴染みつつあった。
一家は蔵の整理をしようと、総出で屋敷の蔵に入り物品の仕分けをしていた。大家である故、あれやこれやの
蔵に入った庄二郎の父は、埃の臭いにまみれながら、一枚の絵を見つけた。はて、このようなものはあったか、と、怪訝に思いその絵を手に取った父であったが、その絵を見た父は、忽ちに顔色真っ青になり、言葉を失った。
父が手に取ったその絵には、頬を紅に染めながら秋波を送る美少年と、その美少年に今にも抱きつかんとする庄二郎が描かれていた。
「庄二郎は絵の中の者に連れていかれてしまったのだ。」
蔵の中で、庄二郎の父はあまりの恐怖に声を震わせて呟いたのであった。
その後、この呪われた美少年画の行方は知られていない。庄二郎の父が件の寺に持っていき、僧によって焚き上げられたと言われている。然れど、ある書生が美少年の絵を手にして周囲に誇らしげに言いふらした後に行方知れずになったとか、とある浪人がこの絵を手に入れようとしたが断られ、所有者を切り殺して絵を奪った後暫くして自らも割腹したとか、そのような薄気味の悪い話が、幾つか聞かれたようである。
庄二郎は唯々絵を失った悲しみで命を絶ったのか、それとも本当に絵の美少年に連れていかれたのかは、最早誰にも分からない。
怪画 武州人也 @hagachi-hm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます