違ってよく似たあなたの背中

荒野豆腐

アデリーと謎のフレンズ

「フルル~。今日はこの黄色いジャパリまんを食べます。ムシャムシャ……うん、おいしい。口の中にカレーの味が広がって、おいしいです」

 幸せいっぱいといった様子でジャパリまんを味わうフルルと、それに合わせるかのように流れる「おいしそう」「私も食べたくなってきた」「プリンセスがもっとも恐れたけもの」などといったコメント。

「うわぁ、フルルさんのこの動画また伸びてる。いくらアイドルと言ってもやってることはただジャパリまんを食べてるだけなのに」

 などと言いつつも動画を最後まで視聴してしまうアデリー。

 そう、これは動画の中の出来事なのである。

 フレンズ専用動画サイト「Japari tube(ジャパリチューブ)」のサービス開始され、それに伴ってタブレット「Japari pad(ジャパッド)」がフレンズたちに配布された。

 好奇心が強く娯楽に飢えているフレンズたちがそれに飛びつかない道理はなかった。

 ジャパッドには文字の読み上げ機能と音声入力機能がついていた。文字の読めないフレンズたちにも大変優しい設計である。

 そんなわけでJapari tubeには日々フレンズたちの手で動画が投稿されるようになったのだ。

 どんな動画が投稿されているのか例を挙げると「サーバルとの本気のジャンプ力勝負」、「へいげんのフレンズたちで相撲大会」、「うどんの作り方」などである。

 中でも閲覧数の伸びが著しいのがPPPのメンバーの動画だ。その内容は練習風景の撮影やダンスの振り付けの解説、ボツになったパフォーマンスの紹介などさまざまである。

 やがてPPPの熱心なファンの中から踊りと歌を「完コピ」して投稿する者が現れるようになった。いわゆる「踊ってみた」「歌ってみた」動画の誕生である。

「再生数どうなってるかな……あっ、また『みずべのパプアさん』がコメントしてくれてる、ほんと奇特な方だなぁ」

 そう、何を隠そうアデリーペンギンのアデリー、彼女もまたそんな投稿者の一人なのだ。

「キングに唆されて投稿させられたけど、反応がもらえるのはなんだかんだ悪い気はしませんね」

 事の始まりはこうだ。

 ある日キングがこんなことを言い出したのだ。

「なぁアデリー。お前ジェーンのダンスを本人そっくり踊れるじゃないか。動画撮って投稿したらどうだ?」

「嫌に決まってるじゃないですか……っていうかなんで知ってるんですか!?」

「なんでも何もお前がこっそり踊っているところを見かけたからな、ヒゲッペと一緒に」

「ヒゲッペも!?!?」

 ショックのあまり暫時絶句するアデリー。

「……それ、他のみんなに言わないでもらえますか?」

「別にいいけどその代わり今ここでもう一度踊ってみせてよ」

 そう言われてアデリーは渋々ながら歌と踊りを披露してみせた。

「やっぱり上手じゃないか。本人そっくりだったよ。……ところでヒゲッペ、どうだ?ちゃんと撮れた?」

「ああ、歌も踊りもばっちり撮れたぜ」

「……はい?」

 見るとヒゲッペがジャパッドを自分の方に向けているのが確認できた。

「何撮ってんですかあああああああ!!??」

「やべぇ逃げるぞ!」

「おう!」

「待てやゴラアアアアアア」

 さてその後。二人をとっ捕まえたアデリーは正座させて説教した。

「ごめん、やり過ぎだったよ」

「悪かったぜ、この通りだ」

 しかし、ヒゲッペとキングはこう言うのだった。

「けどよぉ、これだけ上手く踊れるならわざわざ隠すことないだろ」

「同感だよ、投稿したっていいと思う」

「おだてたって無駄ですよ」

 にべもなく二人の提案をはねのけようとするアデリーだったが。

「ジー……」

「そんなもの欲しそうな目線を送ったってダメです」

「ジー……」

「……一回。一回だけですよ」

 二人の執拗な視線攻撃に屈してしまったのだった。

(まあ投稿したところで地味な私が踊っている動画を見ようなんて物好きはまずいないでしょうし……)

 そんなことを考えていたアデリーだったが、ほどなくしてそんな彼女に熱烈なファンが付いたのだった。

 そのファンこそが他ならぬ「みずべのパプア」である。

「すごく綺麗な踊りですね。見ていてついついうっとりしてしまいます」

「今回もキレがあって素敵ですね!1分55秒あたりのところなんて本当に最高です!」

「アデリーさんが踊っている姿は本当に楽しそうでなんだか私も踊りたくなります」

 彼女(?)から寄せられる丁寧なコメントに対しアデリーは

「そんなに褒めたって何も出ませんってば」

 などとこぼしつつも後押しされるかのように動画をアップロードするのだった。

「それにしてもなんで本名は内緒なんでしょうか?どうしても腑に落ちないですね」

 基本的にフレンズたちはハンドルネームというものを使わない。もちろん種族名の長いフレンズは周囲からの呼び名を用いるが、それも結局本名の延長線上にあるに過ぎないと言える。彼女たちのほとんどは素性を隠す必要性を感じていない、というかそもそもそういった発想自体を持っていないのだ。

 ところが、「みずべのパプア」の素性は完全に謎に包まれている。彼女のHNとコメントから、おそらくみずべちほーで暮らしていて礼儀正しくマメな性格の持ち主であると推測したアデリーだったが、真相は依然として闇の中である。

「みずべのパプアさん……一体どんな方なんでしょうか」

 ふと気づくとアデリーはミステリアスな彼女のことが頭から離れなくなっていた。

「会いたいな……」

 知らず知らずのうちに自分の口から発せられた言葉にアデリーは驚愕した。

「会いたい?地味でコミュ障の私が知らないフレンズと?いやいや何をそんなバカなことを……」

 しかし、打ち消そうとすればするほど想いは湧き上がってくるのだった。

 HNのベールに隠された彼女の素顔が知りたい。一体どんなフレンズなのか、なぜこれほどにも自分の動画を気に入ってくれているのか知りたい。それが全てだった。

 やがてアデリーは観念したようにため息をつくと、メッセージをしたためだした。

 もちろん宛先は「みずべのパプア」である。

 何度も書いては消しを繰り返してできあがった文面はシンプルなものであった。

「いつも応援ありがとうございます。一回投稿しておしまいにするつもりがパプアさんのコメントのおかげで投稿を続けることができました。いきなりで申し訳ないですが実は何度もコメントをいただいているうちにあなたがどんな方なのか気になって仕方なくなってきました。もし迷惑でなければ一度お会いできないでしょうか?」

 メッセージを送った数時間後、返信が来た。

「本当ですか?実は私も一度直に会ってお話できたらいいなって思っていました。×日ならお会いできると思いますが、いかがでしょうか」

「なんでそんなにノリノリなんですか……怖い……」

 自分からメッセージを送っておいたくせにドン引きするアデリー。

 何はともあれジャパリパーク初(?)のオフ会が開催されることとなったのであった。

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