オフ会終了

長い一日もそろそろ終わりが近づいていた。

閉園時間が迫る夕暮れ時、ジェーンとアデリーは最後に観覧車に乗ることに決めた。

「ここ、すごくいい景色が見られるんですよ」

「そうなんですか」

疲れからかアデリーは口数が少なくなっていた。

「アデリーさん、実は私、あなたに会ったら聞きたいと思っていたことがあるんですが」

「ええ、構いませんけど」

改まった態度のジェーンに対し、思わず居ずまいを正すアデリー。


「アデリーさんはどうして動画を投稿しようと思ったんですか?」


「それは……」

アデリーは暫時口ごもる。

「きっかけは友達にそそのかされたことなんです」

だが、きっかけはあくまできっかけに過ぎない。

「ジェーンさんの目の前で言うのは恥ずかしいんですけど、憧れていたからなんです。ジェーンさんの踊りを真似て踊るようになったのも、それを投稿してみたのも、全部ジェーンさんやPPPに憧れていたからなんです。投稿の方は一回ぽっきりのつもりだったんですけどね」

「そういえばメッセージの方にもそう書いていましたね」

「動画を投稿してコメントを何度も頂いているうちに自分が変わっていってる気がしてちょっとずつ自信がついてきたんです。自分にもできることがあるんだ、誰かを楽しませたり感動させたりできるんだって。PPPのようにはいかないけど、応援してくれる方もできて。でも」

不意にアデリーの表情が暗くなった。

「でもやっぱりダメなんです。今日一日ジェーンさんと一緒にいられてすごく楽しかったんですけど、やっぱり私はあなたと違い過ぎます」

「アデリーさん……?」

「ジェーンさんと私は対極なんです。私は地味で根暗でちんちくりんでスタイルも目つきも性格も悪くて……。今日だってジェットコースターとお化け屋敷でジェーンさんに迷惑をかけちゃいましたし……」

(あれ、私何言っちゃってるんだろう……。こんなこと言ったって、ジェーンさんが困るだけなのに……)

「やっぱり私みたいなフレンズは慣れないことなんてしないで、一人で大人しくしていた方が良かったんじゃないかって」


「それは絶対に違います!」


「……ジェーンさん?」

「アデリーさんはあなた自身が言うような子じゃありません!アデリーさんは根っこは素直でかわいらしくて、それにあなたのダンスは見た人を元気づけてくれるんです!」

「なんでそんなこと言いきれるんですか」

「私自身があなたに救われたからです!」

「えっ……?」

(救われた……?アイドルのジェーンさんが、ただのフレンズである私に……?)

「ずっと悩んでいたんです。コウテイさんもプリンセスさんもイワビーさんもフルルさんもみんなそれぞれの強みがあって、でも私自身の強みがどうしても分からなくて……」

「ジェーンさん……」

悩みを告白している。それも、この世の誰よりも眩しく見える憧れのアイドルが自分に対してだ。

「そんな中で出会ったのがアデリーさんの動画だったんです。あなたのダンスを見ているうちに自分が大事なものを見失っていたことに私は気づきました。アイドルを始めた頃、踊ることも歌うことも楽しくて仕方なかったあの頃の気持ちを、私は理想のアイドルであることにこだわっているうちに忘れていました。そのことに気づかせてくれたのは他でもない、あなたの踊りだったんです」

そう語るジェーンの目は真剣そのものであり、疑念を抱く余地など微塵も感じられなかった。

「アデリーさんのダンスはのびのびとしていて踊るのが楽しいって気持ちが前面に出ていて、それが私に元気を与えてくれるんです。だからどうか、自分を貶めるようなことは言わないでください。それは呪いの言葉ですから」

アデリーは知らず知らずのうちに唇をかみ締めていた。

憧れの存在がこうして想いの丈を吐き出してくれたのだ。

何も心に響かないはずがあるだろうか。

「それとですね。何か勘違いしているように見えるんですが、私だってアイドルである以前にあなたと同じ一人のフレンズなんですよ。思い悩むことだってあるし、泣きも笑いも怒りもするんです。今日だって一人のフレンズとしてあなたに会いに行ったつもりだったんですけどね」

「ご、ごめんなさい、すいません……」

ツーンとそっぽを向くジェーンにアデリーは平謝りに謝る。

「フフッ、じゃあ今回は良しとしておきますね」

(その顔は反則ですよジェーンさん……)

かわいすぎるというのも考えものだと、心底思うアデリーだった。

「そういえば自分の強みがわからないとおっしゃってましたよね」

「はい」

「あの、参考になるかどうかわからないですけど、私はジェーンさんの歌と踊りはひたむきさにあふれていると思うんです」

「一生懸命だってことですか?それは当たり前のことじゃ―」

「その当たり前のことをやり続けた結果、ジェーンさんの歌と踊りは私の、ううん私だけじゃない、みんなの心に強く残ったんです。ジェーンさんの真っ直ぐで力強いパフォーマンスは私の背中を強く押してくれるんです!これが強み以外なんだって言うんですか!」

気が付くとアデリーは観覧車の席から立ち上がっていた。

「す、すいません。調子に乗って生意気なことを言ってしまって……」

縮こまるように席に座ったアデリーがジェーンの様子を窺うと。

「なんだ……そういうことだったんですね」

ジェーンは、笑っていた。

「あれだけ悩んでいたのに、気づいてなかっただけで実はもうとっくに解決してたなんて……なんだかちょっぴりバカみたいですね」

気恥ずかしそうに、それでいて安堵したように笑う彼女の目の淵には雫が光っていた。

「本当にありがとうございます、アデリーさん。おかげで目が覚めた気分です」

そう言うジェーンの表情はもう凛としたアイドルの表情になっていた。



二人が観覧車を降りるともう陽は沈む寸前であった。

ジェーンは何歩か歩いた後、アデリーがついてこないことに気が付いた。

振り向くとアデリーは胸に手を当てて俯いていた。

「……アデリーさん?どうかしたんですか?」

アデリーは顔を上げるとジェーンに二歩、三歩と歩み寄った。

「ジェーンさん。一つお願いしてもいいですか?」

「な、なんでしょうか?」

目をぱちくりさせるジェーンに対してアデリーはこう切り出した。


「その、私と友達になってくれませんか?」


「……」

しばらく呆気に取られていたジェーンだったが。

「アデリーさんったら何を言い出すかと思えば……うふふふ」

おかしくて仕方がないという風に笑い出した。

「じぇ、ジェーンさん?大丈夫ですか?」

「すみません、アデリーさんがあんまりにもおかしいことを言うんですから」

「それって……」

「だってもう、私たちは立派な友達じゃないですか」

そう言ったジェーンの眼差しは春の日差しのように温かくて、それを見てアデリーは知らず知らずのうちに目に熱いものがこみ上げてきて―。


「ところでそこのお二人はそろそろ隠れるのをやめたらどうですか?ずっと気づいてましたよ」


「へ?」

アデリーの涙が一瞬で引っ込んだ。

「げえっ、バレてたのかよ!?」

「驚いたよ。まさか最初からお見通しだったなんて」

物陰から罰の悪そうな顔で出てきたのはヒゲッペとキングだった。

「二人ともずっとついてきてたんですか!?」

「それから、なんで皆さんまでいるんですか!?」

「おいバレちまったぜ!どうすんだよ!?」

「どうもこうもないわよ!」

「プリンセス、あんまり押さないでほしいんだけど……ってうわあ!?」

別の物陰からはPPP達が折り重なって倒れ込んできた。

ちなみに一番下になったマーゲイは苦しいはずなのに幸せそうな声を上げていた。

「……」

アデリーはと言うと、もはや出てくる言葉もなく唖然とするばかりだった。

「キングさんにヒゲッペさんでしたね。アデリーさんのことが気がかりだったのかもしれませんが、こういうことは慎んでくださいね」

二人に対して優しい口調でそう諭すとジェーンはプリンセス達に向き直った。

「五人もそろって何をやってるんですか。反省してください」

「な、内緒にされたら余計気になるじゃない」

「ちょっと身内に厳しくないか……?」

「そもそも言い出したのはプリンセスだぜ」

「反 省 し て く だ さ い ね ?」

有無を言わせぬ口調にプリンセス達は押し黙る他なかった。

「それとフルルさん、皆さんには言わない約束だったじゃないですか」

「桃色のジャパリまん4人分もらうまで言わなかったよ」

「買収されてるじゃないですか!?」

「いや、それお前が言えることじゃないんじゃ……」

「イワビーさん?まだ何か言いたいことでも?」

「い、いや……何でもないです」

思わずしゃべり方が敬語になるイワビー。

「ただ、これは私が何も言わなかったことで皆さんに心配をかけたせいでもありますし、怒るのはこの辺にしておきます」

そう言ってほほ笑むと、ジェーンはポケットから何かを取り出した。

「お見苦しいところを見せたお詫びって訳でもないですけど、よかったら受け取ってもらえますか?」

「これってぺパププラチナチケットじゃないですか!?いいんですか?受け取ったからには返しませんよ?」

「マーゲイ。あの二人にもプラチナチケットを渡したいんだが、構わないだろうか?」

「もちろんです!プラチナチケットを誰に渡すかは皆さん自身に決めてもらうつもりでしたし」

「というわけだキング。良かったら受け取ってくれ」

「へえ、本当にもらっていいのかい?」

「ああ。いつもライブに来てくれているし、これも何かの縁だと思ってね」

「顔を覚えてもらえていたなんて光栄だよ」

「ヒゲッペには俺が渡しとくぜ。何せコイツ俺のダンスを踊って投稿してたからな」

「なっ……」

「それは初耳だな」

「えっ、いつもあれだけ「俺はPPPなんかどうだっていい。俺はメタル一筋だ」って言ってたのに?」

狼狽えた様子のヒゲッペにキングとアデリーの視線が集まる。

「か、勘違いすんなよ!これは…えっとアレだ!視聴者数稼ぎだ!アレを投稿してからギターの演奏動画の再生数も増えたんだよ!」

「ファンだなこれは」

「分かりやすいですね、ヒゲッペさんは」

「う、うっせえ」

ヒゲッペはふくれっ面でイワビーに手を差し出した。

「おっ、受け取ってくれるか?」

「あくまで受け取るだけだからな」

「サンキュー。絶対に来てくれよな!」

「フン!絶対に行ってやらないからな!後悔しても知らねーぞ!」

捨て台詞めいた言葉を吐くヒゲッペに対し一同は。

「来てくれそうだな」

「何なら最前列で参戦だな」

「来るのにジャパリコインを5枚賭けるわ」

「じゃあ私も来るのに5枚賭けます」

「そもそも賭けが成立しませんよね」

「お、お前らなあ!?!?」

「そう言うの「ツンデレ」って言うんだよね」

「だからなんでお前は妙なことに詳しいんだよ」

気が付くといつのまにか談笑していた一同であった。

と、そこへアナウンスが流れた。

「ただいまの時刻は18:00です。本日のジャパリアミューズメントの営業は終了いたしました。園内に残っているお客様は速やかにご退園するようによろしくお願いします」

「どうやらここでお開きのようですね」

ジェーンがしみじみと呟く。

「ジェーンさん、今日は本当にありがとうございました。実際に会ってお話できて本当に良かったです」

「お礼を言うのは私の方ですよ。それにオフの時ならまた何度だって会えるじゃないですか」

「今度のライブ、楽しみにしててくれ」

「ペンギンアイドルユニットの名に恥じないライブにしてみせるわ」

「ぜひ練習も見てってくれよな」

「今度のライブではペンライトも配布するので楽しみにしていてくださいね!」

アイドルやそのマネージャーらしい言葉を残して立ち去っていくPPP達。

と、思いきやその場から一歩も動いていないフレンズがいた。

「あ、あの……フルルさん……?」

フルルは困惑するアデリーの顔をまじまじと眺めていたかと思うと。

「頑張り屋さん過ぎて色々と抱え込んじゃうこともあるけど、ジェーンをよろしくね」

「えっ……?」

アデリーが発言の真意を測りかねていると。

「フルルー!ぼんやりしてないで早く帰るわよー!」

「うん、今行くよ~」

「あっ、あの!待ってくれませんか……」

アデリーの制止の声も聞かずフルルは去っていった。

「あっ、行っちゃいました……」

「マイペースなフレンズだからな、仕方ねえ」

「私たちも帰るとしようか」

帰路に就く三人。

「それにしてもまさかPPPと話せてさらにぺパププラチナチケットが手に入るなんて想像もできなかったよ」

「別に俺はチケットなんていらねえけどな」

「そういってライブには参戦するんだろ?最前列で」

「だからなんでだよ!?」

(確かにプラチナチケットは嬉しいですけど……)

「いいじゃないか、一緒に最前列で応援しようぜ」

「はあ!?勝手にやってろよ!」

(私はジェーンさんからチケットとはくらべものにならないくらい大切なものをいただきました……)

アデリーはメンバー達と一緒に歩いていくジェーンの姿を思い返す。

自分とは似ても似つかないすらっと伸びた背中に、彼女は自分と同じように悩みや不安を背負いこんでいた。

そして、自分が彼女の踊りに勇気をもらったように、彼女もまた自分の踊りに心を救われていたのであった。

そんな二人は今日アイドルとファンの垣根を越え、一人のフレンズとして時間を共にしたのである。

「おーい、アデリー。何ボーっとしてるんだ」

「早く帰らないと置いてくぞ~」

「待ってください二人とも~」

アデリーはいつもよりほんの少し背筋を伸ばすと、再び歩き始めるのだった。

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違ってよく似たあなたの背中 荒野豆腐 @kouyadouhu

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