匿名希望の回想
時はオフ会当日から遡る。
ジェーンは一人、プリンセスからパフォーマンスのチェックを受けていた。
踊り終えたジェーンを見てプリンセスは満足気に頷いた。
「相変わらずしっかりとした身のこなしね。ジェーンのダンスは安定感があるわ」
「ありがとうございます」
「正直なことを言うと、万が一コウテイにアクシデントがあった時の代役はあなたがいいかもって思うわ」
それじゃ私は他の娘のチェックをしてくるから、と言ってプリンセスは立ち去っていった。
プリンセスを見送った後、ジェーンは複雑そうな表情で呟くのだった。
「安定感がある……代役……ですか」
同時にジェーンは他のメンバーからかけられた言葉を思い出していた。
「ジェーンが隣で踊っていると頼もしく思えるよ」
「ジェーンはいつも真面目にアイドルのことを考えてるし尊敬するぜ」
「ジェーンはしっかりしてるし頑張り屋さんだよね」
彼女たちの言葉に裏などない。それがわからないジェーンではなかった。
しかし、そういった言葉を投げかけられるたびに自分の胸にわだかまりが溜まっていくのをジェーンは感じていた。
「やっぱり私には他の皆さんのような個性や魅力はないんでしょうか……」
答えの出ない自問自答をするジェーン。
「プリンセスさんにはみんなを惹き付ける華があります。コウテイさんもだんだんリーダーらしい堂々とした立ち振る舞いが板についてきています。イワビーさんは持ち前の元気の良さで会場を沸かせてくれます。フルルさんも独特な雰囲気でみんなを和ませてくれます。それじゃあ私は……」
私は……。
ジェーンは言葉を詰まらせてしまう。
歌も踊りも、一生懸命がんばります。
そう口に出すだけでなく、実際にパフォーマンスを発揮できるように努めてきたつもりなのだ。
しかし、他のメンバーが持っているような+αとなる魅力をジェーンは未だ見つけられずにいた。
「ろむあか……ですか?」
ある日博士の発した言葉に首を傾げるジェーン。
「はい、どうやら動画や絵などを投稿するヒトは投稿するアカウントとは別に、動画を見るためだけの別のアカウントを作成することがあったらしいのです。それを俗にROM垢と呼んだそうなのです」
「なんでわざわざ別のアカウントを作ったりしたんでしょうか?」
「かしこい我々にもそこら辺はさっぱりなのです。ちなみにROM垢では別名義が使われることもあったそうです。ヒトとは時に我々の理解の及ばないことをする存在なのです」
それを聞いたジェーンはしばらく考え込んでいた。
「博士。例えばその、私がそのROM垢を作って違う名前を名乗るとしたら、どういった名前がいいんでしょうか?」
「ふむ、学名なんかが良いのではないでしょうか。あ、学名というのは我々が種族名の他に持つもう一つの名前のようなものなのです。例えばお前だったらPygoscelis papuaという学名なのです」
「え、えーっと……?」
「まあパプアとだけ覚えておけばいいのです。そんなことより」
博士は何やらほくそ笑むと。
「せっかくだから助手の学名も教えてやるのです。いいですか、助手の学名はブボb……」
「博士。そんなところで油売ってないでとっとと仕事に戻るですよ」
「いやあのサボっていたわけでは」
「戻るですよ」
助手は殺気立った様子で博士の首根っこを掴むとどこかへと飛び去って行った。
「助手さん、なんだか不機嫌そうでしたね……」
何はともあれROM垢を作ってみることにしたジェーン。
「名前はどうしましょうか、パプアだけだと何だか味気ないですし……そうだ、住んでる場所を付けてみたらいいかもしれません」
ジェーンは「パプア」の前に「みずべの」と付け足した。
こうして『みずべのパプア』アカウントが完成した。
早速Japari Tubeを開くとオススメ動画がずらっと表示された。
その中のある一本の動画にジェーンの目が吸い寄せられた。
「これは踊ってみた動画……それも私のダンスの、ですね。踊っているのは私と同じペンギンのフレンズさんでしょうか」
サムネイルに自分とどこか似たフレンズが写っている動画をタップするジェーン。
動画が再生されると小柄な鳥のフレンズが現れた。
「アデリーペンギンのアデリーです。今から大空ドリーマーのジェーンさんの振り付けを踊ります。よろしければ最後までお付き合いください」
彼女は少しぎこちなくお辞儀をした。
「目元が影になっていて分かりづらいけど、よく見るとかわいい顔立ちをしていますね」
音楽が流れ始め、踊りだすアデリー。
最初は表情も動きも硬かったのだが。
「あれ……?」
曲が進むに連れ彼女の体から無駄な力が抜け、動きがのびのびしたものへと変わっていった。
その表情も次第に柔らかくなっていき―
「最後まで付き合ってくださった方、本当にありがとうございました」
いつのまにかほっとした表情のアデリーがお礼の言葉で動画を締めくくっていた。
「すっかり、見入ってしまいました……」
ふとジェーンは自分の中にあった胸のつかえのようなものが軽くなっていることに気づいた。
「不思議ですね。でも何だか悪くない気分です」
ジェーンは「みずべのパプア」として初めて動画をマイリスト登録し、応援コメントを送った。
「動きがだんだんのびやかになっていって思わず見入ってしまいました。他の曲もぜひ見たいです!」
これが「みずべのパプア」とアデリーペンギンの邂逅であった。
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