第二十一話 そしてまた、次なる地へと
俺がリジールをテイムした頃、まだ外ではラクシャルたちが魔王軍と戦っていた。
急いで要塞の外までリジールを連れて戻り、停戦を命じさせたため、その時点で戦闘は中断となった。
ラクシャルたちはほぼ無傷。むしろ、戦いを経て全員レベルが上がっていた。
魔王軍は俺が暴れたこともあって、かなりの負傷者が出たものの、治療不可能なほどの大怪我を負った者はなく、深い遺恨は残さずに済みそうだ。
被害状況を確認し終えた俺は、報告のため、再び王国の首都に飛んだ。
城に戻った俺は人払いをしてもらい、ガスパーとふたりだけで話をした。
他の重臣がいる前だと余計な口出しが入りそうだったので、この方が気軽だ。
こちらが報告を終えると、ガスパーは神妙な面持ちで頭を下げた。
「……そうでしたか。ヴァインどの、ありがとうございます。何から何まで、本当にあなたには何とお礼を申し上げればいいか……」
「よせって」
俺は空気が軽くなるように、あえて笑い飛ばした。
「お前はもう王様に戻ったんだから、ただの旅人に簡単に頭を下げるなよ」
「簡単に……ではありませんよ、ヴァインどの。あなたの成したことで、我々は安寧を取り戻しました。友として、礼を言わせていただきたい」
「……だったら、素直に受け取っとくよ。どういたしまして」
自然と、自分の口からそんな言葉が出る。
俺自身、友という関係もまんざら悪くないと思い始めているようだ。
「ところで、ヴァインどの。海を渡り、西の大陸に行かれるというのは、もうお決めになったことなのですか?」
ガスパーの問いに、俺は頷き返した。
俺が魔幻石を返したことで、水上要塞は本来の動力を取り戻したため、あれを使えば海を渡ることができる。
行けるだけ遠くに行ってみたい、というのが今の俺の指針だった。
「そうですか……残念です。ノースモア王国には、首都以外にも見るべきところが多いのですが……ヴァインどのには、ぜひのんびり観光していただきたかった」
「今生の別れじゃあるまいし。そのうち戻ってくるっての」
「では、その時は必ず城に立ち寄ってください。ヴァインどのとお連れの皆様なら、わしも娘も、いつでも歓迎いたしますので」
「ああ。シンファの奴は、ラクシャルが戻ってくれば特に喜ぶだろ――」
同意する俺の言葉は、途中で廊下から響いてきた激しい金属音にかき消された。
……嫌な予感を覚えつつ、ドアを開けてみる。
「ふ、ふふ、ふっ……! ま、また腕を上げたようだな、ラクシャル……」
予想通り廊下には、剣と甲冑をバキバキに破壊されたシンファが、双剣を構えたラクシャルを前に、腰を抜かしている光景が広がっていた。
多分、いつものようにラクシャルをからかって撃退されたんだろう。
「あの悪癖治さないといつか死ぬぞ、シンファの奴」
「ははは……いやはや、娘にはなかなか強く言えませんでなぁ」
恥ずかしそうに頭を掻くガスパーの様子に、こいつはダメだ、と俺は溜息をついた。
報告を終えると、とんぼ返りで海上要塞に戻る。
魔王軍には回復魔法の使い手も複数いて、先の戦闘による負傷者も、俺が戻る頃にはほとんどが治療を終えて要塞内部を動き回っていた。
首都に戻っている間にリジールが話をつけてくれたらしく、俺たちが魔王軍の連中から敵意を向けられることは、もうなくなっていた。
せっかく自由に動き回れるようになったので、俺はリジールに頼み、要塞の動力部を案内してもらった。
要塞の動力部はそれ自体が巨大な魔道具になっているらしく、中枢に据え付けられた魔幻石から力を供給し、要塞下部に推力を発生させている。
リジールはぴょんぴょんと跳ねるように俺を先導しながら、動力部の各所について、指で示していく。
「あそこの光ってるところが……えっと。なんです?」
ただし、リジールがやるのは示すところまでだ。
「あれは魔幻石から吸い出した魔力を別の魔道具に注いでいる光ですね、ローサ」
「あの魔道具に魔力を注入することで魔力を変質させているのですね、リーサ」
詳細な解説は、例のサキュバス姉妹がやってくれている。
サキュバスというと性的なイメージばかりがつきまとうものだが、魔王軍でも地位が高いだけあって、意外にこのふたりは博識らしい。
「あら、人間の男が私たちをじろじろと見ていますよ、ローサ」
「リジール様を手籠めにしただけでは飽き足らず鬼畜ですね、リーサ」
「……お前ら、ふたりだけで会話を完結させるクセ、どうにかしろよ」
この点さえなければ、いい案内役なんだが。
動力部の案内を受け終わった俺は、少し風に当たりたくて外に出た。
早いもので、もう夕方だ。
海上要塞は波をかき分け、西の大陸へ向けて航行している。
サキュバス姉妹の説明によれば、十日ほどの航海で到着するようだ。
「あっ! おーい、ヴァインくーん!」
ふと、頭上から俺を呼ぶ声がする。声の主は、見上げなくてもわかった。
「タマラ? ……っと。キアも一緒か」
羽ばたくキアに後ろから抱きしめられながら、タマラが降りてくる。
「タマちゃんと一緒に、飛ぶ練習してた」
「あはは……あたしのマントじゃ、滑空しかできないんだけど……」
「そんなことない。タマちゃんなら、練習すればきっとできる」
「う、うーん……気持ちは嬉しいんだけどなぁ……」
物理法則を無視して飛べるキアの翼と異なり、タマラのマントは、硬さこそ操作できるものの、基本的に自由に動かせる布でしかない。
……たぶんキアの奴、タマラと一緒に空を飛び回りたいから、無理を承知でそんなこと言ってるんだろう。
「にしても、本当に懐かれたな、お前」
「ん……懐かれたっていうと、なんか言い方違うけど……慕ってもらえるのは、嬉しいかな。可愛い生徒みたいで」
なるほど、それはタマラらしい喩え方だ。
キアはどう思っているのだろう、と興味が湧いて、キアの方に目を向ける。
「……? どうしたの、ヴァイン。交尾したいの?」
「お前、俺が女を見る時は交尾のことしか考えてないと思ってるのか?」
「違うの?」
「さすがに違う」
欲求はあるにしても、常時そんなことばかり考えてはいない。当たり前だが。
しかしキアは交尾から離れず、タマラを軽く押し出してきた。
「でもヴァイン、ゼルス様とはしたけど、タマちゃんとはまだ最後までしてない。今度はタマちゃんと交尾した方がいいと思う。順番は大事」
「ちょっ!?」
キアの大胆極まる提案に、素っ頓狂な声をあげるタマラ。
「……タマラ、お前そんなことまで話したのか……?」
「ち、ちがうよ! タマちゃんに、簡単に交尾とか言っちゃダメだよって教えてたら、なんかそんな話になっちゃって……へ、変な目で見ないでよーっ!」
焦って弁解するタマラに、俺は眉をひそめる。
「いや、慌てなくてもいいだろ。何も軽蔑してるわけじゃないし。むしろどういう話の流れでそんなことになったのか知りたいな。詳しく聞かせてくれ」
「もっと嫌だよ!?」
軽蔑される方がマシなのか……? 女心ってのはよくわからん。
そんな話をしていると、別の方から二人分の足音が近づいてきた。
「こんにちは、ヴァイン様。いかがなさいました?」
「貴様ら、やけに騒がしいのう……」
予想通り、ラクシャルとゼルスだった。
ラクシャルはいつも通りだが、なぜかゼルスは眠たげに目を擦っている。
「ただの世間話だ。ゼルスの方こそ、もう夕方だけど、寝てたのか?」
「うふふ。ちょっと久しぶりに、ゼルス様に膝枕をして差し上げてたんです。ゼルス様の寝顔、とーっても可愛らしかったですよ♪」
「こ、こりゃ、ラクシャル……!」
ラクシャルに笑顔で暴露され、ゼルスの頬が夕焼けよりも赤い色に染まる。
「膝枕、か……」
風呂場での件のショックから、一時はラクシャルを拒絶していたゼルスだが、またラクシャルにも素直に甘えられるようになったらしい。
俺も、ラクシャルとの関係を変に隠す必要はなくなったし、万事丸く収まったと言えるだろう。
満足を覚えて頷いていると、ゼルスはギロリと俺を睨んでくる。
「ラクシャルの膝枕は渡さぬぞ!? 今度こそ余の場所は死守するのじゃ!」
「ゼルス様? 私の全てはヴァイン様のものだと申し上げて……」
「いやじゃ! たまには余にも使わせぬか! ヴァインの独り占めにはさせぬっ!」
……単にワガママが顕在化しただけのような気もする。
ラクシャルは困ったように眉を八の字にして考え込んでいたが、やがて名案を思いついた様子で、ポンと手を打った。
「では、おふたりも仲良くなったことですし、半分こにしましょう? ゼルス様、どうぞ……ヴァイン様も」
ラクシャルがその場に正座し、ぽんぽんと膝を叩くと、すかさずゼルスが滑りこむようにして、その膝の上に頭を乗せた。
「ゼルス様、もっと端に寄せてください。ヴァイン様も使うんですよ?」
「断るっ。今日一日くらい、余の好きにさせてもよいではないか」
「ダメです。わがままを言うようでしたら、もう使わせてあげませんよ?」
「…………」
心の底から不本意さの滲み出た表情で、ゼルスは膝枕の端に寄る。
俺は空いたスペースに頭を乗せる……が、さすがにラクシャルの両膝にふたりぶんの頭を乗せるのは安定しない。
「落ち着かないぞ、ラクシャル」
「そうですね……あ、では、ゼルス様とくっついたら安定するのではないですか?」
「なに!? 待たぬか、なぜ余がヴァインと……!」
面白そうな提案だったので、俺は口答えするゼルスを強引に抱きしめた。
「ひゃ……っ!?」
すると、ゼルスは一瞬ビクッと体を震わせたが……意外なことに、自分から俺の胸に頬を押しつけてきた。
「……そうじゃな。確かに、落ち着きはするのう……」
俺の胸に耳を当て、ゼルスは穏やかな微笑みを浮かべる。
心音を聞かれているのだろうか……そう思うと、少しむずがゆい心地がした。
その時、上の方から視線を感じた。
「うぅ、ずるい……ラクシャルちゃん、ゼルスちゃん、あたしも……!」
「キアも混ざりたい。一緒にぎゅーぎゅーする」
タマラとキアが、俺とゼルスの上に覆いかぶさるように乗ってくる。
どちらの胸なのか、ぷにゅんと柔らかい感触が腰やら脚やらに押しつけられるが、これは明らかに積載量オーバーだ。
ラクシャルも苦笑して、小さく痛みの声を漏らす。
「あう……脚が痺れます……さすがに、私の膝枕では支えきれませんね。みなさん、いかがでしょう。どうせなら、今夜はみなさんで一緒に寝ませんか?」
衝撃的な意見がラクシャルの口をついて出て、俺は驚きに目を見張った。
ゼルスとタマラも、耳まで真っ赤になっている。
キアは相変わらず無表情だが、どことなく興味ありげに目を輝かせていた。
「大きなベッドがあればそれでいいですし、なければ、ベッドを三つほどくっつければ事足りるかと。たまにはそういう趣向も面白そうでしょう?」
「ラクシャル様、キアもそれに賛成。一緒に寝てみたい」
さっそくキアが賛成の声をあげると、残るふたりも黙ってはいられなかった。
「ふん……! 余はラクシャルと同衾できればそれでよいのじゃが、どうしても混ざりたいというのであれば、仕方ないじゃろう」
「あ、あたしも一緒に寝るよ!? 不純な意味じゃなくって……そう、みんなが変なことしないか、見張らないといけないからね。先生だもんっ」
……素直じゃない奴らだ。
仕方ないと言いたいのはこっちの方だったが、そんなところも含めて、こいつらの可愛げには違いない。
そうしていると、てててっ、と軽やかな足音が更に近づいてくるのが聞こえた。
「あれ? 何だか楽しそうなことしてるです……リズも混ぜてですー!」
飛びついてきたリジールの勢いで、元々無理な体勢だった俺たちは、座っていたラクシャルを除き、バランスを崩して転がる。
賑やかさ極まる展開に、俺はいつしか、声を立てて笑っていた。
夕日はもう半分以上も水平線に沈み、今日の終わりを告げようとしている。
これから十日間の航海と、新たな大陸での冒険――それもまた今回のように、あるいは今回以上に、新たな出会いと発見に満ちた日々になるはずだ。
リジールの軽挙を叱るゼルスの怒声と、ふたりの仲裁に入る複数の声を聞きながら、俺は太陽が完全に見えなくなるまで、しばし穏やかな心地に浸っていた。
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