第二十話 魔王との対決


「……ここか」


 ローサの相手を終え、専用の通路を通り抜けた俺は、海上要塞の最深部にいた。

 重厚な金属製の扉の前に立ち、ひとつ深呼吸を挟む。

 この向こうに、魔王リジールがいるはずだ。


(散々迷ったうえに道草まで食っちまったからな……ぐずぐずしちゃいられねえ)


 重い扉に手をかけ、力を込めて押し開く。

 扉の向こうは広間に通じており、壁際の玉座に、黒い影が腰を下ろしていた。


「お前が魔王リジールか?」


 広間は松明で照らされているものの薄暗く、玉座にいる人物の姿はよく見えない。

 だが、そこに誰かが座っているのは確かだった。


 ――いよいよだ。


 あくまでも魔王リジールを狙うため、ここまで女たちの相手をしながらも、俺自身のスッキリは我慢しながらやってきた。


 我慢を重ねた分、魔王リジールには楽しませてもらおう。

 そのつもりで、俺は魔王に近づいていったのだが――。


「来たか……脆弱なる人間よ」


 聞こえてきた声に、思わず足を止めた。

 ……気のせいか? 女の声にしては、妙にトーンが低い。


 玉座に腰を下ろしていた影が、ゆっくりと立ち上がる。

 そのシルエットは、明らかに俺の背丈を超えていた。ゆうに2メートルはある。


 リジールが一歩、こちらへと踏み出す。

 松明の光に照らし出された姿は――。



「この私、魔王リジールに逆らうとは愚かな……愚行の代償、命で支払うがよい」


 どう見ても、ボディビルダーのような肉体美を持つ、男の魔人だった。



「――っざけんなあああああああッ!!」


「おぶふ!?」


 俺は怒りに任せて拳を繰り出し、リジールの顔面を殴りつけていた。

 倒れたリジールに馬乗りになり、更にボコボコに殴り続ける。


「ふざけてるのかお前! 敵の大ボスをテイムできるチャンスだと思って、喜び勇んで来てみたら、こんな野郎がボスだと!?」


「こ、こんな野郎……? 人間よ、誰に向かってものを言っ、ぐほっ!?」


 つべこべ言うリジールを黙らせるため、俺は更に拳を叩き込む。

 そして、ようやく理解した。


 リジールの容姿について訊ねた時、ジェナが怪訝な顔をしていたこと。

 魔王を手籠めにすると言った時、サキュバス姉妹が変態呼ばわりしてきたこと。

 なるほど、これは意外な結末だ。しかし、予想を裏切られるのはいいが、期待まで裏切られた俺の怒りは、もはや収まらない。


「息子の期待を裏切るとはいい度胸だ、魔王リジール。お前の生皮剥いで、エロゲーをグロゲーにしてやる!!」


「ひえっ……!? ま、待って……!」


 剣を振り上げると、リジールは情けない声をあげて、俺の下から這い出す。

 少し距離を取られたが、俺は構わず、リジールめがけて剣を振り下ろし――。


「【クロスアウト・セイバー】ッ!」


 今まで全力で手刀を振り下ろしていた時の習性で、【クロスアウト・セイバー】を発動させてしまった。

 まずい、こんな男の裸なんぞ見たくないぞ――そう思った瞬間だった。


「あっ……きゃああああっ!?」


 俺の放ったスキルは、なぜかリジールの巨体を真っ二つに斬り裂いた。

 引きちぎれた断面から大量の綿が弾け飛ぶ。


 ――綿?


 疑問を感じている間にも綿は弾け飛び、スキルの効果によって消失し――。



「あ……あう、ううっ……ひどい、ですっ……」



 リジールの姿が全て弾け飛んだ時、代わりにその場で尻餅をついていたのは、ゼルスと同年齢くらいに見える、小柄な美少女だった。


 ……困惑のあまり、俺はしばらくの間、何も言えなかった。

 少女は裸に剥かれたまま泣き始めたので、やむなく、俺の方から口を開く。


「お前……誰だ?」


「ぐすんっ……リズ……いえ、魔王リジール、です……うう、ひくっ。ひどいです……頑張って魔王っぽくしてたのに……あんなにいっぱい怒られて、叩かれて……もう、いやですっ……ふえええぇんっ……」


 自称・魔王リジールの少女は、大声をあげて泣き続ける。


 ……つまり、こういうことか。

 俺がさっきまでリジールだと思っていたのはただの着ぐるみで、中に入っていたこの女の子が、本当の魔王リジールである……と。


 ……俺が気を取り直すまで、かなり長い時間を要した。

 しかし、立ち直ってしまえば、やるべきことは決まっていた。

 リジールの前に跪き、肩に手を置く。


「悪かった、リジール。ちょっと誤解があったみたいだ」


「えぐ……誤解、ですか?」


 目尻をこすりながら、俺を見上げてくるリジール。

 あの着ぐるみに仕掛けがあったのか、声もさっきまでとは完全に違い、今は仔猫のように甘ったるい響きを帯びている。


「ああ。殴って悪かった。お前らがこっちの大陸に侵攻しようとしてるって聞いて、倒しに来たんだが……色々予想と違ったんで、ついカッとなって……」


 リジールはよく意味がわからなかったのか、小首を傾げている。

 おそらく後半部分の話が理解できなかったのだろうと思ったが、そうではなく、海を越えてきた目的について齟齬があるようだった。


「リズたちは、ジェナに盗まれた魔幻石を取り返しにきたです。ジェナはこっちの大陸に逃げてきたって聞いてたです」


「魔幻石? こいつを何に使う気なんだ?」


 首から下げたペンダントを指で弾くと、リジールはあわあわと困惑する。


「魔幻石は、ここ……海上要塞ヴィクトルの、動力です。リズたちが海に出て少ししてから、ジェナに盗まれちゃったので、それから先はみんなの手漕ぎで要塞を動かしてたのです。すごく大変だったです」


「……手漕ぎで? この島を?」


 いくら魔法のある世界とはいえ、大変なんて言葉では片づかないと思うのだが。

 それでも、リジールは小動物のようにコクコクと頷く。


「だから、大陸についたら、魔幻石を探すことを第一に考えてたです。ジェナの行動は読めないですし、他の人の手に渡ってるかもしれないですし……」


「……そうか。だから、ずっと俺が狙われてたんだな」


 雪山で魔幻石を回収した時の、ジェナの不審な様子は、魔幻石を持つ者が魔王軍に狙われることを予測していたのだろう。

 ジェナは後でシメておくとして、問題はこの後だ。


「別に魔幻石は返してもいいんだが、お前ら、本当に侵攻の意思はないのか?」


 確認すると、リジールはビクッと肩を震わせ、わかりやすく反応した。


「……リズのお仲間たち、最近は、領地を広げたいって言ってるです。リズも本当は、ちょっと気が大きくなってて、魔王っぽい着ぐるみも用意したし、魔幻石を取り返したら侵攻も始めるつもりだったです……」


「正直な奴だな」


 だとすると、サキュバス姉妹の反応は正確には、こんな少女を襲うことへの非難だったのかもしれない。別にどっちでもいいが。


「それで? 侵攻する気があるなら俺と戦うことになるが、どうする?」


 俺の問いに、リジールは頭を両手で押さえてぷるぷる震え始めた。


「ぅ……うう。いきなりぶたれるの、すごく怖かったです……もう嫌です……」


「大人しくしてりゃ、何もしないって」


「ほ、本当です? ……じゃあ、リズの負けです。素直に認めるです」


 拍子抜けするほどあっさり、リジールは俺に降伏した。

 ……こいつ本当に魔王なんだろうか。ゼルスと違って、中身にも威厳がないんだが。


「魔王リジールは相当強いって聞いたんだけどな、俺は……」


「リ……リズは強いですよっ? ただ、さっきみたいに怒られたりぶたれたりすると、ビクビクって怖くなっちゃって、何もできなくなるです……」


「……ふむ」


 俺は【心眼】スキルでリジールのステータスを確認してみた。

 確かに、能力的にはかなりのものを持っているのだが、俺が初めて会った時のゼルスを大きく上回るというほどではない。

 おそらく噂に尾ひれがついていたのだろう。


 それに、ポテンシャルが高くてもこれほど臆病では、実力を発揮できないだろう。

 無論、【ドレイン】の対象としては願ってもない相手だ。


「リジール。お前、負けを認めるってことは、俺に従うのか?」


「はいです……自分より強い相手には従うです。魔族の掟です」


「それは、どこの魔族でも同じなんだな。……じゃあ、俺のものになれっていったら、なるのか?」


 更に念を押すと、リジールは一瞬きょとんとしたが、ほどなくして頷いた。


「リズを破ったお兄さんは強いです。お兄さんのものになるのは、リズにとってもいいことです……お兄さん、お名前は何です?」


「ヴァイン・リノスだ」


「わかったです、ヴァインお兄さん。リズはお兄さんのものになるです」


 ……こんなにあっさりでいいんだろうか。

 軽い困惑を覚えていると、リジールは俺の手を握って微笑んでくる。


「さあ、お兄さんっ。リズと一緒に、人間たちをぼっこぼこにして支配するです♪」


「俺も人間なんだけど」


 訂正。あっさりとは言っても、これから教育の必要はありそうだ。

 ひとまずは、テイムを済ませておこう。


 俺はリジールの裸身を抱き寄せ、薄い尻に手を這わせた。


「……? お兄さん、何するです?」


「何って……交尾の真似事みたいなもんだ。そこまではやらないけどな」


「こーび?」


 ……澄んだ目で見上げてくるリジールの表情に、俺は嫌な予感がした。


「お前、まさか交尾を知らないのか?」


「知らないです……お仲間はみんな、魔王様にはまだ早いですー、って言って教えてくれないです。こーびって、なんのことですか?」


「…………」


 俺は本当に、こいつをテイムしてしまっていいんだろうか。

 ためらう気持ちもあったが、必要なことだと自分に言い聞かせ、リジールの素肌に指を滑らせていく。


「あはははっ♪ あは、お兄さん、くすぐったいですっ」


「くすぐってるつもりはないんだがな……」


 どうも埒が明かない感触だったので、今度は胸に触れてみる。

 あるかないかという程度の膨らみだったが、掌を押しつけて撫で回してみると、ようやく、少しずつそれらしい反応が返ってきた。


「ん……っ。あ、れ……お兄さん、なんだか、変……ですっ」


「どんな風に変なんだ?」


「えと……お兄さんに触られたところ、熱くて……ふわー、ってなっちゃうです……」


 どうやら、いい傾向のようだ。

 淡い色をした先端を指先で撫でると、ぴくん、とリジールの背筋が反りかえる。


「あう、っ。お、お兄さん……なんだか、むずむず、する、ですっ」


「そのまま身を任せろ。今回は胸だけだ」


 初めての刺激にぷっくりと膨らみ始めた蕾を指で弾き、軽く摘んでは刺激を加える。

 リジールの体が小刻みに震え、声に甘い吐息が混ざり始めてきた。


「あ、ぁぁ……お兄さんの、指っ、なんで、こんなに気持ちいいんです……? リズ、飛んでいっちゃいそう、ですっ……」


 困惑するリジールを更に追い詰めるように、突起をくにくにと弄り立てる。

 慣れた者にとっては、単調すぎるくらいの刺激だろうが……知識にすら乏しいリジールの体は、未知の感覚に容易く翻弄されていく。

 そして。



「あ、ひゃふっ! ふにゃああぁっ……!!」



【システム】リジールは絶頂(大)を迎えた!

【システム】リジールのEPが0になった! 一定時間行動不能!

【システム】リジールのテイムに成功! リジールがあなたの仲間に加わりました!



 高い喘ぎを響かせてから、くてっ、とリジールは俺に身を預けてくる。

 細く小柄なその体を受け止めて、俺は安堵の吐息を漏らした。


「……これで懸念は解消、だな」


 ノースモア国王としての仕事は、全てやり終えたと言っていい。

 晴れ晴れとした達成感を全身で感じるように、俺はその場でうんと伸びをした。

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