第十九話 道を阻むもの


 要塞の中は意外に広く、つくりとしては、ゼルスの魔帝城とさほど変わらないように感じられた。

 何十、何百という数の魔族が廊下を駆けてきては俺の行く手を阻もうとするのだが、いちいちやり過ごすのも面倒なので全て叩きのめしていく。


「【ゲイル】!!」


「にゃあああああっ!?」


 低級の風魔法で吹っ飛ばすと、獣人らしいネコミミ娘の群れが吹っ飛び、壁に叩きつけられて気を失う。

 ゼルスの仲間と同様、出てくる魔族は女性型のものが大半だ。


 浅黒い肌のゴブリン、石の翼を持つガーゴイル、自らの首を抱えたデュラハン……多種多様な敵が立ちはだかったが、今のところ、どいつも俺の敵ではない。


 見た目が好み、という意味では俺の敵に相応しい魔族もたまに見かけるのだが、今はぐっと堪えている。

 外で敵を引きつけているはずのラクシャルたちのためにも寄り道は避けたいし、魔王という極上の獲物が控えているのに手頃な相手で済ませたくない、という下衆な願望もあった。


 そういうわけで、寄ってくる敵を蹴散らし、強行突破を続けているのだが……。


「……ちょっと多くねえか、これ……?」


 進みながら、道中で倒した敵の数をざっくり数えてみたが、どう数えても五〇〇は超えている。俺はひとりなのに、どう考えても過剰な数だ。

 おまけに、進んでも進んでも似たような廊下と扉が続くばかりで、全くリジールに近づけている気がしない。


 もう全力で魔法ぶっぱなして要塞沈めてから出てくるのを待とうか、などと物騒なことを考え始めた時、前方に、今までとは異なる気配を感じた。


「誰だ……お前ら」


 柱の陰から感じる、ふたつの気配に向けて問いかける。

 すると、くすくすという笑い声が響き、ふたりの魔族が姿を現した。


「見つかってしまいましたね、ローサ」


「我が魔王軍の部隊を退けるだけありますね、リーサ」


 左右から道を塞ぐようにして現れたのは、鏡映しのように瓜二つの魔族だった。


 どちらも豊かに張り出した胸と尻、腰のくびれが目立つ。

 この、不必要なまでに性的なボリュームを押し出した悪魔は……サキュバスか。

 きらびやかな黄金色の長い髪も全く同じだったが、分け目がシンメトリーになっており、そこでふたりを判別できるようだ。


「でも、この人間はここまでですよ、ローサ」


「私たち姉妹に見つかってしまいましたからね、リーサ」


「お前ら、俺と直接話せよ」


 互いに話を振るばかりのふたりに顔をしかめて、俺は低い声で要求する。

 俺のペースを乱すことを楽しんでいるのか、ふたりはまた顔を見合わせて笑う。


「相手が人間の男なのは私たちにとって幸運ですね、ローサ」


「わざわざ魔幻石をぶら下げてやってくるとは、馬鹿な男ですね、リーサ」


「なに……? この石がどうした」


 魔幻石のペンダントをつまみあげて、確認する。

 ふたりは妖艶な笑みを浮かべ、俺の目を見つめてきた。


「魔幻石はジェナが魔王軍から持ち出したもの。返してもらいましょう、ローサ」


「馬鹿な男は操り人形にして、石を返してもらいましょう、リーサ」


 そう囁き合った瞬間――ふたりの瞳が、妖しい光を放った。


「……う、っ!?」


 一瞬、殴られたような衝撃が俺の頭に走った。

 そこから先は……思考能力が徐々に薄れ……ふたりの笑い声だけが耳に届く……。


「はい、おしまいです。この男はもう私たちのお人形さんですね、ローサ」


「散々手こずらせてくれましたからね。すぐに首を落としちゃいましょう。リーサ」


 ふたりの足音が近づいてくる。

 俺は全く抵抗できずに、そのまま首をはねられて――。



「って、そんなわけねえだろ」



 俺は顔を上げると、左右の手でサキュバス姉妹の頭を掴み、顔同士を打ちつけた。


「きゃう!?」


 ふたり揃って、まったく同じ悲鳴をあげる。


「黙って術にかかったフリしてたら、簡単に引っかかりやがって……お前ら、本当にサキュバスか? この石を何に使う気か知らんが、お前らに渡す気はないぞ」


「……そ、そんな。私たちの術が通じないはずありません、ローサ」


「考えられるとしたら、魔法への抵抗力が極度に高いか、性欲が完全に満たされていて私たちの付け入る隙がないか……どちらにしても信じられません、リーサ」


「たぶん両方だな」


 魔法耐性スキルは高レベルだし、昨日はゼルスと一晩中肌を重ねたおかげで、欲望も満たされている。


「そ、そんな……この男、私たちを見ても欲情しないのですか、ローサ」


「この男、きっとエッチな女の子をいっぱい飼っているのですよ、リーサ」


「言いたい放題だな……まあいい。お前ら、勿体つけて出てきたからにはそれなりの地位なんだよな? 魔王リジールの居場所、教えてもらおうか」


「この男、魔王様の居場所を知ってどうする気なのでしょうか、ローサ」


「魔王様を殺すつもりに違いありません。教えてはダメですよ、リーサ」


「殺すわけないだろ。俺は魔王を手籠めにしに来たんだ」


 そう言った瞬間、サキュバス姉妹は口を閉ざした。

 直後、ふたりの顔色が真っ青に変わる。


「変態です!! この男は変態の極みです、ローサ!」


「まったく性欲満たされていないではないですか! 人間の男じゃなくて、ケダモノのオスです! 分別を知らない鬼畜変態です、リーサ!」


 ぎゃあぎゃあと大声で喚き始めたふたりに、俺はだんだんと苛立ってきた。

 ふたりの腰を強引に抱き寄せ、手を這わせる。


「……面倒臭いな。お前らの体に訊いた方が早いか」


 我ながら悪党のようなセリフだと思ったが、構うまい。

 サキュバス姉妹のうち、リーサと呼ばれた女の胸に手を伸ばす。


 こちらの手つきから意図を察すると、リーサは自ら豊かな胸を張るように背を反らしてくる。

 むにゅんっ……と、服の上からでも重量感と柔らかさが俺の掌に伝わってくる。

 リーサは愚者を見る目で俺を見つめ、声を立てて嘲笑った。


「この男、身の程知らずにも私のおっぱいを揉みましたよ、ローサ。サキュバスに触ったが最後、魅了されて二度と手を離せなくなるのに、バカな男ですね」


 挑発に構うことなく、むに、むにと俺は胸を揉んでいく。


「あんっ♪ ふふっ、可愛い声出してあげればいいんですか? おっぱいのことしか考えられないおバカさんになるまで、あなたの顔、見ててあげます」


 むに、むに、むに。


「……んん、っ。なかなかしぶといですね? でも、もうすぐ……」


 むにゅんっ、ぐに、ぐにっ。


「ひぅ!? ……そ、そんな強く揉むなんて、女の子の扱いがわかってな……あう!?」


 くにっ、くりゅくりゅくりゅ。


「ひぃぃぃんっ!? さ、先っぽ急にっ、そんな、やめっ、あ、あぁぁぁっ♪」


 ……ものの一分もしないうちに、リーサはおとがいを反らし、はしたない声をあげてイってしまった。

 服を脱がしていないためテイム条件は満たしていないが、とりあえず絶頂させておくだけで充分だ。これでしばらくは動けないだろう。


 片割れのローサに向き直ると、まさかリーサが果ててしまうとは思っていなかったようで、明らかにうろたえた様子でいる。


「なっ、な……!? そんな……サ、サキュバスが性技で……しかも胸だけで、こんなに簡単にイかされるなんて……この人間は何者なのです、リーサ!?」


 ローサが問いかけるも、リーサは涎を垂らして快感に蕩け切った顔を晒すばかりで、しばらく正気を取り戻しそうにない。

 俺はローサの前で手をわきわきとさせ、ギロリと睨みつけた。


「お前もこの女みたいになりたくなかったら、魔王の居場所を教えろ」


「……どう聞いても悪党のセリフです。聞きましたか、リーサ」


「そのツッコミは、さっき俺が自分でしておいたから無効だ。つべこべ言わずに魔王の居場所を教えるか、強制的に極楽を味わわされるか、好きな方を選べ」


 ローサは俺の手をじっと見つめて、しばし何かを考え込むと、口を開いた。


「魔王様のところへは、幹部専用の通路を通れば近道です。専用の通路には、魔王軍の紋章が描かれた扉に、この石板を押し当てれば入れます」


 ローサは懐から、スマホくらいの大きさの石板を取り出すと、俺の手に握らせた。魔力がこもっているためか、それともローサの体温か、ほのかに温かい。


「よし、いいだろう。ご苦労だったな……」


「待ってください」


 俺は急いで立ち去ろうとしたが、ローサに服の裾を掴まれていた。

 まだ何かあるのかと思って顔を見ると、


「私のことも、気持ちよくしてください」


「……は? いや、お前はいいよ。色々教えてくれたし」


「私が気持ちよくなりたいんです! サキュバスを気持ちよくさせられる男の人なんて初めて見ました。いつも男の人は勝手にどぷどぷ出しちゃうばっかりで……」


 ……胸に触る前はあんなに得意気だったくせに、じつは欲求不満だったのかよ。

 もっとも、言われてみればかなり明快な理屈のような気もするが。


「リーサだけなんてズルいのですよ。私のことも可愛がってください」


 自分から俺の手を掴んでくるローサ。

 俺は溜息をひとつこぼして、多少の寄り道をする覚悟を決めた。

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