第十八話 英雄、出撃す


 魔王リジール接近の報を聞いた俺たちは、急ぎ、ガスパーを含む城の重臣たちが待つ玉座の間に向かい、詳しい話を聞いた。

 とは言っても、誰が一番詳しい事情を知っているのかといえば、何のことはない。

 そもそもの情報源は、キアの目撃証言だった。


「ゆうべ、パーティーが終わってから、念のため海の辺りを見回ってた。魔王リジールはすぐ近くまで来てるって、ジェナが言ってたから」


「それで、見つけたのか?」


 俺が訊ねると、キアはハッキリと頷いた。


「海の上を動く島。その上にそびえ立つ城……間違いない。それに、キアが近づいたら知らない魔族がやってきて、攻撃された」


「なに? 怪我はしてないだろうな?」


「すぐ逃げてきたから平気。……でも、かなり近くまで来てた。もしかしたら今日のお昼くらいには、ノースモアに上陸してくるかもしれない」


 キアの予測に、城の重臣たちがどよめく。

 その動揺を視線で制し、俺に判断を仰いできたのは、やはりガスパーだった。


「ヴァイン陛下。我が国には充分な戦力があります……が、まだ吹雪が止んだばかりで除雪作業が済んでおらず、進軍には時間がかかる状況です」


「そうだな。仮に上陸されたとして、進軍に苦労するのは魔族側も同じだと思うが……寒さに耐性のある魔族たちと、根競べをするのは無謀だろう」


 俺は玉座の脇に無造作に置いてあった王冠を手にすると、ガスパーに近づき、その頭に乗せてやった。


「俺が出る。俺の身に何かあったら、後はお前らで何とかしろ」


「……ヴァイン陛下……!」


「王冠を返した意味はわかるだろ? 俺はもう『陛下』じゃねえ」


 ガスパーたちの間をすり抜け、俺は廊下に続く扉へと向かう。その後を、ラクシャルたちが追いかけてくる。

 俺が玉座の間を去る直前、重臣たちの涙ぐむ声が聞こえた。


「英雄だ……あの方は、国王でなくとも英雄だ……!」


「我らは歴史の生き証人として、語り継ごうではないか。ノースモア王国を救うため、若き命を散らした英雄たちがいたことを……!」


 どこか自己陶酔にも似たようなその声に背を向け、廊下を歩く俺の足は自然と早歩きになった。


「俺のこと勝手に殺す気でいやがるな、あいつら……」


「し、仕方ないよ……ジェナの情報だと、魔王リジールはゼルスちゃんよりずっと強いって噂されてるくらいだし」


 タマラがあまりフォローになっていないフォローを入れる。

 別に、死んでほしいとか思われているわけではないのはわかるが、それでもあまり気分はよくない。


「まあいい。俺だって、国のために頑張るわけじゃないしな」


 俺の目的はただひとつ。魔王リジールそのものだ。

 おそらく、敵はこのゲーム〝クロスアウト・セイバー〟でも有数のボスクラス。

 ということは絶世の美女か、はたまた愛くるしい美少女か。

 なぜかジェナはその辺りの情報を話してくれなかったが、いずれにしても、俺の手で魔王リジールはテイムしなくてはならない。


「貴様の張り切る理由はおおむね見当がつくが……乗り込む気か?」


「それがいいだろうな。待つのは性に合わない」


 ゼルスの問いに短く答えて、俺は戦いの準備を始めようと思った。

 今回は今までにない激闘になるかもしれない。念のため、装備を確認しておこう。

 以前ノワゼットの研究所から回収した剣を取り出してみる。


「あ。その剣は……」


 剣を見た瞬間、タマラがビクリと怯えたように震えた。

 この剣を回収する時にはひと波乱あり、タマラは呪いで我を失ってしまった。

 既に呪いは解けたので害はないが、あの時のことを思い出して怯えるのは仕方ない。


「今回は万全の装備で行く。他に何か使えそうなものはあったかな……」


 言いながら、呪い、という言葉でひとつ思い出した。

 ジェナが今回の異常気象を引き起こすために使用した、魔力の結晶、魔幻石。


「ゼルス。お前、呪いには詳しかったよな? この石、呪われてないか見てくれよ」


「何じゃ? ……これは、魔幻石!? ヴァインよ、いったいどこでこれを?」


 そういえば、魔幻石を回収した時、ゼルスとは一旦離れていたんだった。

 俺がかいつまんで説明すると、ゼルスは得心がいった様子で頷く。


「なるほど、これが呪いの中枢か。じゃが、見たところ、この魔幻石自体には何の呪いもかかってはおらんぞ。心配は無用じゃ」


「わかった、ひとまず安心した。で、次に聞きたいんだが、この石を持ってれば俺の魔力がアップするとか、そういう効果はないか?」


 俺は期待を込めて訊ねたが、ゼルスはあからさまに眉をひそめた。


「魔幻石に秘められた魔力は膨大じゃが、それを引き出すには色々な道具や呪法が必要となる。装備するだけでも多少は恩恵が得られるじゃろうが、雀の涙じゃな」


「ないよりマシってレベルか……まあ、使えるもんは使っておこう。何かヒモでも通して、この魔幻石を装備したいが……」


 言いかけると、ラクシャルが「はいっ」と元気よく挙手した。


「それなら私にお任せください! こんなこともあろうかと、最近は常に麻紐を携帯していますので!」


「ああ、じゃあ頼む。……でも、なんで紐なんか持ち歩いてんだ?」


「ヴァイン様が私を縛りたくなった時のためです。男女の交わりにはそのような嗜好もあるのだと、城のメイドさんから聞きましたので……はい、できました!」


 俺が預けた石を、ラクシャルは笑顔で答えながら、手際よく縛り上げて吊るした。

 その結び方は、どう見ても亀甲縛りのそれであった。


「…………よし。行くか」


 俺は心を無にして、亀甲縛りにされた魔幻石のペンダントを首から下げた。

 一気に緊張感を削がれ、もうこのまま突撃してしまおう、と投げやりな気分にすらなっていた。




 城の外で人化を解いたキアの背に乗り、俺たちは西へ飛んだ。

 沿岸部まではかなり距離があったが、空は晴れており飛行に支障がなかったことと、キアの飛行速度のおかげで、さほどかからずに海が見えてきた。


「あれだよ、ヴァイン」


 キアが前方を示しながら言ったので、俺は目を凝らした。

 沿岸から見える水平線の上に、ぽつんと黒い点のようなものが浮かんでいる。


「肉眼で見えるほど近づいてきてるのか。こりゃ、一刻の猶予もないな」


「……いよいよ、ですね」


 ラクシャルが呟くと、ゼルスとタマラも、キアの背に乗ったまま身構える。

 ぐんぐんと距離を詰めていけば、最初はただの黒い点に見えたものが、海上に浮かぶ小島であることがわかってくる。

 島の上部には、禍々しい様相の城が築かれており、周囲を警戒するように鳥型の魔族が飛び回っているのが見える。


「なあ、ゼルス。交渉の余地はあると思うか?」


 ジェナの話からすると可能性は低そうだが、一応、意見を訊いてみた。

 戦闘の準備こそしてきたものの、俺は別に魔族を敵視しているわけじゃない。さすがに、いきなり斬りかかる気はしなかった。


「余はリジールの性格に関しては知らぬ。何とも言えぬな」


「ヴァイン、交渉するの? ……ゆっくり近づいてみる?」


 キアは俺の意を汲んでくれたようで、速度を緩め、鳥型の魔族に近づく。

 ロック鳥とは違い、相対した魔族は巨大なカラスのような真っ黒い怪鳥だった。

 怪鳥たちはあからさまな敵意をみなぎらせ、俺たちを取り囲む。


「待って! キアたちは無差別な攻撃はしないよ。まずは話を――」


 キアが言い終える前に、怪鳥たちは突撃してきた。

 しかも――全員が、俺に向かって。


「【グラビティボール】!!」


 俺は魔法でいくつもの重力の球を作り出し、怪鳥たちに叩きつけてピンボールのように弾き返した。

 低レベルの魔法のため、大したダメージは与えておらず、怪鳥たちは再び機会を窺うように周囲を飛び回り始める。


「どうやら、話の通じる相手ではなさそうじゃな」


「そのようですね。……ヴァイン様、ご命令を」


 再度の襲撃に備え、ゼルスは糸を出せるよう身構え、ラクシャルは剣を抜く。

 要塞を見下ろしながら、俺は命を下した。


「俺は要塞に上陸して、魔王を直接叩く。お前らは外で敵を引きつけろ。危なくなったら逃げてもいい。絶対に無理はするな」


 簡潔に命令すると、タマラが反論の声をあげた。


「ヴァインくんひとりで? 無茶だよ、そんな……!」


「心配すんな。奴隷を増やして帰ってくるから、楽しみにしてろ」


 タマラの懸念を振り切るように、俺は空中に身を躍らせた。


「【エアロ・ウィング】!!」


 いやそれ楽しみにすることじゃないから、などとタマラの声が聞こえた気がするが、無視して風の翼を纏い、急降下する。

 すると、キアたちを取り巻いていた怪鳥たちも、一斉に俺を追いかけてきた。

 眼下の要塞からは、悪魔の類なのか、黒い角と翼を持った少女のような魔族たちが飛び出してきて、手に手に槍を構えて、こちらを警戒している。


(侵入の阻止が最優先ってことか……? なら、俺だけで相手するしかないな)


 俺はまず、要塞で待つ悪魔たちに向けて魔法を唱える。


「【イラプション】!」


 ジェナから奪った炎魔法だ。

 唱えた直後、悪魔たちの足元で爆発が巻き起こり、天高く吹き飛ばす。


 吹き飛んだ悪魔の中には、翼をはためかせて復帰を試みる者、吹き飛んだまま海に落ちる者など色々いるが、大きなダメージを負った者はほぼいないようだ。

 だが、こいつらを撒くだけならこれで充分だろう。


 次は後ろから追いかけてくる怪鳥どもだ。


「【ストーム】!」


 風魔法で、後方に向かって突風を巻き起こす。

 怪鳥たちを突風で吹き飛ばすと同時、俺自身はジェット噴射のように加速し、まだ炎が地を舐めているままの要塞に降り立つ。


 これで一時的に敵をやり過ごせたのはいいが、ラクシャルたちは大丈夫だろうか?

 突入前に様子を確かめようと、振り返って空を仰ぐ。


「タマちゃん、行くよ!」


 俺が吹き飛ばした怪鳥たちめがけ、キアが突っ込む。

 背中に仲間を乗せている状態のキアは、あまりアクロバティックな動きができないこともあって、空中戦では不利なのだが――。


打打打打打だだだだだぁぁっ!!」


 キアの背中に乗ったまま、タマラが拳状に固めたマントの乱打を繰り出す。

 乱打の直撃を受けた怪鳥は悲鳴をあげ、海に墜落していく。


 仲間をやられたことで他の怪鳥たちが怒りを露わにするが、そいつらがキアに接近するよりも早く、その体に糸が巻きついた。

 怪鳥たちに絡みつく糸を伸ばしているのは、当然――魔帝ゼルスだ。


「【ライトニング・ボルト】!!」


 ゼルスの唱えた雷魔法によって生み出された電流が、糸を伝って、同時に複数の怪鳥たちを襲う。

 強烈な電流を浴びた怪鳥たちは、次々と落下していく。

 しかし、その中でも根性のある個体は、キアたちに一矢報いようと急接近する。


「甘いですっ!!」


 ラクシャルの振り下ろした双剣が、接近する怪鳥を一撃のもとに斬り伏せる。

 周囲の敵を一掃すると、キアも俺の近くまで降りてきた。


「ヴァイン、どうしたの? 忘れ物?」


「お前じゃあるまいし、この状況で忘れ物なんかするか。お前らだけに任せても危険がないかどうか、一応確認しておきたかったんだが、大丈夫みたいだな」


 呆れ混じりに答えると、ぱあっと表情を輝かせる奴がいた。

 言うまでもなく、ラクシャルだ。


「ヴァイン様、そこまで私のことを思っていてくださるのですね! ああ、私は果報者です、ヴァイン様……!」


「ヴァインは『お前ら』と言ったじゃろう。ラクシャルのことだけではないぞ」


 俺がツッコもうとしたことを、むすっとした顔のゼルスが先に言った。


 ……と、一瞬聞き流しそうになったが、俺もラクシャルもタマラも、態度の変化に気がついてゼルスの顔を見つめる。


「な……なんじゃ? 貴様ら、急に余の方を見て……」


「ゼルス様……今、ヤキモチを焼かれました?」


「あ、ラクシャルちゃんもそう思った? 今、ゼルスちゃん嫉妬してたよね」


 ラクシャルとタマラが顔を見合わせて頷き合うと、ゼルスは耳まで真っ赤になって、声を荒らげる。


「んなっ!? ど、どうして余がヤキモチなぞ焼かねばならんのじゃ! 余はただ、誤りを訂正したかっただけでじゃな……!」


「みんな、また敵が来てるよ」


 色恋に関心の薄いキアだけが、冷静に周囲を見回しながら言った。

 キアの言う通り、要塞のあちこちにある入り口から敵が飛び出してきている。俺たちの迎撃に出てきているのは間違いなさそうだ。


「ラブコメは後回しだ。お前ら、気合入れ直せよ」


「ええい、やかましいっ!」


 いちいち激昂するゼルスは気にせず、俺は駆け出した。

 さっきの連携を見る限り、囲まれさえしなければ、陽動は任せて問題ないだろう。これで、安心して魔王退治に集中できる。


(それに、ゼルスの奴……可愛げが出てきたな)


 からかわれてムキになっていたゼルスの様子を思い出し、自然と頬が緩む。

 後でたっぷり可愛がってやろう。そのためにも、今は要塞をとす。


 一刻も早く魔王のもとへ向かいたいが、要塞の内部構造は知りようがないので、適当な入り口から侵入するしかない。

 開いていた近くの扉をくぐり、要塞内部に潜り込んだ。

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