第5話 夏祭り 肆

「ふざけんじゃねぇぞ! お前、何言ってるんだ! 早く出やがれ、早く!」

「だめだよー、仮にも女の子に乱暴しちゃぁー。そらね、周りが見てるでしょ?」

 そいつは白々しくチラチラと俺の注意を促す。祭り会場は向こうに見えるが、もしこの状況を誰かに見られでもしたら――俺はどう捉えられるのだろう。

「……くっそ!」

「口が悪いよ?」

「何が目的だ!」

「目的。目的教えて欲しい? 教えて欲しいでしょ?」

「うざい!」

 ケタケタと笑うそいつに賢斗は竹刀を向けたまま。今にでも喉を突けるように待機していた。高校の剣道では喉を突くのはご法度だが、今の状況は致し方ない。

 そいつは渋々――、いや楽しそうに目的を話し始めた。

「目的はね、夏祭りを楽しみたいんだ。僕はね。長年ここにいる地縛霊みたいなもんで、度々人に憑いたりして揶揄からかうのが好きなんだ。だから噂の君が来た時は肝を冷やしたよ! 肝なんてないのにね! 笑えるよ!」

 なんだろう、とってもうざったいやつに絡まれてしまった。

「早く出やがれ! さもないと……お前が!」

 その時だった。

 まばゆいほどの紫色の光が地面から上がり、あたりを一瞬だけ照らした。地面には無数の記号と不気味な円。それは何もかも吸い込むブラックホールのように、じわりじわりと広がっていく。燃え上がる炎のようにも、飛沫を上げる水にも、見えるそれを、操る術者に俺は心当たりがあった。

 呻き声を上げながら倒れこむ黒い影の奥にそいつはいた。

「な、何者だ!」

 三流の映画でしか聞いたことのないそんな台詞を言って、憑いた身から出された影は、浴衣姿の女子高生に膝をつかされていた。彼女が上げた手を下に向け呪文を唱える、憑き物は屈したように地面を這う。

「私に憑くなんて百万年早いわよ」

 術式の中央、眩い光の中。紫音は化け物にそんな台詞を吐く。

「……だからそいつには憑くなって言ったのに……」

 陰陽師、安倍晴明の十四代目の子孫である室町時代の陰陽師「阿部有世ありよ」が基礎を気付いたとされる土御門家。代々陰陽道を伝えていった唯一の家である。幾多の歴史を超えて、明治初期まで栄えたとされているがその後は不明。

 だが細々と歴史に隠れて受け継がれたのは確かであり――。

「もう! 私に憑くなんて! 信じられない! 破廉恥! 馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!」

 ――土御門つちみかど紫音。

 それが彼女のフルネームである。歴史ある家の何十代目の跡取り様であり、陰陽道の使い手。普段は活発な女子高生として、とびきり大きな屋敷で何不自由ないお嬢様な生活をしているが、妖怪幽霊などには畏れられる術者。

 そして俺の幼馴染である。

「賢斗もこのあほ妖怪を縛るの手伝ってよー! 祓うの手伝って!」

 俺が深夜にコソコソしていたのは、少しでも彼女の負担を減らすためだった。彼女はその家の仕事上、夜に人に悪さをする幽霊妖怪を祓っている。しかし、昔から疲れて「もうこんな仕事いやー」だの、「早く寝たいー」だの文句を言っているのを見ている俺としては、心配だったのだ。その為にちょっとした手伝いとして俺は毎夜こんなことをしていたわけだが、紫音には告げず悟らせずにいた。最強術師様に情けない姿を見せたくなかった――俺のプライドが許さなかった。

「紫音お嬢様、わたくしめがお手伝いしますにゃー」

「あれ? 美雪、いたの?」

 とてとて、俺の肩から降りて紫音の元に歩いていく子狐。紫音の言う通り名前を「美雪」と言うのだが、そいつは紫音の式神である。紫音にとっては従順な下僕だが、賢斗に懐くそぶりはない。

「はい、これで滅!」

 ――俺の苦労はなんだったんだと思うほどにあっさりと祓うこいつに、俺の出る幕はない。男の俺よりも女のこいつの方が強いってどういうことなのだろう。情けない。本当に情けない。

「賢斗? 大丈夫ー?」

「……お前には勝てねぇよ……」

 全くもって勝てる気がしないのだ。

「さて、祓ったし動いたからお腹すいちゃった! 賢斗、クレープ奢って」

「ははっ」

 本当に勝てる気がしない。






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裏切り狐憑きの社 虎渓理紗 @risakuro_9608

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