第4話
日下部先生が教室を後にした事により休憩時間となったのだが入学式初日という事もあって教室内は依然として余所余所しい雰囲気を醸し出していた。無論皆全く知らない仲という訳ではなくネット上では敵味方共になった事がある仲で、同じ科に所属している人ならばランキングと照らし合わせて誰がどんなプレイヤーネームでプレイしているのかは分かっている。だが、ネット上での知り合いで通話ツールを使い話した事がある仲とは言え実際に顔を見るのは殆どが初めて。その上対戦ゲームというのもあって禍根を生みやすい為、普通科以上に対人関係は余所余所しいものになっていた。無論鉄も同じで特に誰かと話す事も無く学内ランキングを見ていたのだが、突如隣から罵声が飛んできたのを機にそちらへと目を向けた。
「あんたが水蠍?今まで散々コケにしてくれてたけど。」
「え、あ、あの……そうですけど……。」
「何?ネットではあんなにイキッてる癖にリアルだと何もいえない感じ?ダッサ。丁度良い。今お前暇だろ?」
見ると複数の男女が水姫を取り囲んで彼女を睨みつけていた。その様子から見るに過去に彼女に煽られ、コケにされて苦渋を舐めさせられたプレイヤー達だろう。とは言え、これは因果応報。穏便に事が済めば良いと鉄は思っていたのだが。
「は、離して下さいっ…‼︎」
「あ?お前に仕返しする為に俺らは入学してるんだよ。一発殴らねーと気が済まないんだわ。」
「いや……離して……っ。」
「うざってぇ。奈々。こいつどうするよ。」
「丁度良いしこの場で剥いても良いんじゃない?」
「っ……⁈」
恐らくリーダー格の女子が周りの男子に命じる。言われたままに制服に手をかけた彼らを見た瞬間、鉄は自らの机を蹴る。その音に驚いた彼らは水姫から目を離し鉄を凝視した。
「ゲームでやられて悔しいならゲームで返せ。現実に事を持ち込むな囲い厨。」
「な……なんだとてめぇ‼︎」
鉄の一言に顔を赤くした男子生徒が鉄の方を睨む。だが、それを一瞥した彼が立ち上がると、そのまま水姫に近づいて彼女を庇う様に集団の前に立ち塞がった。
「くだらないんだよ。ゲームで煽られたから現実で返すとか。しかも男が集団で1人の女の子の言いなりになって別の女の子を取り囲んでるとか。ダサいのはお前らだろう。煽られて悔しいなら強くなれよ。ゲーマーならな。」
「へぇ。いい事言うじゃない。そこの君の言う通りだね。」
鉄の言葉に感心した様子の声が入り口から聞こえる。その声に全員が振り向くとそこには沙姫が立っていた。
「す、砂姫さん……。」
「で?君達は私の馬鹿姉に何をしようとしてたのかい?事によっては全員恥かかせて上げるけど。」
睨みながら中に入ってきた沙姫に怖気ついたのか、無言のままバツの悪そうな表情を浮かべた彼らは視線を逸らす。だが、その反応に余計苛立ちを見せた彼女はリーダー格の女性の胸ぐらを掴み下着が見えてるのも御構い無しに机に足を乗せて睨みつける。
「どうせなら周りの囲い全員瞬殺した上で姉にやらせようとした事全校生徒の前であんた達にしてあげようか?」
「ひっ……。」
「入学早々全裸土下座させられたくないなら失せな。実力つけて出直してきな。」
そのまま押し飛ばされる形で手を離された女子生徒は尻餅をつき、逃げるようにその場を離れる。その後を囲っていた男子が追いかける様に去っていきクラスは一気に静かになった。
「……ったく。歯ごたえのない腰抜け低ランがイキるなっての。」
「い、一応彼女達もAランクだよ沙姫ちゃん……。」
「私と馬鹿姉にとっては低ランでしょ。謙遜する必要すらないわ。それより……。」
言葉を切ってちらりとこちらを見た沙姫と目が合うと、体をこちらに向けて品定めするかの様に見つめた。
「あんた朝私を止めた人でしょ。今回も水姫を助けてくれてありがと。」
「いや別にそんなつもりでも……。」
改まった謝辞に困惑しつつ鉄は手をひらひらとさせてあくまで軽い調子で返そうとするも赤らんだ顔は隠しきれずにいた。だがそれを見た沙姫はそれ以上に顔を赤らめた。
「そ、そんな照れなくても……私まで恥ずかしくなるじゃないの。」
「……えっ、何故?」
「なんというか、異性を恥ずかしがらせたとかなんか変なプレイしてるみたいで……。」
思わず口を開けてしまう。何を言ってるのか一瞬分からず鉄は水姫を見る。だが、水姫も口を開けて沙姫を見ていた。
「沙姫ちゃん……恥ずかしがる所おかしくない……?」
「え、そ、そう……?」
「もっと他にあったと思うけど……。さっき思いっきりパンツ見えてたし……。」
「パンツなんてただの布じゃないの。こんな物服と何も変わらないじゃない。」
ひらひらとスカートをめくり思いっきりパンチラさせている沙姫に鉄と水姫が赤面する。だが、当の本人は気にも止めずに手を離した。
「……ん、どうしたのそんなに見つめて。まだ見たかった?」
「い、いや、いいから‼︎むしろもうしないで⁈」
再びめくろうとした手を思わず水姫と共に掴んで止める。漸く理解した沙姫に溜め息を吐きつつ水姫は彼女を見上げる。
「ところで沙姫ちゃんは何故この教室に?」
「あー……。いや、どうせ水姫姉の事だから名前見られて喧嘩吹きかけられてると思ったんだよね。」
「それで助けにきたのか。案外姉思い……「だから一緒にいじり倒して泣かせようと思ったんだけど……「おい⁈」流石にやり過ぎてたから思わず助けてしまったよね。」……な、成る程……。」
ここへ来た理由に何とも言えない表情を浮かべながらも鉄は内心沙姫の登場に安堵していた。もしあの場で自分が出ていたら手が出ていたかもしれない。と言うと格好がつく位には聞こえは良いが多勢に無勢。ゲームの中では経験した多人数対一での鮮やかな勝利も現実ではあり得ない。ではゲームの中はどうか。それも残念ながら厳しいものになる。と言うのも、水姫を囲んでいた連中はランクで言う所のAランク上位陣。Sには届いていないとは言え彼らと戦う資格を持つ強豪。同じAランクとは言え最下位に属する鉄とは超えて来た戦場も経験も違う。更にFPSは経験と才能どちらが欠けても上位には上がれない。才能が無ければより良い経験を積めないし経験が無ければ才能を活かすことが出来ない。無論これはチームゲームにおけるeスポーツ全般に言えることである。故に自分より上の人間は、少なくとも経験か才能どちらか或いは双方上回ってる事が多い。
無論、中には人外認定される者もいるが。才能に見舞わられずも諦める事なく桁違いの敗北を重ね、その全てを動画として残し敗因を追求し続けた超努力型のSランカーや気まぐれで始めたゲームで他者を一切寄せ付けない圧倒的な才能を見せた天才型のSランカーは数年に一度は現れる。その点で言えば目の前の沙姫は間違いなく人外認定。それも単なる天才では物足りない程の才覚を発揮したプレイヤーである。
話を元に戻そう。つまり、ランキングの差がある程順位以上に実力派がある。その中で彼ら相手に『ゲームの事はゲームの中で決めな』と強気に出た所で良くて水姫のお陰で勝利。悪ければボロカスに負けた上で水姫のストリップショーになっていたかもしれない。その点沙姫が矢面に立ってくれた事で丸く収まった形となった以上鉄は安堵せざるを得なかった。
「ま、何にしても水姫姉に良いナイト付いてるし私も少し安心ね。よかったじゃない。」
「そ、そんなのじゃ……まだ会ったばかりなんだし……。」
顔を赤くした水姫を揶揄いつつ予鈴の音を聞いた彼女は手を振って教室を後にしようとする。それに対し苦笑で返すしかなかった鉄だが、何か思い出した様な表情を見せた彼女が水姫と鉄の間でニヤリと笑い
「あ、初めての時は私も混ぜて3人で楽しもうね?」
「さっさと戻れ痴女‼︎‼︎」
思わず怒鳴ってしまう程の爆弾発言を残して去っていった。
隣のクラスの学年最強美少女は羞恥心がおかしい @halumaki
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