手編みのマフラー

夏秋冬

手編みのマフラー

沙織は誕生日のプレゼントに手編みのマフラーを貰った。夫が編んだものだ。

二か月ほど前に彼が毛糸と編み棒を買ってきて「誕生日プレゼントを編む!」と宣言した時には驚いた。結婚して三年、手芸のしゅの字も口にしたことはなかったから。「編み物なんてできたの?」と問うと「言わなかったっけ?」と彼は飄々と答えた。以来、こつこつとマフラーを編みあげた。


隠れてプレゼントを用意していたならばそれを受け取った時には弾けるような喜びがあっただろう。しかし毎晩ソファーに陣取り贈り物を編む夫の姿を見るのは悪くなかった。この二か月、夫が毎晩自分の為に時間を費やしているのを見て沙織は暖かい気持ちでいた。サプライズでのプレゼントの喜びが二か月の間続くだろうか。


しかしよく思い出せば夫が編み物が出来ると言ったことはあった。結婚する前に彼が手編みのマフラーを巻いているのを見て「誰に編んで貰ったの?」と問い質したことがあった。その時彼は「自分で編んだ」と確かに言ったと思う。

沙織は、彼のその台詞は嘘だろうと思っていた。男が編み物などするはずがない。だから前の女が編んだ物を身につけてくるなんて無神経過ぎると思ったし、その後新しいマフラーを買って彼に贈ったのだ。以来彼の手編みのマフラーを見ることはなかった。


それを思い出すと彼は3年越しで身の潔白を証明したのではないだろうか。俺は編み物ができる、お前は疑っているかも知れないがあのマフラーは確かに自分で編んだものだという証拠を突き付けたのではないだろうか。


しかしそんなに執念深い人でもないし、と思ったが、三年と少しの間一緒にいて知らないことはまだある。編み物ができることも知らなかったのだし。


手編みのマフラーはどういう意図なのか、あの時どんな気持ちだったのか、それとも考え過ぎなのか、訊いてみるべきか、夫婦であっても訊かない方がよいのか。

沙織は夫の編んだマフラーに口元を埋めそっと考えた。

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手編みのマフラー 夏秋冬 @natsuakifuyu

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