其ノ後

 「じゃ、お兄ちゃん、いってきまーす!」

 今朝も元気に、カナは中学校に通っている。

 「おぅ、クルマに気をつけてな。それと、知らない人にお菓子とかもらっても、ついてくんじゃないぞ?」

 「ヤダ、幼稚園児じゃあるまいし……お兄ちゃん、あたし、もぅ子供じゃないんだからね!!」

 口を尖らせるカナの顔に、ほんの一瞬だけ誰かの面影がダブる。

 (うん、知ってるよ……)

 そう心の中で呟きつつ、俺は明るく笑い飛ばす。

 「ハハハ、こいつは、「りっぱなれでー」に失礼だったな」

 「──お兄ちゃん?」

 僅かに何か言いたげな表情になったカナだったが……。

 「ん? なんだ、カナ

 「……ううん、何でもない。それじゃあ、いってきます!」

 結局何も言わずに、そのまま出かけて行った。


 ──俺が華名の身体を抱いた時から、およそ3週間ほどの時が流れていた。

 あのあと、目を覚ますとベッドからは華名の姿は消えており、代わりに枕元にメモ書きの手紙が残されていた。

 約束通り、このまま加奈子の意識を戻すこと。また、加奈子の純潔も、すでに元通りにしてあること。ただし、加奈子の身体は深い眠りについているため、明日はたぶん寝坊するだろうこと。

 そういった諸々の伝達事項の最後に、簡潔にこう書き添えられていた。


 『この二日間、楽しかった。ありがとう、兄者。加奈子と幸せにな

  追伸 老婆心ながら一言。加奈子を不必要に子供扱いするのは控えたほうがよい。幼くともすでに「女」じゃぞ?』


 「……なんでだよ、クソッ!」

 俺はアイツに……華名に、たいしたこともしてやれなかったのに……。

 どうして、こんな最後まで気を使ってくれるんだ!?


 翌朝、目を覚ました義妹がいつものカナ──加奈子に戻っていることに安堵しつつ、俺は胸のどこかに穴が空いたような寂しさも感じていた。

 時間が経てば、この寂しさも忘れられるかと思ったんだが……。

 「まぁ、しょうがねぇわな」

 俺にとって最愛で最優先事項である、妹のカナ。目の中に入れても痛くないその娘の姿は、(同一人物なのだからあたり前だが)嫌が応でも、もうひとりの少女──と呼べるかは微妙だが、あの古めかしい言葉づかいをする御先祖様を思い起こさせるのだから。


 無論、あの時の選択を後悔する気はない。

 俺にとってカナは、ことによったら自分の命以上に大事な存在だ。

 以前なら、それは単に「妹に対する兄の感情だ」と誤魔化していただろうが、華名のおかげで自分があの子を「女」として意識していることも否応なく自覚、いや認めさせられた。

 もっとも、カナのほうが俺を恋愛対象として意識してくれるかは、また別の問題だけど。


 けれど──あのもうひとりのカナ「藤堂華名」が、俺の心の一部を確実にかっさらって行っちまったことも事実なんだよなぁ。

 「ま、二度と会えない人のことを思って、溜め息ばかりついてても仕方ねーか」

 生きている人間は、たとえ辛くても去った人のことを思い出に変え、日々を懸命に生きていくしかない。それは、9年前に家族を喪った時に、嫌と言うほど思い知っていた。


 「ねぇ、お兄ちゃん……何か、あたしに隠し事してない?」

 だから、その晩、カナにそう聞かれた時も、笑顔で嘘をつけてたはずだった。

 「ふふふ……さすがだね、加奈子くん。冷蔵庫の奥に隠してあるファミーユのシュークリームのことを、これほど早く嗅ぎつけるとは!」

 「え、ホント!? ラッキー♪ ……じゃなくて!」

 一瞬だけ素で喜んだカナが、すぐに真顔になる。

 「──お兄ちゃん、あたしの顔を見て、時々哀しそうな表情してる」

 「!!」

 迂闊だった。表面に出してはいないつもりだったのに。

 「そんなコトは……」

 「あるもん! いつもじゃないけど、あたしを通して誰か別の人のこと考えてるんでしょ?」

 ──参った。これが「女の勘」と言うヤツなのだろうか。

 華名の伝言にあった「幼くともすでに女」という言葉の意味を、しみじみ再確認していると、珍しくカナが目を吊り上げて怒る。

 「ホラ、また! 今も、あたしが目の前にいるのに、その女性ひとのこと考えてる!」

 何も言えないでいる俺の胸に、ドンッ! と体当たりするかのように飛び込んでくるカナ。


 「……ずっとね、考えてた。

 お兄ちゃんはお兄ちゃん、あたしより年上の大人の男の人なんだからって。

 これまで5年間、あたしを守ってくれてたんだから、もし恋人とかができても、笑って祝福してあげようって。

 でもね……ダメなの! あたし、自分で思ってた以上に悪い子だったみたい。

 お兄ちゃんが誰かほかの女の人と抱き合ったり、キスしてたり、せ…せっくすしてたりしたらって考えると、すごく悲しくて嫌な気分になるの。

 あたし……お兄ちゃんのコトが好きなの!!」


 それは、あの入学式の夜にカナから聞いた「大好き」と似て非なる言葉だった。

 あの時の言葉は兄としての俺に投げられたものだが、今のそれは明らかに「男」としての俺に対するものだ。

 カナに対して単なる「妹」以上の意識を抱いている俺にとって、それが嬉しくなかったはずがない。


 ──だから油断していたのだろう。

 「はむッ……」

 胸の中のカナに何か言おうと俯いた瞬間、カナに口づけをされてしまったのは。

 (ちゅ、中学生の女の子に唇を奪われるとは、この藤堂陣八、一生の不覚……あぁ、でもやわらかいし、いいにおいがするし、きもちいーなぁ)

 不意打ちとは言え、元より最愛の女性とのキスなのだ。後半に少々ダメダメな思考が混じってしまうのも、ご寛恕願いたい。

 だがしかし。


 ──バチッッッ!!


 カナと触れ合っている唇から静電気のような感覚が発生したかと思うと、何か空気の壁のようなモノに、俺の身体ははじき飛ばされた。

 「ってぇ……何だ、何があったんだ、一体!?」

 尻もちついた姿勢から立ち上がろうとすると、涼やかな声がかけられた。

 「あいかわらず、ボケボケした顔をしておるのぅ、兄者」

 眼の前のカナの表情は、先ほどまでの「恋する女の子」から一転、呆れたようなモノに変わっている。

 「!! ま、まさか……」

 華名、なのか?

 「ほほぅ、たったひと言葉で見破ってくれるとは、さすが兄者よ。コレもわらわと加奈子への愛故、と思ぅてよいのかの?」

 ……まぁ、ソレは今更否定しない。

 「じゃが、こんな早くに加奈子に手を出したのは軽率じゃったのぅ」

 手を出したって……さっきのキスのことか? いや、でもアレはカナの方から……。

 「とは言え、兄者も拒絶はしておらなんだじゃろ? あまつさえ、舌まで入れてきよってからに……13歳の処女おとめ相手にやり過ぎじゃ!」

 そう言われると言い返せねーな。

 華名いわく、カナが性的な刺激を受けて意識がオーバーフローして、かつ相手が潜在的霊力者である俺だったため、再度「揺り返し」のようなモノが発生して、再び華名の人格が表面に出て来たらしい。


 「まったく……確かに子供扱いするなとは書いたが、まさか中学も出ぬウチに手を出すとは」

 華名の叱責にぐぅの音も出ない。

 「え、えーと、それで元には……?」

 「無論、前回と同様の方法で戻れる。じゃが」

 そこで言葉を切り、ニヤリと笑う華名。

 「せっかく出られたのに、そのまますぐに元に……と言うのは少々味気ないでな。

 幸い、明日からはごーるでんうぃーくの連休じゃて、その間、妾も羽を伸ばさせてもらうぞえ?」

 あー、やっぱり。いや、そうなるんじゃないかとは思ってたけどさ。

 「それでは、兄者、またしばしのあいだじゃが、よろしく頼むわえ」

 それでも律儀にペコリと頭を下げる華名に──愛しいちっちゃな御先祖様に俺が言うべき言葉は、ただひとつだ。

 「うん、よろしくな。それと……お帰り、華名」


-終-

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巡恋華 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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