エピローグ

第303話 冷やし中華お待たせしました!


 ハツキ島西部。

 統合軍が航空輸送のために建設した空港は、現在では民間向けにも開放され新しいハツキ島の玄関口となっていた。


 ターミナルを降りたタマキは送迎車乗降場へと足を向ける。

 季節は初夏。すっかり夏らしい気温であったが空気は乾燥してさらりとしている。

 トトミ首都で暮らすタマキにとってハツキ島の太陽は眩しく、サングラスをかけて迎えの車を探す。


 そんな彼女の姿をみとめて、1台の小型運搬車両から運転手が降りて手を振る。

 すらりとした長身の、灰色の髪をした女性。修理工の仕事のためか、ハツキ島の強烈な太陽光線のせいか、日焼けがちな彼女だったが、タマキには直ぐにそれが誰か分かった。


「お久しぶりですね」

「直接会うのは4ヶ月ぶりくらいかな。荷物預かるよ中尉殿」


 イスラが笑って手を差し出す。

 タマキは階級章を示そうとしたが、私服のためつけていない。やむなく口頭での注意を行った。


「大尉です」

「そうだったな。昇進おめでとう」

「それはどうも。

 いつものトレーラーで来るのではないかと思っていました」


 タマキが冗談めいていうと、イスラは笑って返す。


「それも考えたんだ。みんなで出迎えて驚かせてやろうって。

 だけど今は仕事で使ってるから難しくてな。いやあ残念だ」

「思いとどまってくれて嬉しい限りです」


 冗談を言い合い、タマキが助手席に乗るとイスラは車両を出した。

 車両が高規格道路へと入ると、タマキは鞄から包みを取り出す。


「頼まれていたものですが、トトミの軍研究所で調べました。念のためスーゾにも見てもらっています」


 包みから出てきたのは漆黒の輪っか。腕輪のようにも見えるが、装飾の類いは一切ない。

 イスラが宇宙空間を漂っているのを見つけて回収したのだが、結局ハツキ島の設備ではそれが何なのか解析できず、トトミ首都のタマキへと送って解析を頼んでいたのだった。

 イスラは黒い腕輪を手に取る。


「それで何か分かったかい?」

「残念ながら。

 統合軍の技術でもこれが何なのか、どういう物質で作られているのか解析不能でした。

 分かったのは恐らく前大戦中に製造されただろうということだけです」


 ほぼ何も分からないという結果になったが、イスラは楽天的だ。


「それだけ分かれば十分さ。

 我らが天才先生にきいてみれば分かるだろ」

「協力してくれるのならばそうでしょうね」


 タマキとしては彼女が協力してくれるかどうかは懐疑的だった。

 でもそのあたりイスラは上手くやるだろうと、それ以上言わない。

 

 ハツキ島中央東区。新規オープンを果たした中華料理店『ツバキ』へと向けて、車両は進む。

 その間、2人はツバキ小隊時代の思い出話に花を咲かせた。


          ◇    ◇    ◇


 帝国軍によるハツキ島強襲と、統合軍によるハツキ島奪還作戦。

 2つの戦いを合わせてハツキ島戦役と呼称されている。

 

 そのハツキ島戦役に巻き込まれて、中華料理店『モンゴル帝国』店舗は消失。

 戦後、復興支援金と、ナツコが得た軍務手当と膨大な功績給によって再建がなされていた。


 店名を『ツバキ』に改め新規オープンした店の売り上げは上々だった。

 全宇宙へと配信されたハツキ島奪還のニュースに映る、ツバキ小隊隊員の勤める店として一躍有名に。

 ナツコによる創作料理の賛否は割れるところではあったが、基本的な料理は美味しいと評判になり、復興作業の続くハツキ島島民にとって貴重な外食施設となっていた。


 店内にはカスタムの施された〈ヘッダーン5・アサルト〉が展示され、壁には大判で印刷された、ハツキ島政庁にツバキの旗を掲げる女性たちの写真が飾られている。

 だが今日は店は貸し切りだった。

 席を埋めるのは、かつてのツバキ小隊とその関係者だ。

 軍務に忙しかったタマキがようやく休暇を取得でき、ハツキ島を訪ねるので歓迎会を開くことになったのだった。


「今日は私が大将ですからね!」


 飲み物を運ぶナツコは胸を張って宣言した。

 料理内容を店主へと伝え、彼女は主に接客で来客をもてなす。


「もちろんメインは冷やし中華です。

 もう夏ですから、ぴったりの時期です」

「帰っていいか?」


 ナツコの作る冷やし中華に対して懐疑的なアイノが告げる。

 ナツコは「ダメです」と即答してアイノの席へと彼女好みの甘い飲料を置く。とりあえず砂糖を飲ませておけば、その間アイノは大人しくしている。


「アイノちゃんよく来てくれましたね」


 サネルマがこの場に居るアイノの姿を見て呟く。

 アイノは眉をひそめて返した。


「来たんじゃない。連行されたんだ」

「だってアイノ様、ずっと引きこもっているんですもの」


 ナギが言った。事実、アイノはハツキ島の地下研究所に籠もりきりだった。

 今日も誘いを受けていたのに外出しようとしないので、ナギが縛り上げて強引に連れ出してきたのだ。


「研究所でやることがあるならそれでも構いませんけれど、今めんどくさいって言ってばかりで何にもしてませんし」

「シアンの治療をしてたぞ」

「もう治ってますよ」

「まだ完治してない」


 シアンが意見する。だが彼女はナギが「本当ですか」と視線を向けると、ごまかすように目をそらした。


「シアンちゃんも連れてこられたんですか?」


 サネルマが問う。シアンはかぶりを振って答えた。


「ナツコの料理を食べに来てやったのよ。

 ナギとトメばあさんの料理は飽きたもの」


 飽きたと言うが、それは本気ではないとナギは知っている。

 だから発言内容に触れることはなく、この場に居ないトメについて話す。


「トメさんはお留守番です。

 来週の料理研究定例会には顔を出すそうですよ」

「はい。しっかり準備しておきますね」


 ナツコは微笑んで返した。

 料理研究定例会は隔週でナツコが主催する会合だ。

 地球時代の料理レシピ再現だったり、集客力のある新メニューの開発だったり、テーマを決めては活動している。

 出席するのはトメとフィーリュシカ。たまにナギやトーコが参加することもあった。


 話の最中、店の扉がノックされた。

 各々会話していた状況にもかかわらず、その小さなノックの音を聞きつけた元ツバキ小隊隊員は反射的に直立した。

 その動きの機敏さに、どうして彼女たちがそのような行動をとったのか分からない面々は目を白黒させる。


 店の扉が開くと、入ってきたのはタマキだった。

 私服姿の彼女はサングラスを外して、直立して出迎える元隊員たちの姿を見る。


「言っておきますが、もうわたしはあなたたちの隊長ではありませんよ」


 その言葉で、ノックの音に驚いて思わず直立してしまった面々ははにかみながら着席する。

 1人接客のため立っていたナツコは、照れながら答えた。


「えへへ。それでもタマキ隊長はタマキ隊長なので」

「先ほど今日は私が大将だと言っていませんでしたこと?」


 カリラが告げ口をするとナツコは誤魔化そうとするのだが、タマキのほうは笑みを浮かべる。


「でしたらわたしよりずっと上官ですね。

 今日はお世話になります、閣下」

「も、もう! タマキ隊長まで私をからかって!

 ――でもハツキ島に来てくれてありがとうございます。

 さあどうぞお席へ。直ぐに飲み物持ってきますね。あ、イスラさんもどうぞ座ってください」


 車両を駐車場に停めてきたイスラが入店し、これで本日の参加者は全員集まった。

 歓迎会を始めようと、前菜とスープが用意される。

 配膳のためナツコは厨房へ。フィ-リュシカも手伝いを買って出て厨房へと向かった。


 タマキは久しぶりに直接会う面々の顔を確かめていく。

 ナツコはあまり変わっていない。髪型もそのまま。表情は最初に会った頃の間の抜けたものに戻りつつあるが、もしかしたらいつもこんな感じだったかもしれない。


 フィーリュシカもほぼ変わらず。年を重ねることもないだろうし、これからもずっとこのままなのだろう。

 ただ表情はいつもの無感情なものではなく、少し柔らかくなった気もする。気のせいと言われればそうかもしれない。


 タマキはサネルマへと問いかけた。


「フィーさんは区役所で働いているそうですね」

「はい。アイノちゃんは辞めさせようとしたみたいですけど。

 このお店の手伝いもしてて、ナツコちゃんに料理を教わっています」

「フィーさんの料理ですか」


 タマキにとっては完全に未知数だ。

 フィーリュシカが料理を作る姿は見たことがない。

 そもそも彼女にとって食事は肉体の栄養補給以外の要素はなく、美味しくない保存食だろうと黙々と食していた印象だ。

 そんな彼女が料理を作ったらどうなるのか予想もできない。


「ナツコちゃんが言うには腕は上達しているようです。

 そうですよね、アイノちゃん」


 サネルマに問いかけられたアイノは面倒くさそうにしながらも返答した。


「ギリギリ人間が食べられるレベル」

「上達していますか?」


 タマキの問いにアイノは言い捨てた。


「昔よりはマシ」


 それはそうだろうなとタマキは納得してしまった。

 フィーリュシカはアイノの助手こそ辞めてはいたが、ハツキ島で普通の公務員として過ごしているらしい。

 連れてこられた宇宙人ではなく、1人の人間として彼女の人生を歩み始めたのだろう。

 多少困難はあるだろうが、ナツコが近くに居てくれるなら安心も出来る。

 

 タマキは話題を次の人物へと移す。


「ナツコさんは立派に中華料理屋をやっているようですね。

 手術は上手くいきましたか?」


 問いかけに対してアイノは肩をすくめて見せた。

 ナツコの思考能力や認識能力は、異常発達した脳組織によるものだ。

 特異脳と呼ばれるそれは、便利な反面、発達が進めば脳の通常領域を侵して保有者を死に至らしめる。

 この場にいるアキ・シイジも一度その脳組織によって死にかけた。


「手術はしない。そもそも出来ない。

 あのバカは正気じゃない。アキですら片方だったのに、両方の脳に特異脳が発達してた」

「ナツコさんは大丈夫なのでしょうね」

「こっちがききたい。

 あいつときたら特異脳内部に通常領域の思考モデルをコピーして構築してやがった。

 特異脳が発達して通常領域を圧迫しても、機能不全を起こした部分だけそっちで思考させるから問題ないんだと。

 その上特異脳領域を縮退させて通常領域を修復する機能まで作ってた。

 たった一世代でありえない進化だ」


 本来脳科学者であったアイノがここまで言うのだから、ナツコの脳内は素人では理解の及ばないほどとんでもない状況になっているのだろう。

 タマキはそれだけ分かったことにして適当に相づちを打つ。

 アイノは続けた。


「ひとまず薬で特異脳が使えないようにした。

 出来る処置はそれだけだ」

「え、昨日使ってるの見たよ」


 トーコが告げ口すると、前菜の乗った盆を運んできたナツコは慌てて否定する。


「ち、違うんです! 使ってないですよ!」

「お盆の上でグラス3つ縦に並べてバランスとってたでしょ。

 普通のナツコじゃ無理だよ」

「料理人としての技術です! グラスの3つくらい――」

「グラスの縁の上にグラスだよ。しかも3つ。飲み物入れた状態で。

 右手でお盆放り投げて左手でキャッチしたのに1滴もこぼさず」


 言い逃れできないとナツコは怯えた様子でアイノを見やる。

 特異脳を機能不全させるために打たれた注射はとてつもなく痛かった。もう2度とあの注射だけはごめんだった。

 涙目になるナツコに対して、アイノは一瞥するとそっぽを向いた。


「やることはやった。

 死んでもあたしゃ責任をとらないからな」

「だ、大丈夫ですよ。

 ちゃんと制御できてますから。ね!」


 ナツコに声をかけられて、同じくアイノの注射から逃れたい同志であるアキは大きく頷く。


「大丈夫大丈夫。

 ナツコは問題ないよ」

「お前は大丈夫じゃないから来週また注射だからな」

「先月やったよね?」


 アキの問いかけにアイノは応じない。

 注射は決定事項だ。20年前アイノが切除したにもかかわらず、アキはまた特異脳を成長させてしまった。

 ナツコと違って自身で特異脳の収縮が出来ない彼女は、定期的な処置がどうしても必要だった。


「ともかく無事なら構いません。

 分かっているでしょうが自分を傷つけるような行為は慎むように」

「はい。分かりました」


 タマキから命じられると、思考するより先に「はい」と返事が出てしまう。

 でもナツコも気遣ってもらえてるのを受け取って、ひとまず宴会芸のために特異脳を使うのは控えようと決意した。


「料理店は繁盛しているようですね」

「えへへ。おかげさまで。

 新設されるハツキ島自治軍にも誘われたんですが、やっぱり私は料理人になりたかったので」

「ええ。好きなことをしたらよろしい」


 タマキは出されたスープを1口啜った。

 作っているのは店の奥に居る店長だろうが、恐らくナツコの創作料理の1つだろう。

 薄緑色の不思議な食感と香りのする、不味くはないが美味しいとも断言できない、絶妙な味をしたスープだった。

 ナツコの将来が不安になりながらも、タマキは話題を変える。


「シイジ中佐は――」

「中佐はいらないですよ。退役してますし」


 声をかけられたアキは柔らかい物腰で伝える。

 タマキも彼女の意思をくみ取って言い直す。


「シイジさんはトーコさんと暮らしてるそうですね」

「ええ。年金生活しながらトーコに介護されてます。

 でもトーコったらいちいち厳しくて……」

「いい歳して子供みたいなこと言ってないでよ。

 あんたが悪いんでしょ」


 トーコは同居こそしているものの、自分を勝手に産んで放り出したアキを許していないらしい。

 それでも2人のやりとりを見るに、本気で嫌っているわけでもなさそうだった。

 トーコは家族とどう接したらいいのか分からず戸惑っているだけだろう。

 その問題は家族のうちで解決してもらうしかない。


「ナツコさんとは?」

「たまに泊まりに行きますよ。

 ナツコは優しくていい子に育ったね」


 トーコが机の下でアキの車椅子に蹴りを入れる。

 音が響いたので誰にもそれは明らかだったが、タマキは気にすることなくナツコへと問いかけた。


「ナツコさんは一緒に暮らそうとは思いませんでしたか?」


 ナツコは照れたように頭をかいて答える。


「私にとっては孤児院の院長先生夫婦が両親なので。

 アキさんのことは親戚のお姉さんくらいに思ってます」

「そう思ってくれるだけでも嬉しいものだよ」


 アキはそれで十分だと告げる。

 自分が育てられないのを分かりきった上で産んで、20年も放置していたのだから、彼女自身も娘に多くを求めては居なかった。


「そういえば父親は?」


 タマキの問いに、そういえば分からないとトーコとナツコは首をかしげる。

 視線を向けられたアキも首をかしげて、アイノの方を振り向いた。


「〈スサガペ号〉じゃないか?」

「どうして疑問形ですか」


 タマキが問い返す。アイノはつまらなそうに答えた。

 

「正直興味がない」

「まあハル君ならその内帰ってくるよ」


 アキも楽天的で、宇宙海賊と行動を共にしていることに関して心配はない様子だった。

 タマキは父親について深く踏み込むのはやめてトーコへ尋ねる。


「トーコさんは訓練官をしているそうですね」

「はい。自治軍で装甲騎兵とか〈R3〉の操縦方法教えてます。

 自治軍と言ってもほとんど復興手伝いなので、戦闘訓練はほぼないですけど」

「戦闘訓練が必要ないのならそれは喜ばしいことですよ。

 ともかく仕事が見つかってなによりです」


 タマキはトーコが無事にハツキ島で仕事に就き、これまでの経歴が活かせていることに喜んだ。

 真面目なトーコに訓練官は適任だろう。長らく訓練官を務めるタマキの母親も、それは間違いないと太鼓判を押していた。


「サネルマさんは?」


 タマキはサネルマへと問いかける。

 変わらず彼女の頭はつるつるに光り輝いていて、他の部分もあまり変化は見られなかった。

 彼女は柔和な笑みを浮かべると「よくぞ聞いてくれました」と胸を張って答える。


「ヘッダーン社を退職しまして、慰霊施設の管理人をしています。

 ハツキ島戦役で亡くなった方々の、民間も軍人も、統合人類政府もズナン帝国も問わない合同慰霊施設です」


 ヘッダーン社を退職したのにはタマキは驚いたが、慰霊施設については聞き覚えがあった。


「そういえば寄付のお願いが届いていました」

「はい。隊長さんも寄付してくださいましたね」

「僅かですけれどね」


 タマキは額については誤魔化す。

 ハツキ島戦役に深く関わっていたため、兄の財布と自分の財布と合わせて結構な額を寄付していたが、慰霊のための施設に対する寄付だ。金額の大小など問題ではない。

 それにここに居る面々は、口にはしないがそれぞれ寄付金を出しているだろう。

 

「2人は修理工場ですね」


 問いかけはイスラとカリラへと向く。

 タマキはイスラとは既に話していたので、修理工場を続けていることは把握していた。

 見た目的にはカリラが髪を伸ばしていた。

 赤みがかかったくすんだ髪だが、綺麗に整えられているため悪い印象は受けない。


「いろいろあったが続けられてるよ。

 帰ってきたばっかの頃はそりゃあ大変だった。

 帝国軍にいいように改築されてて、あの辺一帯が生産工場になっちまってて」

「ええ、大変でしたわ。

 仕方なくトレーラー内に設備だけ移して営業再開しまして、今でも小型機の修理はそちらが中心ですわ」

「それは災難でしたね」


 帝国軍によるハツキ島の要塞化は、島の地形が変わってしまうほどに大がかりなものであった。

 2人の修理工場は帝国軍にとっても有益なものだっただろうし、そこを中心として工場が建設されたのも頷ける。


「ま、戦災保険がでたから工場は綺麗に再建できたよ」

「復興作業に〈R3〉が必要ですから仕事も次から次にやって来ますし」


 問題はあったが今では上手くやっているらしい。

 タマキは気になったことがあって一点だけ尋ねてみる。


「ちなみにですが、帝国軍の置いていった軍需品を不当に回収したりしていませんよね」


 2人は瞬時に視線を逸らした。

 タマキはため息をつくと、バカなことをした彼女たちに対して重ねて尋ねる。


「バレないようにやったでしょうね」

「その点は問題ありませんわ」

「ああ。前の上官がそのあたりにうるさい奴でな」

「うるさくて失礼しましたね。

 見つかってもわたしは手助けしませんからお忘れなく」

「そんときゃこっちでなんとかするさ」


 本当に分かっているのかと問い詰めたくなる衝動を抑えて、タマキは話題を変えた。


「お父さんはどうしました?」

「あの人はまた宇宙へ出てった。パリーと一緒だ。どこへ行ったかは知らん」

「自由人ですから。好きにさせとくことしか出来ませんわ」


 そうだろうなとは思っていたものの、タマキはやはりかと再びため息をついた。


「おじいさまが〈スサガペ号〉の行方を捜していましたよ」

「だろうな」

「それはきっと、見つからない方がお互いのためですわ」


 宇宙海賊が宇宙に出てやることは決まっている。

 宇宙戦闘艦の多くを失った統合軍にとって、彼らの存在は大問題であった。

 居所が知れればその時は――


「ともかく、連絡がとれたらあまりバカなことをしないように言いつけておいてください」

「任された。しっかり伝えておくよ」


 イスラは安請け合いして、カリラもきちんと言いつけると約束した。

 言ったところで彼らは聞き入れやしないだろうが、警告しておくことは大切だ。


「リルさんは大学に復学ですね。

 飛行狙撃競技の最年少優勝記録更新おめでとうございます」


 かつてロジーヌ・ルークレアが打ち立てた記録の更新は、統合人類政府内でも大きなニュースになっていた。

 リルは相変わらずつんと釣り上がった怒っているような目をして、不機嫌そうに答える。


「怪我してなかったら最高スコアも更新してたわよ。

 ま、その内超えるからいいわ」


 自信満々のリル。

 肋骨を折って3ヶ月で大会優勝したのだから、その自信も最もだろう。

 タマキはリルの母親について問う。


「閣下はお元気?」

「あんたのほうが詳しいでしょ」


 釣り上がる目。

 不機嫌そうではなく、明らかに不機嫌になって彼女は回答を拒否。

 だがタマキは食い下がる。


「残念ながら、自分はムニエ閣下の部下ではないのでほとんど情報が入ってきません」


 リルは目を細めてタマキを睨みながらも、結局は問いに答えた。


「元気らしいわ。

 聞いてもいないのに使用人が報告してくる」

「元気なら良かったです。

 トトミ星系統合幕僚長ですからお忙しいでしょう」

「そうね。星系再建は急務だから忙しくしてるみたい。

 どうせ書類にサインするくらいしか脳のない奴なんだから、それくらいでちょうどいいのよ」


 リルは吐き捨てるように告げる。

 こちらの親子関係もあまり上手くいっていないらしい。

 ただ使用人を通してでも互いの状況が分かるようになったのは大きな前進だ。


「で、あんたは?」

「わたしですか」


 タマキはリルから逆に問われて、飲料に口をつけてから姿勢を正すと話し始めた。


「ご存じでしょうが、復職したおじいさまの補佐官をしています。

 所属は本星ですが職場はトトミ首都です。

 今は大尉に昇進して、佐官昇進へ向けて教育課程受講中です」


 中尉までも異例の速度での昇進だったにもかかわらず、ハツキ島奪還、さらには対〈ニューアース〉戦で活躍した。

 軍部に強い影響力を持つ父と、ズナン帝国を無条件降伏させた祖父の後押しもあり、あっという間に少佐までの昇進が決定してしまった。

 とはいえ佐官となるには知識が足りない。今はトトミ首都で教育課程を受けながら、補佐官の職務に就いていた。


「そろそろお兄ちゃんに追いつきそうだな」

「追い越すの間違いでしょう」


 イスラがからかうが、タマキはすました顔で言い返した。

 それでも元帥補佐官となったタマキになら、兄のカサネを超える大佐昇進も夢物語ではない。


「あ! そういえばお兄さん結婚するんですよね?

 おめでとうございます!」


 サネルマが思い出したように口にした。

 それにタマキは驚いて、目を丸くして問う。


「まだ情報は出していないはずですが」

「テレーズさんのご家族から伺いました」

「なるほど」


 タマキはそれで得心いった。

 カサネ側から情報は出さなくても、妻となるテレーズ・ルビニ側からは出て行ってしまう訳だ。

 特にハツキ島内部での情報収集能力において、サネルマに勝るものはいない。


「皇帝陛下に隠し事は出来ませんわね」


 カリラがからかうとサネルマは顔を赤くして「その呼び方は止めてくださいよ!」と懇願する。

 場が静まるとタマキは兄の結婚について認めた。


「結婚は事実です」

「ニシ家は軍の名門ですわよね。

 田舎士官との結婚をご家族は認めるのでして?」


 カリラの問いにタマキは頷く。


「上手いこと母様を説得したみたいです。

 今はおじいさまも居ますから、父様もあれこれ介入できませんし。

 時期が良かったですよ」

「それで、タマちゃんはいいのか?」


 イスラがからかうように言う。

 タマキはむすっとしながらも頷いてみせる。


「あの人の人生にまで口出しするつもりはありませんよ。

 ただ気に食わないのは、結婚するのにいちいちわたしの顔色をうかがうことです。

 あまりにテレーズに対して失礼です」


 その件については決して許していないようで、明らかにタマキの機嫌は悪かった。

 カサネとテレーズの結婚に関してはまだ一悶着ありそうだ。

 カサネは宙賊残党討伐に参加しているためしばらくは忙しい。その間に諸々の問題を解決してくれるようにとツバキ小隊の隊員たちは切に願う。

 タマキの機嫌が悪いままだととばっちりが自分に飛んで来かねないからだ。


 店主がカウンター越しに、ナツコへと料理ができあがったことを告げる。

 ナツコはかけていた丸椅子から立ち上がり、料理を取りに行く前にその場で宣言する。


「今日は本当の冷やし中華をお見せしますからね!」


 ナツコの冷やし中華熱に対して一同の態度は冷ややかだった。

 それでもナツコは食べてもらえれば、これが本当の由緒正しき冷やし中華のレシピだと理解を得られるだろうと確信していた。


「またどうせ変なオリジナルレシピだろ」


 アイノが煽るがナツコは動じない。


「そう言っていられるのも今のうちです。

 今回のは完璧に地球時代のレシピを再現した本物の冷やし中華ですからね!」


 ナツコは料理を取りに厨房へと向かう。

 一同は完全再現でなくてもいいから、美味しく食べられるものであることを祈る。


 どんなものが出てくるのかという期待と不安。不安の割合が多すぎて沈黙が流れる。

 静かになったところで、イスラは話しておくべきことを思い出した。

 ナツコがやらかしてアイノの機嫌を損ねる前に尋ねておかなくてはいけないことだ。


「そうだ天才ちゃん。

〈ニューアース〉から脱出した後、宇宙空間で妙なものを拾ったんだが、これってなんだか分かるかい?」


 イスラが取り出した漆黒の腕輪。

 光を全て吸い込んでしまうかのような黒いそれを、アイノは最初興味なさそうに見ていたが、直ぐに目の色を変えた。

 彼女はイスラの元へと赴き、近くでその物体を確かめると手を伸ばす。

 イスラは反射的に手を引っ込めた。


「価値あるものかい?」

「こっちに渡せ」


 アイノの様子が明らかにおかしい。

 イスラはさらに伸ばされるアイノの手から逃れて問いかける。


「なんだかわかるのなら説明がほしい」

「あたしの発明品だ。生体認証があるからお前にとっても、他の誰にとっても無価値だ」

「生体認証ね」


 軍の設備で解析しても何も分からなかったのはそのせいかと、イスラは納得した。


「仕方ない。持ち主に返すよ。

 それで、実際なんなんだそれ」


 腕輪を渡されて、アイノはそれをいろいろな角度から調べる。

 そしてそれが自身の発明品であることを確認すると説明を始めた。


「昔、枢軸軍の工作機械を使って作ったおもちゃだ。

 空間を折りたたんでしまっておける腕輪。

 折りたたまれた空間の時間は停止するから、冷蔵庫の代わりにでもしようかと考えてた」

「流石は天才おチビちゃんだ」


 空間を折りたたむ技術は、今の統合人類政府には存在しない。

 枢軸軍の残した技術のなかにもそういったものはなかったはずだ。


「結局冷蔵庫としては使わなかった。

 中身が見えないから不便だ。だから、人に送った」


 腕輪は不便を理由にアイノの手から他者へと移った。

 受け取ったのはユイ・イハラ。

 彼女はこれを腕につけて、物入れとして使っていた。

 そして最後の瞬間。宇宙空間へ投げ出されるときも、この腕輪をつけていたはずだ。


 もしかしたら遺品が入っているかも知れないと、アイノは腕輪の縁を指でなでた。

 生体認証が通り、腕輪の内側に真っ黒な空間が生まれる。


「下がってろ」

 

 アイノはさらに1周反時計回りに腕輪の縁を指先でなぞった。

 店の中央の少しだけ開けた空間に、腕輪からしみ出した黒い領域が広がる。

 折りたたまれていた空間が展開されたかと思えば、黒い領域はあっという間に収縮して元の腕輪の形に戻る。


 残ったのは漆黒の腕輪と、空間内に保存されていた物質。

 枢軸軍のビームライフル。女性ものの衣類。保存食料や飲み物。士官用端末……。

 そして枢軸軍の軍服を着た女性。


 女性は空間から放り出されると床に叩きつけられる。

 鼻と口を押さえていた彼女は衝撃を受けると咳き込み、床を転がる。

 それから室内の明るさに慣らすようにゆっくりと目を開けて、正面に立つアイノの姿を見た。


「あ、アイノ。早かったね」


 間の抜けた柔らかな声。

 彼女は床に打ち付けられたというのに、のほほんとアイノへ向けて微笑む。

 その人物は、見た目はナギにそっくりだったが、彼女以上におっとりとしていた。


「お前――」


 アイノが彼女へと声をかけようとする。

 その続きを、大きな声が遮った。


「冷やし中華お待たせしました!!

 冷やし中華学会名誉学会長である私が突き止めた地球時代レシピの完全再現――」


 冷やし中華の皿がのったお盆を両手に持ち、器用に運んできたナツコ。

 だが部屋の中央の女性を見て、最初はナギだと思ったのだが直ぐにナギは別に存在しているのを確かめる。

 即座に室内の人数を確認。

 そしてある結論に至った。


「――1人増えてるじゃないですか!!

 直ぐに追加で作りますからね!」

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冷やし中華お待たせしました! 来宮 奉 @kinomiya

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