最終話 コンテスト


コンテスト会場は千人以上収容できるホールで、今まさに舞台では自由部門で折戸が工夫した対角法を披露していた。

八神千歌の提案でレジスソロジーと名称を改め、その千歌がモデルの役を引き受けていた。

折戸が立っている千歌の腕を下向きに引っ張り、千歌が抵抗するように引き上げるというものだ。

「このように5回から8回ほどくりかえします」

カウントしながらゆっくり引っ張り合う。

「ポイントは凝っている部分にヒットするよう引き上げることです。コツとしては肘をやや外に張るようにしてするといいでしょう」

肩甲骨の裏側という指も湿布薬の効果も届きににくい場所へのアプローチとして提案していた。


「レジスソロジーか、折戸め面白いことを考えやがったな」

アンマは客席から感心していた。

「折戸さんはたしか去年うちでしばらく働いてましたよね。その頃は肩を押さえてそれを持ち上げさせる施術をしていましたけど」

あかりが記憶から拾い出す。

「うん、ただそれだと一人ではできないけどこれは……」

アンマの言葉が聞こえたかのように折戸は一人でのやり方を紹介しはじめた。

後ろ手に自分の手首をつかみ先ほどと同様に引っ張り合うだけだ。



「一見するとストレッチみたいだけど発想は矯正になるのかな」

「うん、ありゃ骨のズレからくる痛みや痺れにも効果ありそうだ」

核心をつく鋭い観察眼をみせる修に秀平がこたえた。

「ま、人を選びそうだがね」


「人を選ぶ?」

アンマが後ろの席を振り返る。

「あっ秀平さん!」

「おや、お坊ちゃん!」

「お坊ちゃん?」

あかりが素っ頓狂な声をあげた。



「按摩師だった爺ちゃんのところで修行していた人だよ」

アンマが秀平を紹介する。

あかりは「お坊っちゃん」という単語がツボったのか笑いの発作がおさまっていない。

「こいつは同僚の修だ」

「はじめましてアンマさん、マッスル庵の評判は聞いてます」

「面白い店長がいるとかでしょう」

アンマはあらためて秀平に向きなおり、

「さっきの人を選ぶというのは……?」

「ああ、凝りや痛みの原因によっては効果がないのと、あと不器用な人間には無理ってこった」

「たしかに引っ張る角度や力をこめる箇所をコントロールしないとヒットしないかもね」

「まあ慣れが必要だろうな」

会場のあちこちで折戸のレジスソロジーを実践している観客の反応もまちまちである。

感心している者と首をかしげているいる者が半々といったところだ。

だが次に折戸が満を持して紹介した腰痛対策のレジスソロジーに会場が揺れた。


「やり方は簡単です」

千歌の両手を腰に当てさせる。

「左右どちらかに捻るように力をいれます。ただし腰は正面を向いたまま」

レジスソロジーの基本、抵抗させるのだ。

「この状態のまま膝を上げて5歩から8歩ほど歩きましょう」

笑顔を浮かべた千歌がステージを歩き回る。

「会場の皆さんはその場で足踏みしてみてください」

ドカドカと足音が響きわたる。

そして驚嘆の声がそれに取って代わる。

「効果のなかった方は逆側に捻って再挑戦してみてください」


「うおおっ!なんだこれ!」

「即効じゃないか!」

アンマと修が叫ぶ。

腰がみるみるほぐれていくのがわかった。

「これってマッサージいらなくなるんじゃない?」

あかりが危機感さえおぼえる。

会場のいたる所からも「凝りが消えた」「痛みが軽くなった」と声が上がっている。

ステージではバリエーションとして腰骨の前後左右から押した状態でのレジスソロジーを実演していた。


「やりすぎは禁物、疲れがたまるわい」

秀平が苦笑していた。

「だが応急処置としてはありじゃな」

アンマたちはうなずきお辞儀をする折戸と千歌に拍手を送った。


そして次はマッスル庵の登場だった。

照明が落とされ暗くなったステージにスポットライトが当てられベッドが浮かび上がる。すでにモデルがうつ伏せで寝ている。

チャイナドレス姿のスーリンが現れモデル嬢の手をとった。

人差し指と中指に挟んで五指をそれぞれ引っ張るとパキンパキンと指を鳴らすような小気味よい音が響きわたった。


「おい、こりゃぁ……」

按摩術の曲手の一種を目にして秀平の腰が持ち上がった。

曲手とは「きょくで」あるいは「きょくしゅ」と読み、按摩術の中では効果のない技術として鬼っ子のような扱いだ。

だがアンマは知っていた、曲手の本当の姿を。

幼い頃から祖父の所に出入りしていたアンマは曲手に魅力されていた。

見ていて面白いのだ。

他の揉んだり押したりする按摩とは一線を画していた。

そう曲手とは見せるための技術であった。

たとえば町を流す座頭が呼ばれ家屋や座敷に上がる。そこで家人や芸妓、旦那など衆人環視のもと按摩をすることになる。

また呼ばれ贔屓にしてもらおうとするならアピールするものが必要であった。

按摩が気持ちいいのは当たり前。だがそれは施術されている本人だけのことだ。

そこで鳴骨の術や耳鐘の術、袋手、車手など技術が発達した。

もちろん施術されている当人にはいい音がするぐらいしかわからない。

流しの按摩がいなくなりハコの中での施療がメインとなるに従ってすたれていった技術だ。だがアンマの祖父の所は待ち合いと施術場所との仕切りがなく客からすべてが見渡せた。だから祖父は曲手を好んで披露していた。


今、ステージの上では派手な音楽と照明にあわせてスーリンが体操競技のあん馬のようにモデルの背中を渡っていた。元雑技団でなければできない曲芸だった。

背中を足で踏む代わりに手をつかっているだけだがその美しさにため息が会場を満たした。

先になるほど細い手足が旋律に合わせ舞い踊るようにモデルの背面を渡っていく。

そして時おり曲手がリズムを刻んだ。

一転して静かな曲調になると長い指が背中を蠢くように移動しはじめた。

「あれは整膚ですか!?」

修が問いかけアンマが首肯した。

「パフォーマンスとしてのマッサージがあってもいいと思いませんか?」

なんという発想、修はテーピングされた親指を見つめた。自分の視野はここに集中されていたのに折戸といいアンマといい衝撃的なものを見せてくれた。

「曲手なら教えてやるから焦るなって」

秀平が肩を叩き修は身震いした。



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レジスソロジーは作者の創作であり実行は自己責任でお願いいたします。

効果のほどは保証できかねます(^_^;)

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清く正しいマッサージ 伊勢志摩 @ionesco

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