引き摺り込まれる

良質なホラーですが、ホラーの枠に収まらない作品です。

前半、ある怪異が徐々に形を持ってゆきます。どのようにして人が心の闇に取り込まれ、怪異に力を与えてしまうのかが、洗練された筆致で丁寧に、しかし、おどろおどろしく描写されています。

おそらく中盤まで読み進めた時点で、誰もがこの作品を優れたホラーだと認めることでしょう。しかし、この作品の真骨頂はそんなものではありません。

後半まで読み進めた読者は、想定外の一撃を脳天に叩きこまれることとなります。

現実と物語の境目を揺らされ、破壊されます。そして引き摺り込まれる。

具体的にどういうことなのかは、読んで確認してみて下さい。

小説でも漫画でも映画でも、私たちが物語に触れている時、登場人物にどれだけ強く共感し、世界観に深く耽溺していようと、頭のどこかに「これは自分の現実とは関係ない」という感覚があるものです。

この感覚は一種のセーフティネットと言えます。この感覚のおかげで誰もが登場人物の痛みを他人事として俯瞰できる。「『安全』であることの愉悦」に浸っていられる。

そうした読者の喉元に、この作品は冷たい刃を突きつけてくるのです。

「物語に囚われているのは、お前も同じなのだ」

と。

凄い作品です。ただのホラーではない。もはやホラーと呼ぶべきかも分からない。

想像ですが、作者の大澤めぐみさんは、自身の作品及び登場人物に深い愛着を持って書いているのでしょう。だからこそ、このような発想が生まれてくる。そう考えています。今後も目が離せない作家さんです。

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