第7話★ 家族


 ★

 『切り裂きジャック』は、争いの絶えない家庭で生まれた。


 両親は常に不仲。原因はわからない。だが、『切り裂きジャック』が生まれる前から両親は不仲であった、ということを『切り裂きジャック』は知っていた。

 家に常に置かれる、父親と、若い女性が手を組んでいる写真。壁に赤いペンで書かれた「このアハズレ」という文字。それらは『切り裂きジャック』が生まれるよりずっと前からそこにあり、『切り裂きジャック』が生まれてからもずっと、其処にあり続けた。

 されど『切り裂きジャック』は、それを異常とは思わず、正常だと思い続けた。『切り裂きジャック』の暮らした家には、テレビがない。パソコンもなければ、本もない。

 あるのは、北米風のアンティークな家具と、絶えず言い争う両親と、『切り裂きジャック』のために用意されたのであろう空虚な玩具。

 『切り裂きジャック』は、そんな恐怖に満ちた家の中。我が家にテレビがないことを、両親が言い争っている、ということ、それらすべてを不思議に思うことなく、小学校へと進学した。


 ――そして、おさなながらに自らが暮らす家庭の異常さを理解した。

 学校に行った『切り裂きジャック』には、一人の友人がいた。名をりんご。彼女は、『切り裂きジャック』の暮らしていた地域ではまぁまぁ名のあるスナックの娘で、『切り裂きジャック』の人生における最高の友人であると同時に、『切り裂きジャック』の人生における、最後の友人でもあった。


 それはさておくとして、あくる日、『切り裂きジャック』は、りんごの自宅である、スナックへと招待された。そして、そこで――地獄を見たのだ。

 『切り裂きジャック』の家と、りんごの家では何もかもが違っていた。

 りんごの両親は、言い争いをしない。にこやかな笑顔で、りんごに語り掛けている。

 りんごの家には、可笑しな落書きや、気味の悪い写真がない。ヤニで黄ばんでこそいるものの、何処か暖かい。

 りんごの家で出る料理は、出来合わせのレプリカではない。母親の愛情がこもった、すべてが手作りだ。


 りんごと『切り裂きジャック』の家庭。それらは相反していた。

 愛情、慈愛、優しさ、それらの感情に包まれた、暖かい、りんごの家。

 憎悪、嫌悪、怨恨、それらの感情で常にぎすぎすしている『切り裂きジャック』の家。


 『切り裂きジャック』は、気が狂いそうだった。自分の家庭の異常さに、りんごの家庭との格差の、惨めさに、自らの親の狂気に、死んでしまいそうだった。


 ――だからか、『切り裂きジャック』は、十七歳で家を出る、その日まで、親に反発

し続けた。 

 母親に「勉強しろ」といわれれば、逆に勉強するのを辞め、テストで〇点を取り。父親に「スポーツをしろ」と言われれば、家に引き籠り、体重を数キロ増やし。

 行儀など気にせず、悪い友達と付き合い、自分が家から追い出されるように、素行を悪くし続けた。だが、その努力が実ったのは、一七歳の冬。

 あえて大学を、東京のものにして、地元から離れ続けた。


 つまり――『切り裂きジャック』には、家族というものが何なのか、さっぱり分からないのだ。

 憎悪に包まれた家庭。互いに嫌悪を向け会う両親。荒れ果てた家。それらが『切り裂きジャック』の考える家族である。

 『切り裂きジャック』の中で、家族というのは、実に恐ろしく、悍ましく、それと同時に――浅ましい物だった。だから、だからか――妊娠が判明したとき。『切り裂きジャック』は、言い表せないほどの恐怖を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

切り裂きジャックの衝動 KisaragiHaduki @Kisaragi__Haduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ