圧倒的諦念を抱えた人間を、この場所へと案内したい。
多分、これを読んだ人間は大まかに二通り、反応するはず。まず共感、そしてどうしようもなく、それがわかっていても避けられない、憐憫。その憐憫は、自己憐憫と言ってもいい。共感故に、哀れまずにはいられない。それが自分を慰める行為でもあるから。けれど、すぐにそれを取りやめようとするはず。その憐憫は、自己保身とも似ているから。
身を引き裂かれるような思いで、限界点を生きている少女の痛烈な告白を通じて、私たちはどうしようもなく救われてしまうだろう。
これからも、その深い諦念をフィクションとして吐き出すことで、圧倒的に突き進んでほしい。そして、今こんな駄文を連ねては陳腐な感動の言葉に自分を委ねる、情けない男のような、どうしようもない人間を救済してほしい。そう願わずにはいられなかった。